23.チュウニドラビルヂング⑥
◆
ステルスコートの性能は申し分ないが、欠点がないわけでもない。
それは外から聞こえる音声もキャンセルしてしまうという点だ。
誰かから身を隠すという点において、その誰かの発する音が聞こえないというのは大きなマイナスとなる。
しかし、どういう原理か中から外を覗き見ることは可能なので、タイミング悪く警備ロボットが近くにいる時にステルスを解いてしまうということは、まあないだろう。
「というか本当に何もわからないんだな、すげぇ」
センサーが全く働かなくなったことに素直に驚く。
ステルスコートの凄さを体感したことで、物凄く欲しくなってきてしまった。
──そういえば使い切りっていってたな。
君はクレジット残高はいくらあったかなと少し思いを巡らせる。使い切りで捨てるというのであれば、金を出してでも譲ってもらおうと思ったのだ。
君も今ではこの体のスペックの高さをだいぶ理解している。
見ようと思えば10キロ先のテレビジョンだって楽しんで見ることができるし、見えないものだって見ることもできる──赤外線や各種電磁波など。
聴力だって似たようなもので、10キロ先で針が落ちる音だって聞こうと思えば聞けるし、不可聴領域の音波だってクリアに聞くことができる。
それが、ルグルジャラック寄生種のペニスの皮よりも薄い布切れ一枚で使い物にならなくなるというのは驚きだった。
ちなみにルグルジャラック寄生種とは寄生型の生物であり、非常に薄い円形状の体を持つ。表面はすべすべとしており、裏面には無数の細い触手が生えている。
これらの触手を寄生対象の体に突き刺し、神経系からコントロールを奪って体を乗っ取るのが彼らの特徴だ。
ちなみに雌雄の別があり、繁殖期になると寄生対象から剥がれて生殖行動を行う。
未知の環境、未知の技術、未知なら何だって構わない。君はそういうのに本当に弱いのだ。
未知を体験する快楽は、君の中で三大欲求を満たす際の快楽以上のものだった。
「それにしてもいくら声が聞こえないって言っても、ケージはよくそれを信じるよね。少しも怖がってるようには見えないけど」
実際、アサミは君の大胆不敵というか鈍さというか、そういうものに一種の感嘆を覚えていた。
まあ大胆不敵というよりは浮かれているといった方が正しいが。
──私はコレの性能を知ってるから変に怖がる必要はないと知ってるけど。
特殊部隊が使うような代物だ。すでに滅びた文明の警備ロボットが見破れる代物ではない。
しかし君の場合は高級品だなとは思いながらも、詳しいスペックまでは知らないのに態度が太い。
そんな様子がアサミには不思議でならなかった。
◆
部屋の入り口から一台の警備ロボットが姿を見せ、大きなモノアイを明滅させて室内を見回した。
その様子を君はコートの内側からなぜか満足げに眺めている。
「お、きたぜ。いかにもロボって感じじゃねえか。俺はああいうフォルムが好きなんだよね、一つ目でさぁ。ほら、今のロボットって人間っぽい外見だったりするのが多いじゃん? ほら、ああしてきょろついてる所とかなんだかぎこちないしな」
君は『セコハン・クローズ』で中古ラジオを購入したように、古臭いというかクラシックというか周回遅れというか型落ちというか、そういう見た目を好む傾向にある。
「あれがいいんだよな」とか、「味がある」とか嬉しそうに言う君を、腕の中のミラは黙って見つめていた。
「やっぱり旧式ね。それと、ケージ気が散るからちょっと静かにして」とアサミが言う。
こんな状況でペラつく君にはもう慣れたようだ。
アサミは警備ロボットの挙動から、彼らが旧式だと判断して安堵した。
極々稀に、こういった投棄されたような場所でも最新型とまでは言わないものの、型が新しい警備ロボットがいたりすることもあるのだ。
「旧式ばっかりで本当に良かったわ。警備ロボットが今でも動いているっていうことは、ビルの防衛機構が機能しているっていうことで、それはつまり管理AIがそれを管理している筈だからね」
「それが何かまずいのか?」
君が尋ねると、アサミは深刻そうに頷いた。
「そういう管理AIって大体どこか不具合が出てるからね、長年メンテナンスされていないせいで。狂った管理AIなんて最悪よ。防衛本能が暴走して、自身の領域に踏み込んだ侵入者を皆殺しにするために、かたっぱしから管理下にある端末を改造したりすることもあるんだから」
「そりゃ大変だな……」
君は他人ごとのように言うが、一応アサミが問題ないと判断したからという、他人任せの信頼があるからだ。
「不幸中の幸いってやつね。あいつらが姿を消したら脱出しましょう。船は少し離れた所に着陸してあるから、多分壊されたりするってことはないと思うんだけど……。乗って来た車が無事だといいんだけどなあ」
「連中がビルから出て追ってこないことを祈るよ……ってあの赤いやつ、少しかっこいいな。他のロボットと違うぞ」
君が嬉しそうに言う。
「え?」とアサミが君の指す方向を見ると──
「何あれ、あんなの知らない……」
とショックを受けていた。
それを見て君は「ああ、そういう感じか。定番だな~」とため息をつく。
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