22.チュウニドラビルヂング⑤

 ◆


 君はどこか他人事のように現在の状況を俯瞰していた。俗にいう「しらける」というやつである。


 君は惑星開拓事業団の仕事を結構気に入っていた。巷ではブラック労働だとか奴隷労働だとか鉄砲玉だとか、散々な評価を受けている仕事ではあるが──君の脳裏にはこれまで訪れてきた数々の惑星での思い出が浮かんでくる。


 それでも、今まで見たことがないものを見ることができた。


 もちろん危険な状況に陥ったことはいくらでもあるのだが、そこには悪意がなかった。


 それがいいんだ、と君は思う。


 ボスの女に手を出した馬鹿な男の死体処理だとか、プッシャー(ヤクの販売人)同士のシマの衝突だとか、あの女は自分のものにしたいから今付き合っている男を殺すだとか、そんなものにはもう食傷気味だった。


 もっとシンプルなものが見たいんだ、と君は思う。


 例えば単純な大自然だとか、何のために生まれたのか、そもそもどういう生態をしているのかさえも全く見当がつかない奇妙な生き物を見るとかでもいい。


 少なくとも欲に駆られて入ってはいけないところに入り、警備ロボットに追われるというような経験はクソ食らえであった。


 とはいえ、と君は周辺に意識を向けた。


 コンクリートの壁の内部から聞こえてくるゴウンゴウンという低い音。何がしかの機構が起動しているようだ。


 少なくともこのビルに入ってきた当初は聞こえてこなかった。何らかのトラップを警戒しなければならないだろう。


 ──それに。


 君の感覚器官は、はるか下方、低層階の方にいくつかの高エネルギー反応を感知した。それは上の階層から迫ってきているそれと同種のものだ。


 ◆


「なあアサミ、別のルートって見つかった?」──なんて馬鹿な質問はしない。


 見つかったらそれを報告しないわけがないと思っているからだ。


 君は走りながら頭の中で高密度に圧縮された思考を巡らせた。


 いやーこれはあれだろうな。どうあがいてもドンパチの一つや二つはあるだろうな。ないわけがないんだわ……上から来る連中、思ったより早い。というかもうすぐにでもこの階層に雪崩れ込んでくるんじゃないだろうか。マジかよ、勘弁してくれよ。ロボットってはったりが通用しないんだよな。俺はまあ、この体のおかげで死なずに済むかもしれないけど、アサミやレミー、ミラはどうかねえ……ミラは俺が抱えてるから平気か。アサミやレミーが問題だ。死んじまったら悲しいなぁ。俺の知ってるやつでまともなやつはあんまりいないから……警備ロボット、警備ロボットねぇ、どんなもんなんだろうな。ネコピーみたいなやつだったらなんとかなりそうだけど。ってネコピーは配膳ロボットやろがい! しかたないなあ、やるか、やりたくないし自信もないけど。ってんん? アサミはなんでこんな時に布広げてるんだ? 


 ここまでわずか0.000000000000000000000000036秒の思考展開。


 これは10万文字の文庫本を1秒間に約5,559,999,999,999,999冊読める計算となる。


 君の頭部に内蔵されたチップの性能からすれば造作もない事だが、その内容はしょうもないものだった。君らしいといえば君らしいが。


 ティラノサウルスだって慎重にやれば爪の先でジェンガができるかもしれないが、その知能やパワーのせいでほぼ失敗するだろう。君の場合も同じである。


 単純なスペックと、それを活かす能力は別物なのだ。


 ◆


「ステルス・コートを使うわ。使い切りだし、やたら高いから赤字確実で本当に使いたくないけど、レミーやケージに死んでほしくないし、私も死にたくないから使うわ。本当に高いんだけど。そこの空き部屋に入って。そして隅に……うん、そのデスクの横あたりがいいわね。十分なスペースがある」


 アサミはやたら早口でそんなことをまくしたて、手早くバックパックから半透明のシートを広げた。


「3人入るかしら……多分大丈夫だと思うけど……」


 アサミは少し心配そうにしながらケージとレミーの腕をつかんで、自身へと引き寄せた。


 ◆


 ステルス・シートは、次世代の軍事技術を専門とする「オーロラ・テクノロジーズ」が開発・販売している。


 この会社は高度な光学技術やナノマテリアルの研究で知られており、国家機関や特殊部隊向けに製品を供給しているのだが、顧客が金持ちだからといってとにかくボるのだ。一枚あたりのコストは一般的なミッション装備の数十倍にも達する。


 しかしその分性能は折り紙付きで、高度な光学迷彩技術を利用しており、外部からの可視光線や赤外線を反射・屈折させることでシートの内部にいる人物を完全に見えなくする。


 また、音波や振動を吸収し、移動時の音を遮断する機能も持ち合わせているため、高感度のセンサーや音響検知装置をも欺くことが可能だ。


 君も軍から流れてきたあんなものやこんなものを取り扱ったことがあるため、このステルス・コートのスペックの高さはなんとなくわかる。


 ──とても俺たちなんかに手が出せる代物じゃないと思うんだが。


 そういえば、と君はアサミとの会話を思い出した。


 アサミのブルーバード号について話していた時のことだ。君はアサミに「よくそんな船を買う金があるな」というようなことを言った。


 するとアサミはこんなことを言っていた。


『まあ、そこは伝手でね。退役軍人のおじいちゃんとそこそこ仲が良くて、その辺のあれこれで安く手に入ったってわけなんだぁ(惑星D80①参照)』


 その時君は、アサミがパパ活をしているのだと思ったのだが、いくらパパ活といってもこんな上等な道具を譲ってくれるというのはちょっと考えにくい。


 ──退役軍人っていってもなあ。よほど高級士官でないと……。


 君はふと下層居住区のジャンク屋『セコハン・クローズ』の常連客であるジェネラル・オギノの事を思い浮かべるが、まさかなと首を振って否定する(惑星C66、準備よし参照)。


 ──あの爺さんの孫ってことはないか、さすがに。髪の色だって全然違うしな。


 ジェネラル・オギノは今はもう白髪に覆われているが、若い頃は黒髪だったらしい。


 でも、と君は密着しているアサミを横目で見る。


 アサミは目が覚めるような青い髪だ。


「やっぱり違うよな」と自分の考えを否定するが、染めている可能性もあるために完全に否定しきれない。


「もやもやするなあ」


 君は思わずそんなことを言ってしまった。すると、肩のあたりをつねられる感触がする。


 見ればアサミがジトッとした目で君を睨みつけていた。


「ちょっと、わきまえてくれる? こんな場所でむらむらだなんて……」


「もやもや、だよ……。ちょっと考え事があったんだ。むらむらなんて言ってないぞ」


 君がそう言い返すと、アサミは少し恥ずかしそうにしてそっぽを向いた。


 君もこれで休戦だと理解し、「むらむらしてるのはアサミでは?」とか、「ガッハッハ、すまんな。でも君ちょっとおっぱい大きいよね」とか追い打ちをかけるのはやめにした。


 ふと頬に視線を感じる。


 それはアサミも同じようで、君とアサミは2人して視線の方を見た。


 レミーだった。


 ぽっかり空いた眼窩を向けてこちらを見ている。


 目は口ほどに物を言うという言葉があるが、目がなくても口ほどに物を言うケースもあるらしい。


 君とアサミはレミーが「ちょっとわきまえてくれる?」と言っているように思え、二人してややうつむいて反省の意を示した。


 なお、このステルス・コート内では雑談程度の音声会話は全てキャンセリングされる。






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0.000000……みたいなのは適当です。0が少し多すぎたかもしれないです。


ろくでなしのほうも滞らないようにしたいですね。


また、先日告知した別サイトでの完全新作については、連載開始に必要な文字数を書きあげたので近日連載開始になると思います。現代ダンジョンもので、どちらかといえばシリアスな作風かもしれないです。しょうもなおじさん+mement moriな感じがします。その辺については活動報告/近況ノートなどでお伝えしている通りです。


なお、ここ最近は「愛してるよ、と王太子は言った」という異世界恋愛ものを本編完結まで書き上げました。まあいきなりヒロインがゾンビみたいなのになってるので、テンプレっぽさは余りありませんが……。異世界恋愛テンプレ食傷勢の人がいたらぜひ読んでください。

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