20.チュウニドラビルヂング③

 ◆


 時は少し遡る。


 18階フロアの一画で、4人の調査団員が話しあっていた。


 彼らの目つきは鋭いが、しかしどこか陰鬱な雰囲気だ。


 金に困っている者特有の湿っぽさを帯びている。


 そして事実、4人は4人とも金に困っていた。


 彼らとて元はといえばハングリー精神に溢れた野心的な開拓団員だったが、酒と女と博打が彼らの精神を濁らせた。


 と言っても、彼らばかりが悪かったわけではない。


 そう仕向けた者がいるのだ。


 能力があり野心的な開拓団員を篭絡し、金の卵を産むガチョウに仕立てた者が。


「楽な仕事だけどよ。もう少し稼ぎたいところだな」と、短髪の男がぼやいた。彼の名前はギル。目の下に濃い隈が出来ている。


「……それなんだけどよ、20階より上に行ってみないか? ずいぶん前の時代の遺物だか古物だかがどっさりあるって話だ。そういうものを高く買い取ってくれるやつを知っている。どうだ?」と、病的といっていいほど痩せている男、バートが提案した。


「でも、開拓事業団が監視してるんじゃないのか?」と、心配そうに尋ねたのは、でっぷりと太い男、ジャックだ。


「安心しろ。開拓事業団はこの星の開拓をほぼ惰性でやってるから、チェックは厳しくないさ」と、冷静な声で答えたのはリーダー格のリックだった。4人の中ではもっとも地味な男だが傭兵経験もあり、ここぞという時の判断力は仲間たちから頼られていた。


 4人はチームを組んでもう3年になる。ろくでなしだったギル、バート、ジャックの尻を叩いて、それなりに使える様に仕立てたのはリックの手腕だった。


 そんなリックの見立てはあながち間違ってはいない。


 この惑星に関する仕事は公共事業的な側面もある。


 惑星開拓事業団はせっかく囲い込んだ団員、特にC等級以上の団員をできるだけ確保しておきたいと考えている。


 その理由はいろいろあるのだが、ともあれ後々の使い道を考えるとあたら数を減らしたくはないのだ。


 だから彼らが飢えないように飯の種を用意してやっている。


 もちろんこの仕事も全く不要というわけではなく、誰かがやらなければならないことではあるのだが。


「でもさ、警備ロボットがまだ動いてるんだろ? 危険じゃないか?」と、ジャックが再び不安を口にした。


「警備ロボットって言ったって、旧式の化石みたいなもんだ。コイツがあれば大丈夫だ」と、リックが自信満々に軍用ブラスターを見せ、不敵に笑った。


 ブラスターはこの時代に広く流通する個人兵装であり、収束エネルギー兵器とも呼ばれる。


 この武器はエネルギーを特定の波長に集中させて発射することで、対象に大きなダメージを与える仕組みだ。


 エネルギーの源は小型のバッテリーパックで、これにより連続使用が可能である。弾薬を必要としないため、補給の手間が省けるのも大きな利点だ。


 この軍用ブラスターは特に高出力で、エネルギーの収束による熱で金属すらも溶かしてしまう。


「これがあれば、旧式のロボットなんて怖くないさ」とリックが胸を張ると、他の3人も少し安心したようだった。


「まあ、リックがそう言うなら信じるしかないな」と、ギルが肩をすくめて言う。


「よし、じゃあとりあえず20階からお宝探しといこう。まあ最上階からと言いたいところだけどよ、万が一を考えて逃げ道が近いほうがいい」


 そうリックが指示し、4人の男たちはエントランスを後にして階段で20階へと向かった。


 ◆


 20階に到着した4人の男たちはすぐに違和感に気付いた。


 他の階とは異なり、このフロアは驚くほどきれいだったのだ。


 廃墟のような他のフロアとは比べるまでもない。


「おかしいな、ここだけやけに綺麗じゃないか?」と、ギルが訝しげに言うと、リックが推測を口にした。


「警備ロボットがまだ稼働してるっていうなら、清掃ロボットも動いていてもおかしくはないだろ。まあどうでもいいさ、とにかく、オフィスを一つずつ調べてみよう」


 フロアにはいくつかの部屋があり、彼らはそのうちの一つから探索を始めることにした。


 ・

 ・

 ・


 ドアを開けると、役員が使用していたと思われる執務室が広がっていた。

 

 部屋の各所には今の時代ではアンティーク扱いの備品が幾つもあるが、そのどれもが経年劣化の影響を受けているようだ。


 部屋の奥には、大きなマホガニー製のデスクが鎮座している。


 デスクの表面は深い傷と細かなひび割れで覆われており、それはそれで味がないわけでもない。ただ、その重量、大きさを考えると流石に持ち帰る事はできないだろう。


「こういうのが好きな親父を知っているんだけどな、流石にこれはどうにもならねえな。他の連中さえ居なければ運び出す事も出来るかもしれねぇが」


 リックが舌打ちしながらそんな事を言った。


 デスクの上には古びた書類やメモが散乱しており、埃が薄く積もっている。


 デスクの引き出しを開けてみれば、そこには様々なファイルや資料がびっしりと詰まっていた。殆どが色あせて背表紙がぼろぼろになっている。


「取引記録、契約書……こんなの金になるのかねえ」


 ギルがぼやいて壁を眺めた。


 壁には賞状やら写真が掛けられていた。賞状は色褪せ、額縁は錆びついている。


「確かにどれもこれも古臭いけどよ、こういうのは古物とかじゃなくてガラクタっていうんじゃねえのか?」とギルが疑いの声を上げた。


「さすがに全部が全部価値があるわけじゃない。当時使われていた物理通貨だとか貴金属だとか……そういうのが高く売れるんだ。これは情報屋から買った情報なんだけどよ、この惑星の企業ビルってのは、結構あくどいことをやっていたらしくて随分と金を貯め込んでいたそうだ。お前らも知ってるだろ、そういう企業から金をひっぱるのが国の仕組みだったって。企業だってただ金を引っ張られたくはない……だからどうしたとおもう?」


 リックがそんな事をいいながらフロアを鋭い眼で見渡し、ある一点を見てにやりと笑う。


 視線の先は壁だ。壁には随分と色褪せた額縁がかけられている。額縁の中には絵が納められているが、何の感慨も湧いてこない凡庸な風景画だ。


「どうしたって……知らねえよ。それにあれが何だってんだ? ただのボロい絵じゃねえか。まあ今の時代、ああいうのも珍しいといえば珍しいけどよ。でもどうみたって飯代以上にはならなそうだぜ。あんな絵、金になるのかよ」


 バートの言葉にリックは答えず、絵を引き剥がす。


 絵の裏に何かあるのかと3人が身を乗り出したが、結局何も見当たらない。絵の下の壁はといえば、多少変色してはいるがそれだけだ。


 リックは額縁を外し、裏の壁をコツコツと叩く。


 こもった音──……空洞でもない。


 中身がみっちりと詰まった、そんな音が響く。


「なんなんだよ」


 ギルが不満そうな様子で言うと、リックは「まあ待てよ」とブラスターを取り出し銃口を壁に向けて熱線を射出した。


「こういうの見た事があるぜ。随分昔の映画だけれどな。古い映像データなんだけどよ、男が冤罪で収容所へぶち込まれる話なんだ。それで男は脱獄しようとするんだが……こんなポスターの裏に毎日少しずつ穴を掘っていって……ってな」


 壁が瞬時に赤熱し、分子結合が崩壊していく。リックはそのまま銃口を円を描くように動かし、壁を丸くくり抜こうとしているようだ。


「あとはこれを……」


 リックはナイフを取り出し、先端を円の縁に突き込んで、てこの原理でくり抜いた部分を外側に引き剥がした。


 ガタンと大きな音を立て、壁の一部が床に落ちる。


「見ろよ」


 リックが穴の先を顎で指し示すと、3人は身を乗り出して中を見た。


「おいおいこれって……」


 ギルがニヤつきながら言う。


 穴の奥にはクラシックな形状の、金庫と思しき金属製の箱が埋め込まれていた。


「鍵がかかっているみたいが関係ねえな」


 リックはブラスターの出力を調整し、鍵を焼き切り……「当たりだぜ」と呟いた。


 金庫の中にはゴールドのインゴットが大量に詰め込まれていた。


 この時代になってもというかこの時代だからこそ、ゴールドの価値は高い。


 ゴールドという金属の希少性や有用性は言うに及ばず、その黄金の魔力は宇宙時代になっても人を魅了してやまないからだ。


 ◆


 だが、しかしというかやはりというか。


 4人のにやけ顔は瞬時に凍り付いた。


 バタンと大きな音を立て、先ほど入ってきたドアが閉まる。


 リックの反応はさすがに素早い。


 ブラスターを構えドアに向けて射出した。他の3人もそれぞれ逃げ出す態勢を整えていた。


 しかし、そんな彼らの行動よりもトラップの起動の方が早かった。


 ・

 ・

 ・


 突然、館内アナウンスが鳴り響く。


「警告。F20A-150Rで未許可の侵入が検出されました。セキュリティシステムが作動します。社員は直ちに現場へ向かってください。繰り返します。F20A-150Rで未許可の侵入が検出されました。セキュリティシステムが作動します。社員は直ちに現場へ向かってください」


 その声に続いて、鋭い警報音。


「くそ!」リックが叫び、周囲を見回した。


 その瞬間、金庫の奥からガチャリと音がし、内部から薄緑色のガスが噴出された。


「やばい! そこから離れろ!」リックが叫ぶ。


 だが、遅かった。


 ジャックとバートはガスをまともに浴び、その場に崩れ落ちた。


 彼らは叫び声もあげずに倒れ、床に伏せたまま動かない。


 生きているのか、それとも死んだのか、リックには判別がつかない。


「くそ、ジャック! バート!」ギルが叫び、駆け寄ろうとする。


「ギル、待て!」リックが制止する。


「俺たちもやられるぞ! もうドアを焼き切れる! ……よし、蹴り飛ばせ!」


 ◆


 リックとギルはブラスターの熱線でロック部を溶かし、ドアを蹴倒して何とか部屋から脱出することに成功した。彼らはすぐに廊下へと駆け出し、階段を目指した。


「急げ! 階段へ向かうぞ!」リックが叫び、ギルも必死に走る。


 だが、リックの耳元を何かがかすめた。


 直後、くぐもった声が響く。


 ギルのものだ。


「うっ……」


 振り返ると、ギルが苦痛に顔を歪め、胸を押さえている。


「ギル!」リックが駆け寄る。


 そのとき、リックの視界の先に複数の警備ロボットが現れた。


 ◆


 複数の2足歩行型の警備ロボットがこちらに向かってきていた。


 まるで映像データで見る "騎士" のようだとリックは思う。


 銀色の滑らかで分厚そうなボディは鎧を思わせる。


 頭部のモノ・アイが赤く明滅しており、まるで侵入者であるリックたちを決して逃さないと怒りに燃えているようにも見えた。


 ──騎士サマのくせに得物は銃かよ


 ロボットたちは皆一様に左手に銃らしきものを携えており、銃口がリックに向けられていた。


 リックは即座にブラスターを構え、トリガーを引く。


 しかし、光条はロボットに命中する直前で霧散してしまった。


 リックには与り知らぬ事だが、警備ロボットの周辺には薄いプラズマ層が形成されており、エネルギー兵器のビームや光線を吸収し、散乱させることで無効化するのだ。

 

 プラズマ層の高エネルギー粒子がビームのエネルギーを吸収し、コンプトン散乱によってエネルギーを拡散させてしまう。

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