第38話 惑星C66、昔の女③(第一部.完)

 ◆


 話さないと伝わらない事は多い。


 ただ、話したって伝わらない事も多いのだ。


 例えば絡んできたゴロツキはここら辺では有名な人攫いで、アースタイプだろうとそうでなかろうと関係なく攫って人買いに売り飛ばすような連中だという事とか


 ここら辺ではヘタに生かして帰すと報復される上、舐められて食い物にされてしまうから敵対したら殺してしまうのが慣例であるとか


 ケイラの肩に触れようとしたゴロツキは手袋に即効性の麻痺毒を塗っていたとか


 外星人でも攫い慣れているこの連中はグレイタイプの特性も理解しており、目を合わせない様に話しかけてきていたとか


 こういった諸々は理屈で理解できる事で"話せば分かる"事だ。


 しかしこれらを以て完全敵対と見做した君が、ゴロツキ連中に襲い掛かり、たちまち半殺しにしてしまう事でケイラの中に生まれた恐怖心、忌避心というものは"話したって分からない事"なのだ。


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 君は淡々と半死半生のゴロツキ連中にトドメを刺していった。


 傍らではケイラが「もうやめて」だとか「十分でしょ」だとか、「そこまですることないじゃない」などと言っているが君は聞く耳を持たない。


 君がそこまで執拗にゴロツキ達の息の根を止めようとする理由は、先にも言った通り、生かして帰すと碌な事にならない為である。


 言ってしまえば君自身のため、そしてケイラの為にゴロツキを殺しているのだ。


 だがこの理屈は下層居住区民の理屈であり、ケイラの様なお嬢様には理解ができない理屈であった。


 ケイラからしてみれば君は "やりすぎ" なのだ。


 下品な言葉を吐きながら近づいてきて、ケイラの肩に触れようとした汚い男に対して、君はアッパーカット気味にナイフを突き上げた。


 鋭い刃がゴロツキAの下顎を貫き、舌を口蓋に縫い留める。


 一対多数でこちら側が一である場合、初手で度肝を抜けないと袋叩きにあってあっという間にやられてしまう。


 しかし君は相手集団の度肝を抜く事に成功した。


 何せナイフでぶっ刺されたゴロツキが、目から赤い涙を流しながらゲラゲラゴボゴボと笑っているのだから。


 刃物を口蓋に突き刺されてグチャグチャにかき回した事がある者なら分かる事だが、これをすると相手は余りの激痛で神経がグチャグチャになって悶え、苦しみ、表情がまるで笑っている様に変容する。


 滅茶苦茶に不気味な絵面なのだが、君としてはこの殺り方はお気に入りだった。


 死というものはただでさえ辛気臭く、陰気で、哀しく、そして切ない。


 例え敵対者であろうと、笑って死ねるならそれに越したことはないと君は考えている。


 まあまあ頭がおかしいが、下層居住区の住民としてはまともな方だ。


 ともかくもそうして度肝を抜いた後、君はまるで飢えた野獣の様に残ったゴロツキ達に襲い掛かり、次々と血祭りにあげていった。


 ここまでやらないといけない相手だからそうしたのだ。


 たんなるイキがったチンピラ相手なら、君はここまではやらなかった。


 ケイラに対して差別的な事を言って煽ってくるというのはそれはそれで許しがたいことだが、殺す理由としては弱すぎる。


 だが今回の相手はそうではなかった。


 人攫いの屑野郎である。


 女でも男でも、まずは攫って売りに出す。


 売れ残ったら犯す。


 犯したあとは殺して食肉にする。


 そういう連中なので狩場が次々に変わり、今回たまたま君とケイラの道中に現れたわけだ。


 こういう連中に絡まれたなら、君が取った行動はややラディカルではあるものの間違ってはいない。


 だがケイラには刺激的に過ぎた。君は彼女に下層居住区の危険性を教えていたものの、それはケイラにとってただの情報で、リアリティが伴っていなかった。だからこその気持ちの行き違いと言えよう。


 君にはグレイタイプの外星人の様に相手の表層意識を察知する事など出来やしないが、それでも震え、怯え、君から距離を取ろうとするケイラを見れば、特殊な精神感応能力など無くても気持ちは分かろうというものだ。


「ケイラ、まず聞いてくれ…」


 君はそう言いながらケイラに近寄る。


 理由を説明しようとしたのだ。


 それに対してケイラが返した言葉がこれである。


 ──……『こ、来ないで』


 短くも強烈な言葉だった。言葉に込められた忌避と恐怖の念は硬い逆棘となって言葉を飾り付け、君の神経回路をズタズタにしながら駆け巡る。


 ケイラの拒絶の言葉を聞いた君は、射精感の様なものを味わった。


 それは快楽ではないが、一種の快感だった。


 何がどう作用して気持ちよいと感じてしまったのか、当時の君には分からなかったが今の君ならはっきり分かる。


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 ──俺はあの時、ケイラと別れられる事を喜んだんだ。あいつは良い所のお嬢ちゃんで、俺は人殺しも平気で出来る屑だ。上手くいきっこない事は分かっていた。いや、それも言い訳か。言い訳だな


 ケイラを傷つけたくない、大切にしたいから大人しく身を引いたのか、それとも自分が傷つきたくないから諦めて逃げ出したのか。


 君にはその答えが薄々分かっており、それを直視しようとするとしんどくなってしまう。


 君の脳裏をあの時の光景が蘇る。


 怯えるケイラの腕を無理やりひっぱり、中層区画の防壁前まで連れて行った時の光景だ。


 逃げる様に去って行くケイラの背を今もありありと思い出す事ができる。


 君の生身だった頃というのは概ねその様な苦い思い出に彩られており、しかしそれは苦痛ばかりではなかった。


 どの恋にも幸せだった頃があるのだ。


 ──この体になってから色々な事が割り切れる様になってきた。これを気にしない様にしようと思えば、全く気にならなくなる。パワーも凄ぇもんだ。鋼鉄だって引き千切る事ができるし、風より早く走る事もできる


 でも、と君は思う。


 ──俺が俺である証ってなんだ?部屋の隅に転がっているボルトは俺じゃねえ。当たり前の話だが。あのボルトと俺の違いってなんだ?きっと俺の血、俺の筋肉、俺の内臓、俺の脳みそ、そういうものが揃ってこその俺なんだろう。あのボルトはそのどれもが揃ってない。だから俺じゃない。じゃあ今の俺はなんだろうな、体の大部分がロボになっちまってよ


 君は今の君の事を偽物の様に感じてしまう。


 ──だからだ


 君は端末を取り出し、貯蓄しているクレジット残高を見る。


 ──だから手遅れにならない内に、俺は俺に戻る。生身に戻る


 君は改めてそう誓う。


 この近いを支えるモノは自分に対する強い執着だ。


 君は親に捨てられた。だから君は、せめて自分だけは自分を手放すまいという思いがある。そして君の事を愛した何人もの女も忘れてはいけない。君が自分を手放してしまったのならば──……


 ──変な話だけどよ、ネチネチと気持ち悪いかもしれねえけど、あいつらに対して滅茶苦茶酷い事をするみたいなことになる気がするんだよな。俺が完全にロボみたいになっちまって、俺が俺じゃなく無くなるっていうのは


 君は見栄っ張りでええかっこしいだ。だから女達の汚点、黒歴史になるというのはとても嫌だった。


 しょうもない事かもしれないが、それが男の、君のくだらない矜持なのだ。




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ということで第一部完です。


第一部は「君」の生身に戻りたいという思い云々の掘り下げでした。


二部からはまた画像ベタベタはりまくって調査するでしょう。


ここまででもし続き読みたいなと思ってくれましたなら、評価、ブクマなどで応援してくださるとうれしーでーす

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