第二部.ミラ
◆
「ドエム! 迎えに来たぜ!」
君は開口一声、そんな事を言いながらショップに入店した。
今日はそう、君のパートナーの金属球体型ガイドボットである "ドエム" の引き取り日である。
襤褸ホテルの薄汚いベッドで1日2日とシケた考えに耽っていた君だが、どうやら調子を取り戻した様だ。
しかしそんな陽気な君に不意に言葉の冷水が浴びせかけられた。
若い女の声だ。
──『リネームを希望します』
無感情で冷たくて、君は不可視の言葉の端々に霜がおりているの幻視する。
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『"ドエム"という個体識別名は不適切です。当機はアルドメリック社の探索支援ガイドボットとして "DM777"という識別名を与えられており……』
無機質なドエムの声を、君の「でもそれって俺の事を "アースタイプ" って呼ぶようなものじゃないのか?」という言が遮る。
『……仰る通りですが』
「まあでもドエムが嫌なのは分かったよ。だったら……そうだな、777ね。うぅん……なら "ミラ" でどうだい? 777はラッキーナンバーだけど、そこから一歩踏みこむんだ。開拓団員をやるってんならラッキーだけじゃあ心細いからな。ミラクルもないと。ミラクルのミラさ。女の名前だけど、まあいいだろ? 女の声をしているし。なんだっけかなぁ、addっていうアースタイプの歌手がいるんだけどよ、そんな感じの声だと思うぜ」
addは "SHUT UP" という曲がギャラクシーヒットし、たちまちの内に有名歌手の仲間入りを果たしたスターである。かたくなに顔だしをしない為、実はAIなのではないかと疑われていたりもする。
『それで構いません』
そんな君とドエム……ミラの会話を、ショップ店員が可哀そうなモノを見る目で見守っていた。
──可哀そうに、あの男。アタマがイカれちまってやがる。何がaddだ。あんな機械音声がそんな風に聴こえるもんか
恐らくは薬物の過剰摂取で壊れたのだろう、と店員は嘆息する。
惑星開拓事業団の下っ端団員の命は軽く、人権はぺらぺらだ。
彼らは人類の生存権を広げる為にはした金で惑星を調査し、その資源などを持ち帰ってくる事が仕事だが、死傷率は林業などの危険な仕事の比ではない。
上手く仕事が出来れば稼ぎは大きいが、それにしたところでたった一つの命と釣り合うかといえば疑問だ。
ちなみに開拓事業団は別個に調査隊を保有しているが、彼らの役目は開拓団員とは異なっている。
例えるならば調査隊は特定地域の航空写真を撮影し、かなりファジーな判断で居住に適するか否かを判断してランク付けを行う。
そして開拓団員が実際にその地域に足を運ぶ。この時、その地域のどこかの物陰に危険な猛獣が隠れていたとしても、調査隊には与り知らぬ事だ。
開拓団員もそういった危険は承知しており、しかし彼らは彼らなりの "稼がねばならない理由" がある為に逃げる事が出来ない。
ゆえに、薬物に頼る者も少なくなかった。
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ミラを抱きかかえてショップを出ていく君の背を、店員は無感情な目で見送って、やがて自分の仕事へと戻っていった。
そして何件かの電子決済を処理し、休憩がてらコーヒーを飲む頃には──……店員の頭からは君の存在など綺麗さっぱり消えていた。
みすぼらしい恰好をした安物ガイドボットの所有者の存在感などそんなモノである。
◆
ホテルへと戻った君は早速ベッドに横になった。
上着のポケットから煙草を取り出し、口にくわえると人差し指を近づけると、ややあって煙草の先端には火が点った。
いうまでもなく煙草は有害だが、君の体はもはや煙草の害とは無縁なので問題はない。
勿論喫煙がもたらす束の間の精神的充足も無くなっているので喫煙をする必要性は皆無なのだが、君としては禁煙の意思はなかった。
生身の頃の名残を消したくなかったのである。
口に煙草を加えながら、君は端末と自身を接続してなにやら作業をしているミラを眺める。
暫くするとミラのモノアイが明滅し──……
『たった今、端末に開拓事業団からの連絡が入りました。ケージ、あなたの等級がEランク…… "Echo" から、Dランクの "Dust" へと昇級しました』
ランク。
惑星開拓事業団には上からS、A、B、C、D、Eと等級が振られている。
君のこれまでのランクはE、 "Echo"だ。
反響、残響。
つまり形すら持たない儚すぎる存在を意味する。
そして今回、昇級ということで君はDランク……"Dust"へとあがった。
これは塵という意味だ。
形もない存在から、卑小とは言えようやく形を得た事になる。
ランクがあがれば報酬のベースがあがり、最低限の装備しかなかった宇宙船がもう少しマシなものになる。
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