第36話 惑星C66、昔の女①

 ◆


 君は二日間、特に何をするまでもなく無気力に過ごしていた。


 別に鬱になっているわけではない、単に予定がなかったのだ。


 君の友人はごく少数で、少ない友人の大半が逮捕されるか殺されるか、もしくは自殺するなりしてもう居ない。僅かに残った者達も既にこの地を離れているかもしくは──……


 ──チェルシーの事はいい友達だと思っているけど、元カノだしなあ


 と、何かしらの用事が無ければどうにも顔を合わせづらかったりする。


 隣室のペイシェンスがまだいたなら「さあ、ろくでなし同士まずは一本粗悪なヤクでもぶち込んで談笑しようぜ、まあ俺には大体の薬物がきかねえけどよ!」と君はカジュアルに声をかけただろう。


 しかしあいにくペイシェンスは風俗嬢に入れ込んでどこかへ逃亡中だ。君としては2ヶ月以内にどこかの肉屋にペイシェンスが並んでいると予想している。


 襤褸ホテルがある下層居住区は、何となく外をぶらつくにはいささか剣呑に過ぎる。


 まあ現在の君の肉体性能ならそこらのゴロツキに襲われたところでどうという事はないが、喧嘩早かった昔とは違い、君は暴力で物事を解決するというのはどうにも苦手になってしまった。


 理由は単純だ。


 当時付き合っていた恋人をビビらせてしまって、それが原因で別れる事になったからだ。君がその恋人に暴力を振るったわけではない。むしろ、守ったといえるだろう。問題はそれが過剰防衛に過ぎたという点である。


 頭の後ろで手を組んで枕代わりにして、君は過去に想いを馳せる……


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 君には以前、恋人がいた。


 名前はケイラ。


 ケイラは非アースタイプの雌性体……つまり、女だ。グレイタイプと呼ばれる外星人では比較的一般的な人種だった。


 頭が大きく、目も同様に大きく、肌はぬるりとした質感で、地球上のどんな生物とも異なる外観をしている。


 しかし君にとっては彼女のその姿が愛おしかった。


 別にグレイタイプをことさら好むというわけではなく、恋人だから愛おしいのだ。仮にケイラが芋虫の様な見た目であっても、君は変わらない愛を彼女に注ぐだろう。


 ただ、アースタイプの人間から見ればグレイタイプというのは差別の対象ではあった。


 君はそんなことを気にしなかったが。


 二人の出会いは宇宙港だ。


 その日、君は宇宙港の荷運びの日雇い仕事をする為に指定された42番ゲートで指示役の男を待っていた。


 君は汚い仕事──……つまり小狡い詐欺やら薬の売人やらなにやらもするが、まっとうな仕事もする。


 下層居住区民といえば遵法精神が完全に欠如した生来犯罪者のような印象があるのだが、別に好き好んで犯罪に手を染めるわけではなく、まともな仕事にありつければそちらをやる者だって少なくはない。


 そこで声をかけてきたのがケイラだ。


『ハァイ、もしかしてアナタはシナノさんですか?私はケイラです。ユージョン叔父様が迎えの人を出してくれると言っていました。アースタイプの男性です、それは若い。アナタがそうですか?』


 ケイラはアースタイプの公用語であるイングリッシュを学び、日常会話ができるくらいには勉強をしていた。そして彼女がこの星にやってきた理由は、中層居住区で暮らす親族のツテで宇宙貿易関係の仕事に就く為だった。つまり就職である。


『いや、俺はシナノさんとやらじゃないよ。俺はケージっていうんだ。仕事で来ているのは間違いないけれどね。これから荷運びの仕事があるんだ。少し着くのが早すぎたみたいだけど』


 君は軽く笑い、ケイラを値踏みした。服装、教養、口走った家族構成。金のにおいがした。自身に関わろうとしてくる相手の経済状況を推察しようとするのは貧乏人の悲しいサガである。


 だが気になるのは君がシナノではないと伝えた瞬間、ケイラから感じた怖気だ。


 ──この女は何かを怖がっている。俺を怖がっているのかもしれないが、そうじゃない気もする


 ケイラは君の不躾な思惑には気づかず、しかし何か思案するように君の顔を見た。


『アー、ケイジー。アナタは私を見てどうおもいますか?』


 ケイラがそんなことを聞いた。


 君はすぐに質問の意図に気づく。


『どうといわれてもね。グレイタイプの女性。それだけだよ。観光できたのかな?もし観光なら下層居住区にはいかないほうがいい。あの辺は治安がよくないから。それとケイジーじゃなくてケージだよケージ』


 君はそういって、あえてケイラの大きな目をじっと見た。


 君のケイラに対する印象は「グレイタイプか」とは思うが、ただそれだけだった。それ以上にケイラの外見に思うことはない。


 グレイタイプの外星人の特徴として挙げられるのは、その外見も確かにそうなのだがそれ以上に微弱なエンパス体質であるという点である。彼ら、ないし彼女らは読心能力とまではいかないものの、相対する相手のある程度までの感情を読むのだ。


 ただし、具体的に何を考えているかまでは分からない。分かるのは快か不快か、その程度の表面的な事までだ。そんなケイラが君から感じた感情の表層はやや奇妙だった。


 まず、不快の感情がない。


 アースタイプが外見が顕著に異なる外星人に対して当たりが強いというのはケイラも理解しており、実際に自身も大小の差別を受けてきたわけだが、君からはそういった感情がかけらも感じなかった。


 むしろ強い良性の好奇心を自身に向けているような気さえもする。


 この辺には理由がある。


  "少し目に遺伝的疾患があるというだけで母親から燃えるゴミの日に捨てられた" というちょっと刺激的な経験を持つ君は


 ──俺は俺を捨てたクソビッチとは違う。少しくらい外見が違ったってなんだってんだ、どうでもいい話だ。自分と "違う" からって相手を嫌うなら、そんなモンあのクソビッチと同じ存在になり下がっちまう。そんな風になるくらいなら死んだほうがマシだ


 という一種独特のひねくれ方をしている為に、不快の感情などは抱きよう筈がないのだ。


『そうです、か。ア、ケイージーですね、ごめんなさい』


 ケイラはそんな君に対してどこか気恥ずかしい様なそんな感情を抱き、それをごまかすように周囲を見回して言った。


『ええと、シナノさんという人が迎えに来てくれるはずだったのですが、いなくて……』


『まあもうケイジーでもなんでもいいけど。ええと、待ち合わせはここで合ってるのかい?ここは42番ゲートだけど』


 君が尋ねるとケイラはハッとした様に目を見開き(といってもグレイタイプは元々目が大きいのだが)、『ヨ、41番ゲートでした……』と恥ずかしそうに言う。


『41番か。すると向こうの方だね』


 君が場所を指し示すとケイラは頷いて深く頭を下げた。グレイタイプにこういった礼儀作法は存在しないのだが、これもまたケイラが独学でアースタイプの行動様式を学んだ結果だ。


『ありがとうございまス。アー、その、ケイジー。私はこの星にきたばかりで、アー……あまり知り合いいません。だから友達……知人?になってほしいと思いますが』


 言うなりケイラは端末を取り出す。この星域全体で使われる個人用通信端末で、君も型落ちの端末なら持っていた。ケイラが言いたいのは要するに「連絡先を交換しないか」という誘いである。


 君は「ずいぶんと積極的だな」とは思ったものの、特に断りもせずにケイラに通信コードを教えた。


 君はもしかしたらこの出会いがきっかけとなってちょっとした金になるかもしれないという下心がないわけでもなかったが、君の薄汚い作業服や特に "目" を見ても何とも思わなかったケイラの事が少しばかり気に入ってもいた。


 そしてそれから二人の交友関係が始まり──……


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 君とケイラの関係が友人関係から恋愛関係に発展するまでにそう長い時間は掛からなかった。ケイラから告白し、君がそれを受け入れた。君もケイラに対して恋心を抱いていたものの、自分から告白できなかったのだ。ヘタレである。


 デートの類はもっぱら中層居住区だった。君が暮らす下層居住区は色んな意味でありえない選択だったからだ。どこの誰がデート中に道端に転がっている死体を見てデートを楽しめるだろうか?


 そうして10、20とデートを重ね、月日を重ね。


 二人が二人とも将来についてのビジョンを頭に思い描き始めた時の事だった。ケイラが言ったのだ。


『ねえ、ケイジー。私あなたの部屋に行ってみたいな』

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