第35話 惑星C66、法律違反

 ◆

 ふ、とアロンソは笑った。


 そして面白い奴だなとも思う。


 ──高性能なサイバネボディだからといって、調子に乗ってるってわけでもなさそうだ


「それならそれでまあいいさ。兄さんはあの豚野郎がどこへ行ったかを知らない。それを信じるとしよう。まああり得ない話だが、もし奴が戻ってきたら教えてくれ。連絡先は前に渡したろ?」


 アロンソの言葉に君は頷かなかった。


 そこまでしてやる義理はないと思ったからだ。


 これは手術による精神の改変ではなく、君本来の気質である。 常のカジュアル薬物中毒陽キャお兄さんとしての君も確かに君の一部ではあるが、君が本当にそんなただの間抜けでしかないのなら、今頃とっくに路上に屍を晒しているだろう。


 あんたとは、と君が口を開く。


「適切な距離が必要だなと思った。じゃないと良い様に使い潰される気がした。"コイツは少し面倒な奴だが、無視していれば害はない" そんな風に思われたいんだ。なぜこんなことを言い出したかというと、あんたの好みに合わせた……その結果だと思ってくれ」


 契約者に対して口先一つでオプションをどかどかと追加させる腐れ訪問販売員としての真骨頂とでもいうべきか、君の言葉を吟味したアロンソは大きく一つ、二つ頷いた。


「分かった。兄さんは俺たちの邪魔をする事はない、だから俺たちも兄さんにこれ以上関わらない」


 君が聞きたかった台詞はそれだ。


「ああ、その通りだ。俺はペイシェンスの事が嫌いじゃないが、別に好きでもない。部屋が隣ってだけだ。今の所はあんた……アロンソさん達が奴をどうしようと知った事じゃない」


「今の所は、ってのが気になるな」


「今後俺と奴が友人になるなりして、アロンソさんよりペイシェンスの肩を持ちたくなったら、俺はアロンソさんの邪魔をするかもしれない。だがそうなったら俺はアロンソさんに相談をすると約束するよ。"ペイシェンスと仲良くなった。今後は俺の動きに気を付けてくれ" ってな」


「なんだよそりゃ、バカなのか?」


 アロンソはまごう事なき馬鹿を見る目で君を見た。


「言っておくけどな、俺はカードで負けて体を売る羽目になったんだ」 そんな君の言葉に、アロンソは「そりゃあ確かにバカだな……」と憐れむ様に言った。


 君は何も言い返せない……。


 ◆


「ところでペイシェンスは何をしでか……あ、やっぱり良い。言わないでくれ」


「あの豚野郎はゴッチファミリーが管理している店の女に入れ込んで、女を攫って逃げた。大した女じゃねえが、ウチを舐めてなきゃそんな事はできねえはずだ。そして、俺たちは俺たちを舐め腐ってる奴を許さねえんだ」


 大変そうだな、と君は思うが現時点ではできることは無い。


 ・

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 君はそれからもアロンソと適当に世間話をして、特に揉めることなくその場を後にした。


 アロンソもこう言った状況では本来ならもう少し暴の気配を見せるのだが、君に施されたサイバネ手術の事と君の気質の事を考えると、穏便に接した方が良いと判断したのだ。


 君の経験上ヤクザ者というのは、媚びた方が良い相手と堂々とした方が良い相手というものが存在する。


 まあ後者の場合でもただ気概を見せれば良いというわけではない。見せ方というものがあるのだが、君はこれまでの小悪党エクスペリエンスのお陰で、その辺の呼吸が何となくわかっていた。


 ​◆


 君はホテルに帰り、隣室のドアをノックした。


 しかし応えはない。


 ペイシェンスも事業団員である以上、留守は常のことなのだが……


 ​──戻って来ないような気がするなぁ


 そんなことを君は思う。そして


 ​──精々上手く逃げろよ


 とも。


 ・

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 ・


 この日、一応君には用事があったのだが、なんだか再度外出する気にはなれない。


「俺は1日1ターン教の信者なんだよ。例えば飯を食いに行き、帰りに買い物とかそういうのは苦手なんだ」


 そんなことをドエムにぶっこきながら、君はクッションのへたれたベッドでゴロつく。しっかりと寝タバコもしつつ、端末で通販サイトを確認する。


 1つ思い出した事があったのだ。


 ​──多分だけどよ、予約とかしないといけないのでは……?


 その通りであった。


 オプションの追加などは事前予約が必要だと商品説明のところに書いてある。それを見落としたという事実に、君は少なからぬショックを受けた。


 こういった細かい説明の確認ミスを利用して詐欺散らす……それがかつての君の得意技であったのに、自身が見落としていたら世話はない。


 ​──俺はもう詐欺師としてはやって行けないのかもしれねぇな


 君の精神世界に、青く寒々しい色をした寂寞のヴェールがふわりとかかる。


 例えどの様な業種であっても​──……たとえそれが非合法のものであっても、長年携わってきた技術を手放さざるを得ないというのは寂しい事だ……などと言う事を君がほざくと、ドエムは「詐欺は法律違反ですよ」などと返した。


 君は重々しく頷き、「そういう解釈もある」と呟いた。


 ◆


 君はドエムの正論を聞き流し、取り敢えずとショップの予約を取った。これで後日ショップに行く事でドエムに新しいオプションを追加する事ができるのだ。


 君としてはドエムのバッテリーを拡張するつもりだった。ついでに翻訳も、と思っている。


 ドエムが他者と会話出来れば色々と捗ると君は考えている。君は会話が特別苦手なわけではないのだが、正しい解釈で専門用語をつかい、物事を順序だてて説明するという事がすこし苦手なのだ。


 君が得意なのは相手の心の機微を察し、自身の都合の良い方向へ話を持っていくことである。


「ドエム、ところで声も選択できるらしいぞ。どんな声が良いかとか希望はあるかい?」


 君はそんな事を言うが……


「でもさぁ、希望聞いておいてなんだけど、ドエムの声って幼女感あるんだよな。そう聴こえるんだよ。頭おかしいと思われるかもしれないけど本当の事なんだ。え?クスリ?やってないよ、効かないからな。早く人間の体に戻ってたっくさんクスリぶちこみたいなぁ」


 君はヤク中時代のめくるめく日々を思い出しながら言った。朝起きて薬を楽しみ、詐欺った金でバクチに勤しむ。


 あくまで君基準だが、薔薇色の日々だ。


 そんなクソな君にドエムは「調査前はクスリはやめてくださいね」みたいな事を言うが、君の耳はそんな諫言は綺麗を聞き流した。


 ◆


「そうそう、次の調査だけどさ。なんかこう、ファンタジーみたいな星はないのかい?ドラゴンとかさ!そういう生き物がみてみたいなぁ」


 君の要望にドエムはあっさり否の返事を返す。そういう惑星が存在しないわけではない。


 ドエム曰く「そう言った惑星はありますが、事業団における現在の貴方の立場は使い捨てのライターのようなもので、調査可能な惑星にも制限があります。功績をあげ、もう少し立場を向上させればご希望の惑星を調査出来るでしょう」


 この広い宇宙には様々な惑星があり、惑星開拓事業団はそれらの調査、開拓を現在進行形で進めている。しかし開拓事業団員が無制限・無節操にこれらの惑星を調査できるわけではない。


 開拓事業団側で重要視している惑星などは、ある程度お行儀がよく、また能力がないと調査ができない。希少なデータ、資源を着服されては困るからだ。


 例えば現役のヤクザ者などは重要度が高い惑星などの調査はできない。ちなみに重要性は居住適正ランクとはまた別の基準だ。


 そしてどういった惑星が重要視されるかは事業団の基準に依り、これらは一般に公開されてはいない。

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