第34話 惑星C66、アロンソ

 ◆


 君はもう少し夜店を見ていたいと思ったが、暫くホテルへ帰っていないということもあって取り合えず部屋へ戻る事にした。


 夜道は物騒だが、君は「なに、何とかなるさ」と意に介さない。


 サイバネなボディとなってからの君は生来のカジュアルさに磨きが掛かっている様にも見える。


 その辺に生えていた雑草だとか落ちていた石だとか、そういった採集物は全て船に残してある。そういったものは後から事業団が回収するのだ。支部へ直接持ち込む事もできるが、その辺は団員の好み次第と言った所だ。


 そしてバックパックを背負いドエムを腕に抱き、宇宙港からホテルへ戻る途中、君は今更ながら "アレ" は何だったのだろうかと思案する。


 "アレ" とは君の体から噴き出した黒いもやだ。


 君の脚は水の塊のようなモノに僅かに齧り取られでもしたのか、傷が入ってしまっている。幸い君の体に使われている金属は生体金属であり、時間経過とともに修復していくものの、あのまま這い上がってこられたら危ない所だった事は間違いない。


 ──女、か


 君の記憶ではあの黒い靄は女の形を取っていた。


 それも君好みの体付きの……。


「なあ、ドエム。あの時俺の体から……」


 そこまで言った時、ドエムのモノアイが消えている事に君は気付いた。


「お、おい!?」


 君は慌ててドエムをゆすったり叩いたりするが……


「ああ、エネルギー切れか」


 疲れた様に君が呟く。


「空浮いたりしてたもんなあ……お疲れさん」


 君はそういって帰路を急いだ。


 ・

 ・

 ・


 ホテルの部屋においてある充電マットの上にドエムを転がし、待つ事暫し。


 ドエムのモノアイがふたたび点灯し、大量のアルミホイルを一気にくしゃくしゃにしたような音を鳴らして君に提言した。


 曰く、『私の備わっているバッテリーは充電量も少なく、反重力を発生するといった機能を使用した際には想定より早く充電切れを起こします。ご注意ください。それでは完全に充電されるまで省エネルギーモードで稼働を続けます』とのこと。


 言うなりドエムのモノアイは再び暗くなった。


「バッテリー容量か……」


 悩まし気に呟く君だが、これもオプションでバッテリー拡張が出来た。しかし知識の欠如と資金の欠乏のせいで最低限の機能に甘んじてしまったのだ。


「こりゃああれかな、少し金を使ってでもドエムをカスタマイズする必要があるかな」


 呟き、ドエムを眺める。


 充電マットの上に鎮座する金属球──……そんなものに、君はどういうわけか床で寝転ぶ幼女を幻視してしまう。


 ◆


 翌日、君は昼前にホテルを出た。


 腕にはドエムを抱え込んでいる。


 次の調査の前に少しばかりやる事があったのだ。


 目指すは中層居住区のショッピングモールである。


 思い立ったが吉日、君はドエムのカスタマイズの為にメーカーのショップへ向かっていた。


 君はすでに事業団員としての身分を得ているため、中層居住区への立ち入りまでなら許可されている。


 ちなみに身分の証を立てられないものは立ち入り禁止だ。


 しかし歩き出して暫くすると、君は前方から如何にもワルで御座いと言う様な風体の男たちが歩いてきている事に気付いた。


 数は3人。


 彼らの視線は明らかに君に集中している。


 君は一瞬「方向転換し、別のルートでホテルから帰ろう」と思ったが実行に移す事はなかった。


 彼らの一人、君もホテルで一度話したことがある男が声をかけてきたからだ。


 ──アロンソだったか。ゴッチファミリーの


 君は生来余り物覚えが良い方ではなかったが、全身を弄られた際にある程度改善しており、滅多な事ではモノを忘れない様になっていた。


「よう、兄さん。また会ったな」


 会いたくはなかったけどよ、という言葉は飲み込んで、君はアルカイックスマイルにも似た曖昧な笑みを浮かべる。


「ああ、忘れちまったかな?俺はアロンソだ。ゴッチファミリーでちょっとした仕事をしている。兄さんはケージだったかな? "小銭拾いのケージ"、"スケコマシのケージ"、そして "飛び出しナイフのケージ"。色々と呼び名があるみたいだな」


「全部昔のことさ、アロンソの旦那。それにしても俺の事を良く知っているんだな」


 君の言葉にアロンソは嫌な含み笑いを浮かべて答える。


「まあ色々とツテがあるのさ。そうだ、聞きたい事があるんだ。ちょっといいかい?お出かけ中すまねえな。でも大事な話なんだ」


 めんどうくせぇなと君は思うが、ここで断れば更に面倒くさい事になりそうだと渋々頷いた。


 ◆


「この辺も余り治安はよくねぇが、それでも一昔前よりはマシになったんだ」


 道すがら、アロンソがそんな事を言った。


「治安が良くなったかどうかは、俺にはよくわかんねぇな。でもアンタがそう言うならそうなんだろう」


 君は路上に捨てられている干からびた死体を観ながらアロンソの言葉に淡々と答えた。


 アロンソは苦笑しながら話し続ける。


「昔はもっと酷かった。治安維持警察共が浄化作戦だっつって破落戸共をかたっぱしから "駆除" してよ。当時の親分さん方が上の方と掛け合ってな」


「浄化作戦か」


 君が言うと、アロンソは頷く。


 ──当時の親分さん方。昔よりはマシになった……か


 君はふと疑問を覚えた。


 ──コイツは幾つなんだ?


「俺は見た目通りの年齢じゃあねえよ。色々弄ってる。兄さんみたいにな。もっとも、兄さんほど危ねえ橋は渡ってないが」


 好きで渡ったわけじゃないと思いつつも、君は苦笑を浮かべた。


「おっと、そろそろだ。ほら、そこのオンボロカフェ。見えるだろう?」


 君はアロンソが指し示す方を見た。


「おいおい」


 呆れた様に呟く君だが、無理もないだろう。

 

 そこにはカフェと呼んでいいのか定かではない限りなく廃墟に近い何かが建っている。


 ガラス張りの壁はほとんど割れ、その破片が地面に散乱している。かつて人々が集まったであろうテラス席には、色あせたテーブルや椅子が無造作に放置されて転がっており、とても営業中の様には見えない。


「見てくれは酷いが、中身も酷いんだ。というか店主なんてモンはいないがね。でもほら、椅子もあるしテーブルもある。ちょっと込み入った話になるし、まあ座って話そうや」


 君は狂人を見る目でアロンソを見た後、大きくため息をついて頷いた。


 ◆


 君は椅子に座り、足を組み、煙草の箱を取り出してアロンソを見た。


 "吸っていいか?一応礼儀として聞いておくけど、ダメって言われても俺は吸うぜ" という意思を視線に込めているのが伝わったのかどうか知らないが、アロンソは頷いて是の意を返した。


「それで、話ってなんだ?」


 君の端的な質問に、アロンソもまた端的に答える。


「兄さん、豚野郎がどこへ逃げたか知っているかい?」


 豚?と君は一瞬小首を傾げるが、すぐにペイシェンスの事だと察する。


 ピギー星人のペイシェンス。ピギー星人は真面目なだけが取柄と揶揄される事もあるが、基本的に好意を以て迎えられる。国民性……星人性というのか、誠実で素朴な連中が多い。嗅覚に優れ、地質調査や鉱石採掘では無類の活躍を見せる連中。(惑星G1011①~硝子の星~参照)


 ──そして、トラブルに巻き込まれている。恐らくは、女絡みの


 君の脳裏の "ペイシェンスに関する棚" の情報が瞬間で整理されていく。


「ううん、だから前にも言ったと思うんだが、俺はあのホテルでは新参なんだ。確かペイシェンスだったか?あんたから名前を教えて貰って初めて知ったくらいなんだよ。あんたたちはその豚を追ってるのかもしれないが、俺が行く先を知るわけがないだろう」


 なあドエム、と君は腕に抱くドエムをつるりと撫でた。


 そんな君の様子をアロンソは注意深く観察するが、嘘を言っている様にも見えない。


「そうか……でもよ、初めてあった時、兄さんは豚野郎の事を知らないと言ったよな?あれは嘘なんだろ?」


 その質問に君は「ああ、嘘だよ」と答える。


「なぜ嘘をついた?」


 そんな当然の疑問に、君は落ち着いた様子で答えた。


「だってよ、あの時はアンタたちは初対面だった。俺とは顔見知りでもなんでもない。それに対してペイシェンスは挨拶くらいはした仲だ。他人同然だけどよ。完全な他人と顔くらいは知っているやつ、どっちの肩を持つかっていったら後者だろ?」


 君は二本目の煙草を取り出し、先端を指で摘まむ。


 そして数秒経つのを待ってフィルターを咥え、大きく息を吸い込んだ。


 煙草には火がついていた。


 煙を吐き出し、君は更にべしゃり続ける。


「でも今は違うな。あんたとはあの時一回あったから初対面じゃあない。他人同然だけどよ。他人同然のペイシェンスと他人同然のあんた、1:1だ。だからきちんと知らない事は知らないと言った」


 言葉を切り、君はアロンソを見つめる。


 アロンソもまた君を見つめ返す。


 アロンソの部下達は事態の推移を見守っており、その場には妙な緊張感が漂っていた。

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