第32話 惑星U101⑫(了)
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「俺は思うんだけどさ、ドエム。この星は余り入植に向いていないんじゃないか?居住適正Bっていうと、何かちょっと頑張れば普通に住めそうな気がするじゃんか。でもこの星は頑張っても駄目な気がするよ。綺麗な星だとは思うけど、さァ……」
そういうと君は空を見上げる。
空がうねっている様に見え、君はこの星を覆う水膜がまるで一個の生物であるかのような錯覚を覚えた。
「怪物の胃袋の中にいるみたいだ。それに……」
君はおもむろに屈みこみ、地面から生える草の高さに視線を合わせた。
「いないんだよな、虫とか」
これだけ草原が広がっていれば少しくらいは虫なりがいてもおかしくない。
しかしどれだけ探しても一匹の虫も見つからない。
「あのぶよぶよが食っちまったのかな?例えば……ほら、あの水の膜からさ、ぼとぼとぶよぶよが落ちてくるんだ。それで……」
ドエムがピコピコと反応する。意味は「可能性はあるよね」という感じだろう。
君は立ち上がり、再び周囲を見渡す。この星には生物がいないわけではない。空一杯に広がる水膜には巨大なエイのような生物もいたし、きっと他にも生き物はいるはずだと君は思う。
この星の環境に適応した特殊な存在なのだろうか。そんな事を思うが答えはでない。
「ドエム、そういえばさ、あのエイみたいなやつ、データベースに何か載ってないの?」
君はドエムに問いかけながら、次の目的地に向かって歩き出す。
ドエムが応答する。歩く君の少し先にホログラムが浮かび上がり、惑星U101に生息する可能性のある未知の生物に関する情報が表示された。
しかし、そのエイのような生物に関する具体的な情報はない。
というか生物の情報自体がスカスカなのだが。
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道中、君は何度か奇妙な現象に遭遇した。
時折空に見え隠れする大きな影にはやや君の肝を冷やしたが、それ以上の事は何も起こらない。
やがて、最後の調査地点に到着する。
広がる草原の一角で、君はバックパックから測量機器を……取り出さず、「じゃあ頼むよ」とドエムにぶんなげ、煙草に火をつけた。
そして草々と絨毯にとばかりにその場に座り込み、煙草をくゆらせる。
伸ばした足の、足首部分が何かにかじりつかれたかのような損傷を受けていた。
昼間の水の塊の化け物にやられたのだ。
煙草の煙がゆらゆらふわふわと消えていくのをみながら、君は何となくチェルシーの事を思い出す。
彼女もぶよぶよとしたジェリーのような体をしていたが、とても優しく、君を深く愛していた。
しかしその愛はちょっと君には重すぎた。
彼女は君と完全に一体化したがっていたのだ。
君はそれを拒んだ。それが最終的に二人の関係を終わらせる原因となった。
君は煙草をふかしながら、彼女のことを思い出す。
彼女のやわらかい触感、彼女の独特な愛情表現。
でもそれは時に窒息するほどの息苦しさを君に齎した。
「愛ねえ、愛。愛。愛。エッチの後に愛が来る、か」
気が狂ったような事をいいながら、君は大きく煙を吐き出した。煙草の煙が夜風に溶けていく。
「ドエム、終わったかい?」
君は立ち上がり、ドエムに尋ねた。
甲高い音が返ってくる。
「終わったよ」と言った所だろうか。
それを聞いた君は「ありがとな」と礼をいってドエムを抱えあげた。
これで一応の調査ノルマは完全に果たした事になる。
「終わって見ればなんてことはなかったな。さっさと帰ろうぜ」
君はそんな事を言うが、果たしてそうだろうか。
君がこの星で経験してきた事は、間違っても「なんてことはなかった」で済まされる事ではない。
余りに切り替えが早すぎる。
以前の君ならば命拾いしたことをヤクに感謝したはずだ。
今の君と以前の君。
何が違っているのか、変わっているのかと言えば。
それは──……
◆
その場を立ち去り間際、君は不意に何か奇妙な気配を感じた。
空に何か大きなものが、とてつもなく大きな何かがいる気がした。
君は振り返る。
水膜が大きく割れ、そこから宇宙の闇が見えていた。
「な、なんだありゃあ……」
君は呟く。
驚きすぎて言葉が出てこない。
視線の先には巨大なクラゲのような何かが空を揺蕩っていた。
宇宙クラゲなどとはワケが違う、もっととてつもなく巨大なクラゲのような何かだ。
君が呆然とそれを見ていると、クラゲの様な何かは空に溶けこむようにして消えてしまった。
割れた水膜もすぐに元に戻り始め、宇宙の闇を覆い隠していく。
まるでクラゲの様な何かが水膜そのものに変じたかのような、そんな想像を君は巡らせる。
「宇宙は広いなあ……」
幼児並みの感想を述べる君だが、基本的に君のボキャブラリーは貧相なので平常運転といったところだろう。
感動するにはしたし、とても良いものを見たと嬉しくも思った。
しかし歩き始めて数分後、君はその感動が随分色褪せている事に気付いた。
まるで何度も何度も同じモノを見た時のような、そんな色褪せ方だった。
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