第29話 惑星U101⑨
◆
君は奇妙な水の塊に近づいてそれに触れようとしたが思いとどまった。危険なものかもしれないからだ。感覚に生きるアニマルめいた君と言えど、その程度の判断はする。
「なあドエム。これって危なかったりする?」
金属の爪がガラスをかすめるような音が返ってきた。
『スキャン結果はただの水。なぜ形を崩していないかはわからない。それとスキャンしたけど最新のデータに基づく情報ではない。だから念のため、飲んだりはしないでね、おい、マジでやめろよ』といった所だろうか。
ドエムのお墨付きも得られたし、と興味をそそられた君はその水の塊に手を伸ばした。
思いのほか、指先に抵抗を感じる。
地面にこぼれずその形を保っているのだから通常の水とは違うんだろうとは君も思う。
──実は生き物だったりする……ってこともあるのか?チェルシーみたいな……
そんな事を思うが、いくら考えても答えはでない。
「まあ、暑い日には一つくらいは部屋に置いておきたいかもな」などと呟く君の瞳には、何か霧めいたものが揺蕩っていた。
勿論比喩的な意味での霧だ。
水の冷たさをデータで知る事しか出来ない体への諦念、そんな現状への飽き足りなさ、そこからなんとか抜け出したいという現状打破の意欲、色々な感情が細かい粒となって混じり合い、君の瞳にまとわりついている。
君はふと周囲を見回した。
「映像で見るのと、実際に目の当たりにするのとでは、やっぱり全く違うもんだね……ん?」
水の塊が僅かに動いたように見えた。
「気のせいかな。なあドエム、あの水の塊、なんか動いたりしてない?」
君が問いかけたその瞬間、ドエムのモノアイが赤い警告色へと変じてけたたましいアラームを鳴り響かせた。
『すぐにその場を離れろ』
アラーム音は君にそう告げている。
見れば、多数の水の塊が震え、蠢き、君ににじり寄ってくるではないか!
当たり前の話だが、水の塊には顔などはない。
だが君にはそれらがジュル、ジュルリと舌なめずりをしているように見えた。
「うげぇっ……!これやべえやつだ!俺は知ってるんだ。チェルシーと付き合ってた時、あの子を怒らせちまった事がある。チェルシーは怒るとぷるぷる震えて体を飛び散らせるんだが、それに触れると体が溶けちまうんだよ!」
危地にあってくだらない事をべしゃる君だが、一応ドエムをしっかり胸に掻き抱いてその場を立ち去ろうと動いてはいた。
しかし脚が動かない。
君はおそるおそる下を見る。
水の塊がいつのまにか君の脚にまとわりつき、移動を妨害していた。
更に、周囲の水の塊が一斉に君の元へと這いずってくる。
たかが水だとは思うものの、自身の体が一切弱点がない完全無欠なものではない事を君は知っている。
形がないものだって壊れるのに、形があるものが壊れない筈がない、そんな思いが君にはある。
下層居住区では「自分は決して死んだりしない」と嘯く者から死んでいくのだ。
全身を高額な軍用のサイバネボディへと改造した悪党の親分だって、王水を口から流し込まれて内部から溶かし殺されたではないか。
君が胸中で抱いていたどこか嫌な予感は的中してしまった。
足元で金属を削り取るような不快な音──…見れば、水の塊がどういうわけか君の脚を、例えるならば齧り削っている。
君はあわってえ水の塊から力尽くで脚を引き抜き、脱兎のごとく逃げ出そうとしたがやや遅かった。
水の塊は想像以上のスピードで君に迫り、体に取り付こうとする。
──な、なんとかなれ!!
心の中にはもし水の塊に取り込まれてしまっても、それが例え人体に有害な作用を持つナニカであっても、今の自分の体ならば耐えるなりなんなりしてくれるんじゃないのかという楽観的な思いがある。
だが、大抵はこういったしょうもない楽観論は大抵無情な現実のハンマーの一振りで打ち砕かれる。
しかし、君の身にはまだ悪運が残っていた。
君の袖口から黒い
──こ、こりゃあ……
君はその靄のようなものに見覚えがあった。
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