第28話 惑星U101⑧

 ◆


 惑星C66、某所。


「最近良さげな新入りがいるって聞いたんだけど」


 そんな言葉と共にオフィスを訪れたのは、幹部職員のローレン・ナイツであった。


 アースタイプ、黒髪のボブヘア。


 細身で、毒を浸したナイフを思わせる印象の青年だ。


 切れ長の目から覗く赤い目は何か妖しいモノを感じさせる。


 下っ端職員が君に関する個人情報をホログラム投影すると、ローレンは頭が二つ生えている豚を見る様な目をして嗤った。


「あの手術を受けてるのか。へぇ、理由は?借金のカタ?いいね、僕はこういうド低能は結構好きだよ。人生詰んでるっぽいのに諦めてない感じがいい。でもそろそろ人形化しちゃうんじゃないのかな。最近の様子はどうだった?」


 ローレンは下っ端職員からいくつか君に関する事を聞くと、機嫌良さそうにその場を去って行った。


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 ◆


 君は二つ目のポイントへ向かってドエムをまわしながら歩いていた。


 言うまでもなく「まわしながら」とはわいせつな行為を意味しない。


 文字通り回しているのだ。


 人差し指の先にドエムをのせ、くるくると。


「なあドエム、ドエムちゃんよ。まだ回すのかい?目が回ったりしないの?」


 君がどこか心配そうに問いかけると、ドエムは謎の怪音を発した。


 意味としては「問題なし」と言った所か。


 だがドエムの声に君の背筋は寒くなる。


 ドエム自体を不気味に思ったわけではない。


 昔の事を思い出してしまったのである。


 以前君は知り合いの犯罪者の男と酒を飲んでいた。


 不味い酒をのみながら次はどんな手口の詐欺がはやるかとカジュアルに談笑していた所、男の背後から突然悪漢が現れ、アイスピックの様な凶器で男の脳天を突き刺した。


 先端は頭蓋骨を貫通し、脳をブッ貫く。


 誰かの脳天をアイスピックで貫いた事がある者ならわかる事だが、こういった方法で殺害をしても余り流血しない。ただ、小便と唾液、時には涙が滂沱と流れ、不快感を伴う奇声をあげるのだ。


 ドエムの発した音は、その時に男が突然発した音に似ていたのだ。


 借りてはならない所から金を借り、返さねばならない日に返さなかった男の自業自得ではあるが、この出来事のおかげで君は借金返済最優先主義のマインドを手に入れる事が出来たといえる。


 ちなみになぜ君がそんな事をしているのかといえば、くるくる回す事で全方位の警戒をドエムにしてもらっているのだ。


 当初はドエムを掲げてあちらこちらと向きを変えていたのだが、面倒になってこういった仕儀となった。


 ◆


「とりあえず異常なし、と」


 ドエムから周辺状況を聞いた君はひとまず安堵する。


 だが油断はできなかった。いつ何時、またぞろ訳の分からない自然現象に見舞われるかもしれないのだ。


 基本はドエムだが、君も君なりに警戒しつつ進み──…やがて二つ目の候補地へとたどり着いた。


「悪くないな、条件にも合ってる」


 両側面に樹々が立ち並び、正面には川も見える。一瞬海に見えてしまうほどに大きな川だ。


 足元には草原が広がっているが、緑一色というわけではない。よく見れば青い花の様なものも咲いており、君はドエムに一言断ってそれを採取する事にした。


 ドエムは一つ目のポイントと同様に局所的な反重力を発生させて浮遊、一瞬のうちに測量を終える。


「助かるよ、それにしても動物とかはいないのかな、この星は。少し森の方へいってみてもいいかい?」


 君が尋ねるとドエムは是を返す。


 主目的は開発候補地の選定だが、周辺環境を調べる事も立派な調査であるため断る理由がない。


 君はドエムを抱えて、森へと歩を進めた…。


 ◆


 そこは映像データで見た通りの森だった。地面は落ち葉や草で覆われている。木の幹には時折、奇妙な形のキノコが生えていて、光景そのものは別に珍しいものではない。


 ただ、君からすればこれらは初めて見るものであり、映像データとはまた違う臨場感の様なものを全身の感覚器官で感じていた。


 光は木々の隙間からわずかに差し込むが、森の奥深くは薄暗い。君の聴覚センサーは樹々の葉が風にそよぐ音を解析するが、そこに生物がたてたと思しき音は含まれていなかった。


 君は少し歩き、葉の一枚を手にとる。


 表面に沢山の水滴を浮かべたそれは、君の目からみても生命力に満ち溢れているように見えた。


 だがそこまではやはり映像データの通りだ。


 ──何か、こう、見たことがないものを見たいな


 君がそんなことを思っているとふと地面に何か丸いものが落ちている事に気づいた。


 無言でドエムを見る。


 ドエムのモノアイがぐりんと動き、すぐに不協和音。


 ドエムが返した答えは「水滴のようなもの」というものだった。


 確かに水滴だろうと君は思う。


「でも、ちょっと大きい気がするな」


 君は地面に視線を向ける。


 ちょっとではなく、凄く大きい水滴が形を崩す事なく地面に落ちていた。

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