第27話 惑星U101⑦
◆
海を知らない君ではあるが、空に広がる大海にはある種の神秘性を感じざるを得ない。
空に浮かぶ水の海は透明感があり、その中を泳ぐ生物たちと思しき影が見え隠れする。
広がる草原もまたいいと君は思う。
こういった自然は、少なくとも下層居住区には存在しない。
君はこれまでこの手の雄大な自然を映像データでしか見た事がなかった。
映像データで見た事がない光景もある。
例えば地表と空の海を繋ぐかのように立ち昇っている巨大な水の柱だ。
──他にも俺が見た事がないものが沢山あるのだろうな
君の胸中に酒とも女体ともヤクとも違う別種の快楽が生まれていた。
それすなわち好奇心、である。
君は酔おうと思えば酔えるし、抱こうと思えば抱ける。ヤクは別だが。
しかし、どれもこれもがどうにも生身の頃とは別の感覚に思えて仕方ないのだ。
だからこそ、以前と同じ感覚を抱く事ができる好奇心の充足を追い求めているのかもしれない。
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──空に海があるなら、そうか。そこに色々生き物がいても別におかしくはないよな。あの影は魚か何かか?
君はそんなことを思いながら、ちらちらと空を見上げつつ歩を進める。
「うーん、心が二つ欲しい」
思わずつぶやいたそんな言葉に、ドエムがギギ?と調番が錆びた扉を開けるような音を立てる。その音は余人には兎も角、君の耳には明確な疑問の問いかけに聞こえた。意味としては「なんて?」と言った所だろう。
「いや、俺はもっと色々見たいんだけどね、ここも物騒だしボケッとしてるわけにはいかないだろ?カジュアルな俺とシリアスな俺の2人が必要だなって」
次の目的地まではそう遠くはないが、決して安全な星ではない事は既に知れている。
だから君は注意を周囲に向けつつ、しかし周囲を警戒しながら移動していた。何かとフワフワ軽くモノを考える君ではあるが、ひょんな事で空からドカンと一発来て死にかねない星では流石にそこまでカジュアル思考では居られない。
周辺警戒はガイドボットの職分ではあるが、君とドエムは事前の話し合い?によって双方が警戒にあたることにしていた。調査に便利なドエムではあるが、如何せん最安価モデルであるため能力には不安がある。
自身のスペックを説明する際「ビガビガ」と君の耳にはどこか申し訳なさそうに聞こえるが、それを聞いた君の返事はカジュアル&シンプルであった。
「オッケー!じゃあ2人で警戒しような!」
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目的地に向かって暫く歩を進める君だが、やがて空に揺蕩う大海に何かが浮かんでいるのを見つけた。
またぞろ何かの生き物かと目を凝らせば、どうやらそうではないようだ。
「あれは……宇宙船、か?」
無数の宇宙船の残骸だ。10や20では利かない数が宙に浮いている。
これらはおそらく水膜圏を突破しようとしたが、失敗した船たちの名残であろう。
錆びた金属片、破壊された船体。
惑星U101を訪れたのは君が最初ではない。
これまでも数多くの事業団員が訪れている。
水が豊富さが開拓候補地としての優先度を高いものとしているからだ。
しかし、実の所つい最近までこの惑星への着陸は成功していなかった。
その主な障害は惑星を取り巻く厚い水膜にある。
大気の層よりも遥かに抵抗が大きい水膜は、これまでの科学技術では突破が難しかった。
惑星開拓事業団も幾度もチャレンジを重ねていた。
具体的にいえば、素行が悪い団員を船首を鋭くした流線形の宇宙船に乗せ、第一宇宙速度で水圏に突っこませたりといった事だ。
よしんば水膜突破に成功すればそれはそれでよし。失敗してもダニの処分が出来るわけだからとても合理的である。
この様にして事業団は人類生存権拡大の為に努力を重ねていたが、犠牲者が増えるばかりだった。
その状況が打破されたのは、君の "棺桶号" にもそなわっている斥力シールド技術が普及し始めてからのことだ。
君が目にした無数の宇宙船の残骸は、科学技術がまだ未熟だった時代の錆色をした残照なのだ。
§
「なんであの辺だけに集まってるんだろうな」
そんな事を呟くと、胸元からピコピコと音がする。
ドエム曰く、海流の関係で滞留しているのだろうという事だった。
──吹き溜まりか
君はどこか皮肉気にそんな風に思う。
壊れ、用を為さなくなったガラクタがどこからともなく流れ着き、誰からも顧みられることなく朽ち果てて消え去っていく──…それは自身が暮らしている下層居住区のそれと似ている様に思えてならなかった。
◆
ネガティブで、しかも何の意味もない想像のせいで気分が少しクサクサしてしまった君だが、すぐに機嫌を直す。
なぜなら──…
ふわり、ぱちん。
ふわり、ぱちん、ぱちん。
そんな風に空から泡が降り注いできたからだ。
空から降る泡を見て、君は思わず心が軽くなる。
上空の水膜は大量の気泡が発生しているのか、まるで雲にも見える。
そんな雲から水泡がキラキラと輝きながら降ってくる様は幻想的と言ってもいい。
君は子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。泡が手の届く範囲に降り注ぎ、君はそれを掴もうと手を伸ばす。
触れると泡はぱちんと音を立てて弾ける。
いいね、と君は笑って降りしきる水泡を見上げた。
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明らかに普通の泡ではなかった。
泡は水膜から降り注いでいる。
つまり上空の水膜も普通ではない。
普通の水、例えば海水ならば気泡は出来るにせよ、このシャボン玉のような泡などは形成されないだろう。ましてやそれが地表に辿り着くまで形を保てるとも思えない。
この惑星特有の物理現象が関与しているか、あるいは何か特殊な成分が含まれているのかもしれない。
しかしそれを考えるのは君の仕事ではなかった。
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