第22話 惑星U101②
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大気圏突入の際に大気との摩擦で熱が生じる事はその辺の野良犬でも知っている事だが、水にも摩擦はある。水の抵抗だとかそういった形で経験している者も多いだろう。
単純に大気圏に突入するよりも水膜圏に突入するほうが遥かに難儀なのだが、そこは廉価品と言えども惑星開拓事業団の小型船舶ということで、局所的な斥力場を形成するシールドくらいは張れる。
勿論ただ張ればいいわけではなく、そう長く延々と張り続けるわけにも行かないため、タイミングというものが重要になってくるのだが、そういった計算諸々も全部AIに投げてしまえば良い話だ。
斥力場シールドは大層な技術に見えるが、所詮は物理的な障害のみにしか作用しない安価な間に合わせの防御機構に過ぎない。ちなみに自前で船を用意する者もいる。この小型船舶はあくまでも貧乏人用の船なのだ。
君の乗る船が海の星の水膜圏に突入するとき、窓の外から見える景色は劇的に変化した。通常の大気圏突入時に見る光と炎が競演しているようなような光景はなく、代わりに水の流れが船体を包み込むような光景が視界に広がる。
君はひたすら大きく、ひたすら深い大渦の底へとどこまでも落ちていくような感覚を覚え、膝上のドエムを普段よりも強く撫でまわした。
──勿論、ビビってるわけじゃないが
君は胸中で誰ともなくそんな事を呟く。
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君がちょっぴり抱いた不安の様なものは、水膜に突入してしばらく経つと消えた。
実際の水中は君がビビってたほどには不気味ではなく、むしろ幻想的ですらあったからだ。
やがて、視界の先に光が見える。
水膜を抜けるのだ……とおもったら、船は惑星の上空を飛んでいた。
大気圏内を飛行しながら着陸ポイントを探す君は、惑星の地表を眺めてどこか不思議な光景に目を見張る。
ドエムが外を見せろと喚くので君は膝から持ち上げて窓の外を見せてやった。
上空に滞留する分厚い水の層を透過する光が、森林と草原を照らし出している。
水中では光は屈折するはずだが森林や草原は十分な光を受けているようだ。
空に広がる海、その下に広がる緑の世界。
そして地表の各所から伸びる巨大な水の柱。
「あの柱は下から上に向かって伸びているというか、噴出しているんだな。随分とバカでかい噴水だなァ……。そうだ、なあドエム。あの柱の一本、アレだな、あの左に見えるやつ。あの近くまで飛べないか? 近くて見てみたいんだけど……え? ダメ? 帰りの燃料の事を考えろ? ……たし、蟹」
君は両手の指をそれぞれチョキの形にして、それを開閉させるという下らない真似をしたが、ドエムは取り合わない。君以外の者が聴けば耳をふさぐような不協和音で以て君に諫言をする。ガイドボットは設定された目的に悪影響を与える行動については、主人の意思に反してでもそれを掣肘する機能を持つ。これはオプションにより解除出来るが、メーカーはそれに対しては非推奨のスタンスだ。
ドエム曰く、調査はあくまで足で行わなければならない。通常、こういった調査には飛行ユニットを持ち込む事が多いのだが、金銭面での都合からそれは却下となった。ただ、君は疲れを知らぬ脚を持つので然程問題にはならないだろう。
君のエネルギー源となる光も少し色彩豊かな気がするが、十分に降り注いでいる。
やがて船は地表に着陸し、君は測量機器が入ったバックパックを背負い、脇にドエムを抱えてU101の大地を踏みしめた。
調査開始だ。
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君の仕事は適正地のマッピングだが、これにはいくつか条件がある。
一つにそこかしこに散見される巨大な水の柱から一定以上の距離が離れている事。これまでの調査で、この柱は移動するという事が分かっている。移動範囲はそう広くはないが、近づけば近づく程にリスクが高くなる。
二つ目は水源から近い事。つまり川なり湖なりの近辺である事が求められる。理由は言うまでもないだろう。
三つ目は森林地帯から近い事だ。惑星開拓の橋頭保としての前線基地、森の資源に頼る事もままあるだろう。
「しかし広すぎるぜ。ウチと比べて何倍もでかい星なんだろう? 地球と比べても11倍以上か。……まあいいか、時間は沢山あるもんな。それで、とりあえずドエムに言われた方角へ向かってるけど、目的地はどこなんだ?」
君が言うと、ドエムはそのキュートなモノアイから光を照射し、まるでミニチュアの模型のようなホログラフィックを地面に浮かび上がらせた。
「ああ、この緑色に光っているところか。現在地はどこなんだい?」」
ドエムは更にマップの随分と端を光らせ、君に現在地を伝える。
「ふんふん、ここをまずは目的地αとする、ね。わかったよ。少し走るか、縮尺によると随分遠くになるみたいだし。それにしても地図なんてどこで情報を? ああ、なるほどね」
ドエムが言うにはあの僅かな大気圏内の飛行で周辺地域を簡単に調べていたとのこと。
「有能な奴め! 助かるよ、ありがとな。というか、案外気温が低いよなァ。昼なのに摂氏6度か。……いつまでたっても慣れないよ、寒い筈なのに寒くない、でも寒いって事だけは分かるっていうのは」
君は寒さを情報として受け取っている。要するに、寒くはないが気温が低いという状況自体は把握できるのだ。この辺りの感覚変化は君にとって好ましいものではない。寒いのは確かに嫌だが、その方が "味 が出る" という状況もあるのだと君は思う。
──例えば暗くて糞寒いボロ部屋で、小汚くて小さい机と椅子。机の上には糞不味い蒸留酒で満たした、これまた薄汚いグラスを置いて、窓から見える2つの月を観ながら酒を飲んだりするのさ
そんな事を君が考えていると、不意に西の方角から轟音が聞こえた。何かが爆発する音か、もしくは……
「なにか、落ちたか? 隕石とか……」
君は目を凝らすと、確かに何か煙がたなびいているのが見える。もしや別口だろうか? 君はそう思うが、首を何度か横に振った。
──もしあれが別口だったとして、何か事故ったとしてもだ
君には助けられるだけの物資も何もない。
仕方ない、と君は前を向いて歩を進めた。
「まあ、事故とは限らないしな。なぁ、ドエム」
君の言葉にドエムは答えない。
なぜならば救難信号をキャッチしたからだ。
しかしそれを伝えないのは、君の気持ちを慮って……という事ではなく、調査に関係ないためである。
◆
同刻、惑星事業開拓団員ケージの現在地から西へ300kmの地点に一隻の宇宙船が不時着していた。原因は船体機能に不具合が生じたためである。
乗務員はアースタイプが一名、グレイタイプが一名、そして青い肌が特徴的なスキゾと呼ばれるアースタイプに酷似した外星人が一名。
そして、一人は重傷を負っていた。
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