第23話 惑星U101③

 ◆


 それがどういった種のものであれ、ある種の決断を下した時に "良くないな" と感じる事がある。


 はっきりとした理由は無い。無いが、とにかく "良くない" 気がするのだ。


 人はそれを勘と言ったり、虫の知らせだと言う者もいる。


 つまるところ、君が感じているのはまさにそれであった。


 ちなみに、これは君だけが持つ特殊な感知能力というわけではなく、下層居住区民の多くが備えていたりする。


 それでも不幸な末路率が抜群に高いのは、悲しいかな持たざる者の悲哀といった所であろう。


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「よし、ドエム。ちょっと掴まってろよ、走るからさ。おっと手足が無かったな、俺が抱きしめてやるから安心して……え? なぜって? まあ何となくだよ。走る為の理由なんかいらないんだ。アレコレコレソレだから走る、なんてちょっとダメだね。魂が雑魚だ。俺たちに必要なのは理由じゃなくて行動だ。理由は人生を変えない。行動が人生を変える」


 などと君は意味不明の供述をする。


 今すぐ走り出さなければならない合理的な理由が見当たらないため、とりあえず適当にべしゃってみましたという感じだった。


 君は両脚に力を込める。


 そして──……走る、走る、走る。


 時速150kmでひた走る。


 率直な話、君もなぜ自分が走っているのかよくわかっていなかった。


 ただ、なるべく距離を取らないといけないと感じたのだ。


 先程聞こえた轟音の出所から。


 ◆


 だだっ広い草原に異物が見える。


 異物とは船だ。


 ただ、真っ当に着陸したようには見えない。


 宇宙船はかろうじて形を留めている程度だ。船体の一部は焼け焦げ、更には穴もあいており内部の配線や機械部品が裸になっている。


 船体の外壁には深いへこみが出来ていて痛々しい。


 大破とは言わないまでも、これでハイパー・ワープドライブに耐えうるかといえば疑問だった。


 そんな船の前で二人の男女が何やら口論をしていた。すぐ離れた所に腹部に青い血をにじませたグレイタイプの外星人が横たわっている。


 息は荒く、大きな瞳の彼は、医療の知識に疎いものでも一目で重傷だと分かる怪我をしていた。


 しかし口論中の二人は少しも怪我人を顧みようとしない。


 この事故の責任は誰にあるかという今この瞬間、全宇宙を見渡しても稀有な程に下らない口論に夢中の様であった。


「お前のせいだ! 船の整備の手配を忘れてたって、ふざけるんじゃねえぞ!」


 青い肌の男が眼前の女に怒鳴りつける。彼の顔は怒りで真っ青だ。このアースタイプに良く似た顔立ちの男は、ペルリスタイプという種の外星人である。肌の色以外はアースタイプに酷似している。


 対して女は「私のせいだって? あんたこそ糞みたいな操縦で着陸を失敗したってのはどういう了見よ! すぐ物にあたって、AIがおかしくなったのはあんたのせいだろ! 何が以前輸送船の操縦士をやっていた……よ、この間抜け!」


 と反撃している。


 女の方はアースタイプで、赤い髪のはすっぱな女だった。


 年は40に届いているかどうかという所だろう。好意的な言い方をすれば大変ふくよかな体型で、少なくとも身長190cmはあろうかというペルリス人の男と力比べをしても力負けしなさそうな力感がある。


 声は刺々しく、攻撃的だ。ペルリスタイプの男の顔色はますます蒼褪め、空気が張り詰めていく。


 こういった責任の押し付け合いには本当に意味がない。


 責任とは、責任が取れる者が責任を取れる状況になければ意味を為さない代物だからだ。


 然して、伏せるグレイタイプの男は論外として、ペルリスタイプの男とアースタイプの女の双方どちらにも責任は取れないし、取れる状況にもないというのは地の自明であった。


 ちなみにこの三人は別に幼い頃からの幼馴染というわけでもはなく、固い絆で結ばれた仲間というわけでもない。勿論姻戚関係なども一切ない。


 ではどんな関係なのかといえば、それは簡単に言えば "やらかした挙句、カニ漁船に送られた犯罪者グループ" といった所だ。一応は同僚と言える。この様に犯罪組織がその構成員……特に、やらかしてしまった者を惑星開拓事業団に送り込む事が多々あるのだ。


 理由は上がりをせしめる為である。


 事業団の仕事は稼ぎが良い。


 まあ100人の新米事業団員が3年後、10人やそこらになってしまっている死傷率の高さが唯一の欠点だろう。


 だから死ねばそれはそれで制裁になるため良しであり、死ななければ上がりを掠められるからそれもそれで良しだ。


 事業団もその辺の事は把握しているが、駒が増えるというのは良い事なので黙認している。


 つまるところ三人はそういった関係であって、三者の内に友情とか絆とか、そういうきらきらしたものは存在しない。それでも群れるのは、一人より三人で任務に臨んだほうが生還率が高いからだ。当然互いに足を引っ張りあって全滅の憂き目に、なんてことも少なくないが、その確率はといえば一人きりでにっちもさっちも行かずに結局犬死にする確率よりは低い。


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「とにかく、このままじゃ帰れねえ。修理するか、替わりの船を調達するか……」


 ペルリスタイプの男が言った。


「修理ィ? そんなもの出来るわけないでしょ、調達しかないわ。この星の調査に来ているのは私たちだけじゃないはずよ。他の連中だって来ているはず。そいつらを見つけて乗せてもらいましょうよ」


「乗せるのを嫌がったら?」


「そんなもの、決まってるじゃないの」


 腰元のホルスターに収めたブラスターをぽんと叩いてアースタイプの女が嗤った。

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