第20話 惑星C66、前日
◆
「きおくのーかけらをー(MOMOMOMO)、ほしのひかりにーとじこめてー」
恐るべき歌唱能力を披露しながら、君は "棺桶号" へ荷物を積み込んでいく。
今回の調査はそれなりに時間がかかるだろうことが見込まれる為、用意すべき物資がそこそこあるのだ。
とはいえ、このうちの3割ほどは本来不要な物資でもある。
なぜならばその不要な3割の物資とは、食料だったり飲料だったりするからだ。
君が稼働し続けるために必要なものは栄養価の高いレーションでもアースタイプ用の調整された飲料水でもない、自然光でも人工光でもいいが、光こそが君のエネルギー源となっている。
君の体は極めて高度な光発電技術を応用しており、そのエネルギー効率は通常の太陽光発電の比ではない。
ロウソク程度の光源から、君は3日は不眠不休で活動できるだけのエネルギーを得る事ができる。
晴れた日など、自然光の元では半永久的な活動を継続できるだろう。
勿論日常生活に限っての話だが…。戦闘行為など激しくエネルギーを消耗する行動をとれば3日が3時間になるかもしれないし、或いは3分になるかもしれない。
とにかく、そういう理由で君には食料は不要なのだが君はどうしてもということでこれらを積み込んだ。無駄ではあるが、理由はある。
君は生身の頃の習慣を忘れたくないのだ。
どれだけ人間離れした体になっても、君の頭の中では君はまだ人間のつもりでいる。
まあこのあたりの思考そのものが無駄かといえば決してそうではなく、むしろ現在進行形で役には立っているのだが…。
ちなみに、君が口ずさんでいた何やらチャラめな歌は "Θ§Λζ÷÷" というアイドルユニットの曲だ。このユニットはそれぞれが異なる種類の宇宙人からなり、星系を跨いだ人気を誇っている。
曲はラブソングで、定期的に記憶が喪われる少女の恋愛を歌ったものだ。
少女はフラムド星人という外星人で、彼等は数千年を生きる長命種として知られている。しかし定期的に肉体と精神をリフレッシュしなければならず、そのたびにこれまでの記憶が喪われてしまう。
どれだけ素敵な恋をしても、記憶が喪われるとしたらそれは悲しい事だろう。
だから少女は夜空に瞬く星の光にその思い出を籠めて、記憶が喪われても星の光としてその身に降り注ぎますように…というあれやこれやがある。
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『縺励◆縲ゅ′繧薙�繧縺励◆縲ゅ′繧薙�繧』
「え?ああ、そうだなぁ。でも別に必要か?俺はドエムが何言ってるかわかるんだぜ」
ドエム曰く、会話オプションをつけてくれとの事だが、君は喫緊の必要性を感じない。だがドエムがガラスを掻きむしるような不協和音でそれにこたえると、君はなるほど、と思わざるを得なかった。
「確かに俺はノリで返事をする癖があるからなァ。分かったよ、まあ会話オプションは安いしな。それにしても出来る限り節約…ラジオは除いて、節約してるつもりでいるんだけどな。再手術に必要な金は400億クレジットと来たもんだ。今貯金が2000万クレジットくらいだから…ちと大変だなァ」
中層居住区民の平均年収の中央値が450万クレジット程である為、年収をそのまま全額貯金にぶちこんでも約8900年掛かる計算だ。まともに働いていては到底稼ぎ出せない金額ではある。
「しかしよ、そんな高額の施術をなんで俺なんかに?って疑問もあるんだよ。いくら死んだってかまわないとはいえ…」
君もそのあたりの疑問を考えてはみたが答えは出ない。
『---*-縲』
ドエムが短く "切り替えていこう!" というような事を言うと、君は頷いて作業に戻った。
◆
MMY0313オペレーションは本来富裕層向けに考案された施術であり、人体機能の大幅な拡張を目的としているが、これには大きな欠点があった。
即ち精神の急速な摩耗による人形化だ(惑星U97②、職員同士の会話参照)
借金のカタに君の身に施されたMMY0313オペレーションであるが、これはそもそもが失敗を前提としている。
人形化は必ず起きる。
提供企業としてはこの欠点を消去するか、あるいは別の目的に転用しなければいけない。
MMY0313オペレーションそのものをなかった事にするのはできない。
このオペレーションの考案にも多大な研究費が掛けられているからだ。
だから企業としては多くの被験体を必要としている。
人形化が発生し、それを改善できるかどうかを様々な手段で検討する必要があるし、不可能ならば軍事兵器としての転用という手もある。
実際、多くの被験者…というか、債務者がこの施術を受ける事になり、そしてその全てが人体実験の材料となるか、もしくは傭兵企業などに引き取られていった。
では君はどうなのかというと、人形化に対しての漠然とした不安は感じてはいるものの、精神はいまだの君のままで、摩耗も鈍化もしていない。
ところでMMY0313オペレーションは一般的なアースタイプを対象とした施術であり、外星人を対象としたものではない。
君もアースタイプだからこそMMY0313オペレーションを受ける事になったのだが、果たして君は純粋なアースタイプと言えるのだろうか?
というのも、君の女性遍歴は滅茶苦茶だ。
液体金属、ジェリー体、ガス状生物、多腕多脚…あらゆるタイプの外星人と体を重ねている。
基本的に種族が異なる者同士は生理的な忌避感情が発生し、恋仲になる事はないのだが、君は相手の姿形がどうであろうと気にしないという性癖を持っていた。
君からすれば姿形など…という話だからだ。同じ種族、しかも親子という間柄であっても、君の母親は君が遺伝病…それも目がちょっとおかしいというだけで燃えるゴミの日に君を捨てたではないか。
ちなみにそれは犯罪行為で、君の母はその後捕縛されている。しかし君は行政が回収する前に外星人の悪党に拾われていた。その外星人は君が捨てられていた経緯が気になり、調べてみたところこのうんざりするような事実が判明したというわけだ。
育ての親は君に事の真実を教え、君はそれ以来良い意味でも悪い意味でも同族へのこだわりを捨てた。屑は屑だし、クソはクソで、そこに同じ種族であることは一切関係がない事を理解したからである。
ともあれ、そんな君の公平な態度が相手にとっても新鮮に映る。アースタイプの多くは外星人に奇異の目を向ける者が多いのだ。
それが悪意からのものではないにせよ、気分がいいものではない。しかし君にはそういったそぶりは一切なかった。
だから君は異形の女を抱くし抱かれるし、時には体内に取り入れる事さえあった。
君の体内、さらにいえば遺伝子にも得体のしれない外星人の女たちの爪痕が刻まれているのだ。
例えば君の元カノである惑星U9630出身の軟体生物、チェルシーなどは極めて微細な分体を君の体内に送り込んでさえもいた。他の女たちも似たようなものだ。
これで君は純粋なアースタイプと言えるのかどうか。
少なくとも、MMY0313オペレーションに適した人材ではないことは確実だろう。
◆
「さぁて、準備は万端ってところだな。出発は明日か。映像データを沢山撮るぞ!…最近ちょっとハマってるんだよな。将来映像アーティストになろうかと思ってるんだ」
君の適当な軽口をドエムは無視し、荷物に過不足はないかをチェックする。
ドエムから相手にされない君はそれでもぺちゃくちゃとくっちゃべっていた。
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