第19話 惑星C66、準備よし

※前話のタイトルを変えてます



惑星調査に限った話ではないが、どこか遠方に向かうなら相応の準備というものがある。


必要なものは現地調達しようなどというのは脳機能全般が失調しているか、あるいはド低能であると言わざるを得ない。


君はどちらかと言えば後者のケがある。


勢いだけで行動し、困ったらその場その場でどうにかしようとするのだ。


だが君は自身の足りない能力を自覚しており、自身の領分を超える事については他者を頼る…あるいは利用しようとする。


「って事で頼むよドエム、持っていくものとか調査スケジュールとか俺も自分でやろうとおもったけどよくわかんないんだ。ところでボディの金属板、最近よく撫でてるせいか知らないけど、イイ感じの色艶が出て来たんじゃないか?フライパンとかも油を馴染ませると良い感じになるらしいからな。って事で俺はちょっと知り合いと会ってくるよ。情報収集って奴さ」


情報収集は本当の事だ。


君には何名かの特別親しい外星人の知り合いがおり、調査対象の惑星の話も聞けるかもしれない。


まあ端末で惑星の情報をある程度閲覧出来るため、本気で情報を収集しようとするなら外出する必要などは全くないのだが。


「√↓√↓」


ギイギイという様な音は、翻訳するならば行ってらっしゃい、と言った所か。



という事で君はあっちへふらふら、こっちへふらふらと街の散策を楽しんだ。


──ああ、そうだ、サイモンの爺さんはまだ生きてるかな?


君はふと一人の老人の事を思い出した。


サイモンはアースタイプの老人で、下層居住区のジャンク屋を営んでいる。眼鏡をかけて薄汚れた襤褸服を身に纏ったパッとしない爺さんなのだが、ここらの出にしては珍しく前科がない。


年齢は君も知らないが、君が生まれた頃から爺であったとは聞いていた。


若い頃はどこぞの企業で技術者をやっていたそうだが、この辺りの経歴も聞くたびに変わるので定かではない。


店の名前は "セコハン・クローズ" と言い、宇宙の色々なところから集めたもろもろの部品や古い電子機器、時には珍しいアンティーク品、それにクラシックな銃まで取り扱っている。


昨今の銃火器界隈はやれブラスターだ、分子分解なんちゃらだと随分とチャラついているが、昔ながらの火薬を使ったでかくてごつい銃を好む者も多く、そういった好事家連中に店の経営は支えられていた。


──爺さんとこならラジオがあったりするかもな


そう、君はラジオが欲しいのだ(前話参照)


真新しいものでもいいとは思うが、そういったものに君はどうにも魅力を感じない。


君はジャンクだとかスクラップだとかにワクついてしまうキッズライクなピュアソウルを、改造人間になったいまでも捨て去ってはいないのだ。


──なるべく古臭いのがいいな。そういうもののほうが味があるってモンよ


そんな事をおもいつつ、目的地を "セコハン・クローズ" へと定める。




 "セコハン・クローズ" には二人の老人がいた。一人はサイモン。そしてもう一人は…


「やあ爺さん、生きていたか。それに "ジェネラル・オギノ" も久しぶり!」


ジェネラル・オギノとはアースタイプのやはり老人で、全身の98%を機械化してるロボットお爺さんである。


彼はとある傭兵団に所属しており、もっぱら宇宙海賊…通称宙賊を狩ったり、輸送船の護衛などをしたりして生活している。勿論まだ現役だ。ちなみにジェネラルというのは通称で、実際に将軍位を戴いているわけではない。


「そりゃこっちのセリフだなァ。あの悪運ケージも遂にお陀仏かと思っておったわ」


「貴様こそ久しぶりだな!!手術を受けても腑抜けた面は直らんか!まぁこれに懲りたら、二度とギャンブルなんぞという下らん事はやめておくことだ!!金は汗と涙を流して稼げ!もしくは敵の血で贖え!」


のんびりしている方がサイモンで、暑苦しいほうがジェネラル・オギノだ。


「若い頃はみんな一度や二度、失敗するものじゃがね…、ま、お主は失敗しすぎよな。ところでケージは今は一体何をしている?風の噂じゃあの悪名高い惑星開拓事業団に入団したと聞いているが」


サイモンが気だるそうに君に尋ねる。


「そうだな、その悪名高いトコで働いてるよ。でも余りきついって感じじゃないぜ。まあ俺の体が弄られてるからってのもあるんだろうけどよ。でっかい竜巻とかに追いかけられたからなあ、ありゃ生身じゃ無理だったかもな…」


「ほう!!随分と高い手術を受けているようだな!吾輩のスキャンが弾かれたわ!だが貴様のような極潰しに施されるには高すぎる!リスクもあるとみたぞ!貴様、自分が受けた施術の名称は…ああ、そのツラは忘れているようだな、間抜けめ!説明はされているはずだぞ!低能が!」


ジェネラル・オギノはぎゃあぎゃあと喚くが君はどこ吹く風だ。


彼のギャースカに君はすっかり慣れている。これでいて付き合いはそこそこあり、ジェネラル・オギノは単にでかい声を出すのが快感なだけだと君は看破していた。



「そうそう、次の調査惑星なんだけど惑星U101に決まりそうだ。海が空にある星なんだよ、面白そうだろ?爺さんたち何か知らない?イチオシ情報とかあれば教えてくれよ」


君は商品のスクラップをいじくりながら二人へ聞いた。


「何かといってもな、ああ、そういえば知り合いの事業団員がおってな。最近そこの調査を受けたそうなんじゃが、鮫に腕を喰われたそうじゃ。本人は生きてるが、腕を無くしちまったんじゃなあ。事業団でローンを組んで、新しい腕を作ってもらったそうじゃが、その支払いのせいでタダ働き同然でコキ使われてるんだとか。事業団は確か金融系にも手をつけてたしの。系列の闇金かを紹介されたんじゃろうな」


「ああ…あの星か。吾輩は好かん!異常重力圏内に囚われた大量の水…あんなもの、いつなんどき地上へ落下してくるか知れたものではない!あの重力異常は幾つかの衛星によって引き起こされているそうだが、古今東西、ありとあらゆる "バランス" が永劫続いた試しなどはないのだ!それは国家間の軍事力バランスに於いても言える事だ!然るに……」


サイモンは兎も角として、ジェネラル・オギノはなぜか国家間の軍事力のバランスに言及し、他星系の星間国家との武力衝突が増えているという事をゴチャゴチャと言い出した。


君は黙って話を聞いているしかない。途中で話を遮ったりすれば激昂し、銃を抜く可能性もある。


ジェネラル・オギノは過去に一度、ブラスターで頭部の一部を削り取られており、爾来彼はひょんな事でスイッチが入ってしまうのだ。


結局話はそれから1時間ほど続いた。


サイモンも君も、精神の筋肉が溢れんばかりの乳酸を生産したかの様な有様となってしまうが、ジェネラル・オギノ自身は満足したようで意気揚々と帰っていった。



「あのおっさん女っぽい所があるんだよな。ほら、女って話が飛ぶだろ?夕飯の話をしてたとおもったら次の瞬間にはメイクの話とかになってるんだ。オギノの爺さんもなんで惑星U101の話から戦争の話に飛ぶんだ?カンケーないじゃないかよ」


不満げに言うと、サイモンが君の肩をゆっくり叩く。


その瞳には余裕の気色が滲んでいる。


"儂は毎日アレにつきあってるんじゃよ。お主には到底できない事じゃ" とでもいうような、なんだかちょっとマウントめいたものを感じ取った君は "ケッ" と吐き捨ててサイモンの手を振り払った。



「ってことでよ、それからちょっとダベって、あとはラジオを買って来たぜ。38000クレジットだ」


38000クレジット。これはアースタイプの、一般的に美人とされる女性と30分程大人の付き合いができる額でもある。決して安くはない。


君はホテルに帰り、ドエムに戦果を報告して自慢気にラジオを見せつけた。


ビンテージ感溢れるデザインで、なんとこのご時世に木製外装である。


しかし小汚い感じではなく、木肌には年月を感じさせる深い色味が広がっている。


角ばったフォルムには丸みが加えられ、どこか懐かしさを感じさせる。


真鍮製のダイヤルを回して周波数を合わせていくタイプだった。


「縺?@繧?」


パギャギャギャという様な不協和音、これは "ちょっとお高いね。まあいいけど" といった所か。


「そうかい?まあアンティークとしての価値もあるんだろうな。勿論ラジオとしてもしっかり機能するぜ。昔と違っていまはそこらじゅうの宙域に超光速通信を利用した放送衛星が飛んでいるからなあ、宇宙空間でも余程辺鄙な場所じゃなければ聞けるはずだ。…よし、早速つけてみるか」


君は枕元にラジオを置き、スイッチを押した…



ラジオから流れるのは、宇宙旅行の情報を提供するライトなトーク番組だった。司会者は陽気な声で最新の宇宙旅行先を紹介しているが、男性の声と女性の声の両方が同時に聴こえる。


──ツインヘッドかな


君はそんな事を思った。


ツインヘッドとは一つの体に男性と女性の双方が同居する外星人だ。頭が二つあり、胴体は雌雄同体。性格は一言で言うならば "躁鬱" といった所だろうか。


「本日はリゾート惑星、R4545、通称"ブルーラグーン"について紹介しましょう!この人工惑星は海洋環境をそのまま惑星として再形成しております。最新の重力システムにより、惑星の形状は常に一定で海中の美しい景色を楽しむことができます。魚群が泳ぐその景色はまるで夢のよう。最新のスーツを着さえすれば、海中でも自由に動く事ができ、勿論呼吸も出来ます。次の休暇にはブルーラグーンでリラックスはいかがでしょうか?」


──すぐ飽きそう


君はそんな事を思い、周波数を変えると今度は惑星開拓事業団の専門チャンネルが流れた。


ラジオからは、惑星開拓事業団の公式キャスターが淡々とニュースを読み上げる声が流れてくる。


「本日のトピックは、最近の惑星開発計画に関する最新情報をお届けします。まず、新たな鉱山開発プロジェクトが始まりました。惑星P40において豊富な鉱物資源が発見され、現地での採掘作業が開始されています。この鉱山開発は新しいエネルギー資源の確保を目指すもので、事業団のさらなる発展に寄与することが期待されています」


キャスターの声は一瞬間を置いて続けられた。


「また、宇宙農業に関する進展も報告されています。惑星F5055では特殊な環境適応型の作物が開発され、宇宙ステーションでの自給自足率の上昇に大きく貢献するでしょう。この新種の作物は低重力環境や極端な温度変化にも強く、宇宙船やステーションでの長期滞在に大きな利点をもたらします」


最後にキャスターは、惑星開拓事業団が主催する新しい宇宙コロニー計画について触れた。


「最後に、新しい宇宙コロニー計画の進捗についてお知らせします。次世代宇宙コロニー、"ノヴァ・ハビタット" の設計が完了し、建設が間もなく開始されます。このコロニーは最先端の技術を駆使した居住環境を提供し、5千万人の居住者を収容することが可能です。ノヴァ・ハビタットは、人類の宇宙における新たな生活の場となることでしょう」



──まあ退屈しのぎにはなるかな。適当に音楽を流すだけでもいいし


それからも君はダイヤルをこねくりまわし、色んな局の色んな放送を聞いていた。


そこへ「繧上◆縺励?縺ゅk縺ゥ繧√j縺」」と、ドエムから声がかかる。


「ああ、出発か。そうだな。最速だといつからいけるんだい?」


「ゅ繧上◆」


「…なるほど、荷物は明日とどくから、纏めたり積みこんだりで…そうだな、確かに明後日がいいね。じゃあそうしよう」


空に海があるという光景。


君はそれをホログラフィックでは見たものの、やはりいまいち実感出来ない。


宇宙にはもっと滅茶苦茶な環境の滅茶苦茶な星もあるということで、君は出来るかぎりそういう珍しい光景を記憶に焼き付けたいとおもっていた。


「ちょっと楽しみになってきちゃったな、空から鮫がふってきたりするのか?やばすぎるだろ、笑っちまうよ……って」


君はへらへらしながらふと手を見る。


「あれ、何かバッチぃもんでも触っちゃったかな。ススみたいなのがついてら」


手の甲に何か黒いものがついており、君はそれをふき取るための布巾を部屋の隅に放っているバックパックから取り出したのだが…


「あら?消えてる。うーん、気のせいだったかな…」


君は小首を傾げてひとしきり唸っていたが、ややあって "まあいっか、消えたんだし" と思考を切り替えた。

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