第17話 惑星C66、チンピラ

 ◆


「え、なんでぇ!?」


 君は支社の受付カウンターでアルメンドラに酷く情けないツラを見せて慨嘆していた。


「なんでと言われましても。提出していただいた資源ですが、袋の中身は空でした。惑星K42の黒黴につきましては船が宇宙港に停泊した時点で活動が抑制されており、また、船自体も検疫がされている筈ですから拡散したという事はあり得ません。つまり、収集対象の資源につきましては貴方が収集したものと勘違いしていた…という事になります」


「つまりアレか?タダ働きってことかい!?」


 君は両手で顔を覆って蹲った。その背はぷるぷると死にかけの子犬の様に震えている。その姿は誰がどう見ても脳が哀れな男だった。


「そうなります。ただし、貴方が収集したデータ各種は相応の価額で買い取らせていただきますので完全な赤字という事は無いかと思われます。特に恒星間生物のデータなどは好事家が高く引き取るでしょう」


 これはその通りだ。そもそも恒星間生物はそう滅多に出会うものではない。個体数が特別少ないから、というよりは宇宙が広すぎるからである。それに、危険な生物も多く、出くわしたらタダでは済まないという事もままある。


 クラゲだのヘビっぽい芋虫だの、そんなレベルではないもっとド級に危険な生物だっているのだ。


 これは余談だが、かつて地球…惑星A00では"古き神話"という創作が流行った時期があった。そして、その物語には悍ましい異形の神々が登場するのだが、ここに出てくる神々は実の所恒星間生物であったのではないかという説もある。


 ちなみに現在では"古き神話"はただの創作物ではなく、事実を元にした物語なのではないかと再評価されている。


 ともあれ、君はタダ働きにはならないと聞いてにわかに元気を取り戻した。死にかけの子犬はもうどこにもいない。


「あ、そう?ならいいよ。それにしても今日もいい艶だしてるね、新品のボディみたいだ」


「はい」


「ところで受付の仕事ってどんな感じなんだい?自分で言うのもなんだが、事業団の仕事を受ける奴なんて食い詰めのろくでなしが多いだろう?変な因縁をつけてくる奴もいるんじゃないか?もしそんな奴の始末で困ったら遠慮なく相談してくれよ。こう見えても顔は広いんだ」


「ご配慮に感謝いたします。それで、次の調査依頼はどうされるのですか?差し出がましい様ですが、少々ペースが早すぎる様に思われます。調査は体が資本なのでご無理をされませんように」


「ありがとう、でも俺の体は少し特別性なのさ」


 君が胸をごんごんと叩きながらドヤ顔で言うと、アルメンドラは黙ってうなずき、それでもです、と答えた。


「ああ、大丈夫、無理はしないさ。それじゃあまた」


 君はひらひらと手を振って、支社を出ていく。


 その背をアルメンドラは黙って見つめていた。


 ◆


 脇にドエムを抱き、襤褸ホテルへ向かう君。


 ホテルは下層居住区の一角にある。


 ここはこの惑星U66の、言ってみればスラムだ。


 低所得者や病人、犯罪者が多く住む地域で、薄汚れた建物が密集している。


 道路は狭くゴミが散乱し、壁には老朽化した看板や落書きがあふれている。


 治安は悪く、昼でも路上で胡乱な連中が怪しげな取引を交わしていたりする。夜になればなおさらだ。


 いつかはここを抜け出してやると思った事もあったが、その思いはいつの間にか消えてしまった。


 適当に生き、適当に死ねばいいさという投げ槍な思いが君の中にある。


 ・

 ・

 ・


『ケージ、それは貴方のお母様のせいね。貴方の親を悪く言いたくはないのだけれど、貴方がそんなにも無責任で適当で愛することを知らないのは、本来真っ先に貴方に愛を与える筈のお母様が親としての責任を放棄したからよ』


 君は元カノからふとそんな事を言われたのを思い出した。


 ザッパーという名のズバズバと物を言う金属生命体の女性だった。強烈な二面性を持ち、普段は理知的で慈愛あふれる彼女だが、一たび怒ると冷徹・冷酷な殺戮マシーンと化して刃物を振りかざしてくるのだ。


 そんなザッパーと君は半年ほど付き合って別れた。


 理由は性格の不一致…ではない。君はザッパーの二面性に強い魅力を感じていたので、理知的な彼女もブチ切れた彼女も好きだった。


 ではなぜかといえば、体の相性が悪かったからである。


 テクニック云々の問題ではなく、君の体液…要するに精液なのだが、これがザッパーを体内から錆びさせてしまうのだ。彼女の種族にとってこれは内臓を焼かれるようなもので、さすがの君もこれ以上愛を育む事はできないと判断した。


 プラトニックな愛に生きる事も出来たかもしれない。


 しかしその境地に至るには、二人はあまりに若すぎた。


 ──あいつは故郷に帰ったんだったか


 君はふと空を見上げるが、勿論ザッパーの故郷は見えない。


 ただの気分だった。


 ◆


「で、お宅らは一体誰なんだい?」


 君は問いかける。


 というのも、オンボロホテルの入口にいかにもイカニモな風体の連中がたむろしていたからだ。君が見る限り、とても堅気とは思えない。


 ──俺繋がりか?いや、でも金は清算してるはずだしなァ


 数は3人。ボスらしきでかいのが1人、子分らしきしょっぱそうなチンピラが2人。


 3人ともアースタイプと呼ばれる種族で、つまりは君と同種族である。触手もなければ角もない、浮遊してもいなければ多腕多脚でもない。


「ああ、兄さん。あの襤褸ホテルに住んでる人かい?」


 一際体格の良いボスが君に尋ねてくる。


 身長は2mにはやや足りないという所だ。クラシックなスーツを着ているが、内側から盛り上がる筋肉でサイズがやや合っていない。更にはスキンヘッドというコテコテっぷり。


 質問に質問で返すなよな、と思いながらも、君は笑顔を浮かべて首肯する。


「だったら話は早え。なあ、兄さんはペイシェンスっていう豚野郎を知らないか?あのホテルにいる筈なんだが。もし知ってたら連れてきて欲しいんだよ、なに、小遣いくらいは出すぜ」


 豚、ペイシェンス。勿論君は知っている。


 知っているが…


「悪いな、俺は最近ここに来たばかりでさ。このホテルは開拓事業団の人に紹介されたんだ。でも見つけたら伝言くらいはしておくぜ?そのペイシェンスってのに、アンタはなんの用があるんだ?ついでに名前も教えて欲しいな」


 君がへらへらしながら言うと、下っ端の一人が肩を掴んできた。


「おい、てめえなんだその口の利き方は」


 下っ端は遠慮なしに力を込めているようで、拳の関節部は白くなっている。


 勿論君はなんの痛痒も覚えない。


 君の肩を握りつぶすには握力にして140トンほどは必要だ。下っ端の握力はせいぜいが80キログラムやそこらで、その程度ではお話にならない。


 君が涼しい顔をして下っ端Aを見ると、下っ端は顔をゆでだこのように真っ赤にして、なおも力を込めてくる。


「痛いじゃないか、すまなかったよ。ただ、俺は育ちが悪くて、ちゃんとした言葉遣いってやつを知らないんだ。勘弁してくれないか?」


 きゅるる、きゅるると君の瞳が収縮する。


 敵対的な挙動を取ってきた者に対して分析・解析をしているのだ。これは君の意思に関係なく行われる。そしてもし仮にこの下っ端Aが君のボディを破壊するに足るスペックを持っていたとしたら、君の肉体は自己の保存・防衛を目的とした自動操縦モードへ移行するだろう。


 君に敵意や害意はない。ないが、それなりの修羅場をくぐってきたボスはこの時、自分が無形のナイフに取り囲まれているような錯覚を覚えた。


 そしてボスの警戒を受けてか、下っ端たちも君が真っ当な人間ではないことに気づいたようで、下っ端Aなどは気味が悪いものを見たとでもいうような視線を向けてくる。


「兄さん、すまないな。こいつらも血の気が多くていけねえ。まあ来たばかりってんなら仕方ねえやな。俺はアロンソってもんだ。ゴッチ・ファミリーは知ってるよな。そこでそれなりの仕事をさせてもらってるモンでよ、今日はちょっとそのペイシェンスに用事があって来たんだが…まあもしあったら伝えておいてくれや」


「なんて?」


「"譲れ"。それだけでわかる筈だ。俺の名前も伝えておいてくれ。それじゃあな」


 アロンソは君の胸ポケットに何枚かの紙幣を突っ込み、やや視線をそらして君が抱えるドエムを見て、少し首をかしげながら去っていった。


 ──譲れ、か


 何がなにやら、と思いながら君はホテルへと入っていく。

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