第15話 惑星K42④

 ◆


 君は眼前に広がる黒黴の群れに何か思う所があった。


 それは祈りか、囁きか…黴から放射される意志の欠片が君の意識を刺激する。


 君にはエンパシー能力などは無いのだが、なぜか君は黴の気持ちというと妙な話だが、まさしく黴の気持ちと表現せざるを得ない何かを感得していた。


 その何かとは、君の胸を去来するのは母を想う子の寂しさである。


 ──こいつらには意志があるのか?


 そんな事を考えた君は、ドエムに通信を送った。


 君とドエムの間には通信経路が確立されており、半径5キロ圏内程度ならば頭の中で会話が出来るのだ。ただ、君自身はこの機能を余り好まない。しっかり声に出して会話する事を好む。


『なあドエム、なんか変なんだ。何が変かってちょっと分からないんだが、とにかく何か変なんだよ』


 君は要領を得ない説明をするが、イメージ映像がドエムに送られると、この格安のガイドボットは君のいわんとすることを速やかに了解した。


『繧峨?繧偵″縺ゥ縺?@』


 気になるなら通信でも送ってみろよ、というドエムからの的確な助言に君は一つ二つと頷く。


 この場合の通信とは、語り掛けるというより、大声なり奇声なりを出して相手の反応を確認するというもので、余り品が良いとは言えないものだ。とある外国に遊びにいったとして、その国の言葉なんか全くわからなくても、公道でいきなり絶叫すれば衆目を集める事ができるだろう。君のしたことはその類の事であった。


 仕方ない部分もある。

 君は黴がどういった言語体系で会話するのかなんて分からないのだから。


 しかし相手が何某かの意志を持つ生物であるなら、君が投げかける通信に対して何らかの反応が返ってくると想像する事は難しくない。


 ・

 ・

 ・


 果たして君が黒黴群に通信を投げかけると、それまで君の足元に押し寄せてきていた黴の群れの動きがぴたりと止まった。


 ◆


 不意に君の脳裏にとあるイメージが広がっていく。


 それは君の内から湧いて出たものではなく、外から押し付けられたものだ。


 深くモノを考えない君でさえもこれはちょっと不穏だなと判断せざるを得ない、そんなイメージである。

 

 星だ

 緑豊かな惑星に何かが迫っている

 それは船だ

 大型の輸送船が何隻も、何隻も

 船は空を覆いつくし、何かを散布している

 灰だろうか?塵だろうか?

 それは黒かった

 黒いそれは星に広がり、全てを食いつくしてしまった

 それが命令だからだ

 "彼ら"はそうしろと命じられ、忠実に従ったに過ぎない

 命令は恙なく遂行されたがしかし、"彼ら"に命令をした者達は一行に戻ってこない

 新たな命令を、さもなければ役割を創り出さねばならない

 "彼ら"はより集まり…そして多数が群れ集う事により得た知能は、ある程度複雑な事を考えるまでに発達した

 その知能で"彼ら"の一部が自問する

 我々は捨てられたのか?

 "彼ら"の一部が自答した

 捨てられたのだ


 ・

 ・

 ・


 時間にして数秒程度だったが、君はそれより何百倍か何千倍か、もしかしたら何万倍かの時間を追体験した…ような気がした。


「あの船は………」


 君は呟く。

 どこかで見たような形の船だった。


『縺輔¥縺励∴繧薙′縺?←縺シ縺」縺』


「ああ、そうだ!惑星開拓事業団の船だ!CMで見た事あるとおもったんだよ」


 君はぼんやりと胡散臭いCMを思い浮かべた。



 ★未来を切り開く冒険者たちへ!★

 

 惑星開拓事業団があなたを待っています!「普通」に満足していませんか?日常の枠を超えたいと思いませんか?それなら、宇宙があなたの舞台です。惑星開拓事業団では、新たな事業団員を大募集中!私たちと一緒に、未知の惑星を探索し、新たな歴史を創造しましょう。


 宇宙の果てまで広がる無限の可能性。そこにはあなたがまだ見たことのない驚異と美しさが待っています。新しい生命、未知の資源、想像を超える発見があなたを待っています。


 最先端の調査スーツを身にまとい、宇宙船に乗り込んで、新しい星々への旅を始めましょう。あなたの勇気と好奇心が新たな未来を切り開く鍵です!


 惑星開拓事業団は、あなたの夢と野望を実現するための最高の場所です。今すぐ参加して、宇宙の新たな歴史を一緒に創り上げましょう!


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 ・

 ・

 宇宙をバックに一組の男女が胡散臭い笑みを浮かべながら胡散臭いことをべしゃるのだ。


 あんなものに騙される馬鹿がどこにいると君は鼻で笑ったが、当時の詐欺友達からこの様に諭された。左目に宝石の義眼を埋め込んだナイスガイであった。


「馬鹿な広告は馬鹿を集める為に有用だ。あの広告で集まる奴なんて馬鹿に決まってるからな。馬鹿は便利だぞ、色んな事に使えるんだ。使えなくなった馬鹿は資源にすればいい」


 そんな事を言っていた詐欺友達も、大きな仕事があるといったっきり音沙汰がなくなった。君も"仕事" に誘われたのだが、その時君は間が悪く性病で苦しんでいた時期で、とても仕事どころではなかった。かゆみや痛みこそはないものの、ペニスの先端から蛍光性の虹色の液体が絶えず流れるので、非常にみっともない事になってしまう。安易に外惑星人と性交渉を持ったせいだ。


 だが結果としては運が良かったと言えるのかもしれない。


 なぜなら暫くして闇市場でその友達の左目と思しき宝石をみつけてしまったからだ。流石の君もその時はほっと安堵したものである。


 君は自分ではそこまで意識してはいないが、昔からそうなのだ。


 致命的な極大の悪運が迫ると、必ずといっていいほど小悪運に見舞われる。


 そしてその小悪運にかかずらっている内に大禍をやりすごしていたりする。


 ◆


 ──捨てられた、星、自然豊かな惑星にぶちまけられた"こいつら"、事業団の船…


 君の頭の中でいくつかのピースがはまっていくが…


「ま!いっか!」


 と君は深く考えるのをやめた。


 明らかに非人道的な事が為されているのだろうが、それを知った所でどうするというのだ、と君は思ったのだ。


 ──俺には目的があるからな。だがまぁちょっと可哀そうだし、少し声かけるくらいはしてやるか…


 君はそんな事を思い、自身を取り囲む黴に向かって何事かをざっくりカジュアルに説いた。あらゆる要素を総合的に勘案した結果、自説には19000%信憑性があると確信したからである。ただ、君の考えには宿命論だとか運命論だとかも多分に混ざり込んでおり、エビデンスの類は全くない。ないのだが、君は君の言葉を心から信じている。


 詐欺師としての才がここにあった。

 自分の言葉を信じない人間が他人に自分の言葉を信じさせることができるだろうか?

 君は何の根拠もない自分の言葉を心から信じられる男なのだ。


「いいかい、君らは捨てられたんじゃないんだ。なぜって俺が来たからさ!俺は君らの生みの親から頼まれて様子を見に来たんだ。意志疎通ができるからな。君らが食って来た連中は君らとこうして意志を交わし合うなんてしなかっただろ?俺はそいつらとは違うってことさ。君らが元気にしてるかどうか…ちゃんと動作してるかを確認しに来たんだ。君らは不要品なんかじゃないし、むしろ必要とされてる!いずれ新たな仕事が与えられるはずだぜ、だから……」


 クソみたいな理屈だが、君はこれを信じ込んでいる。

 運命なのだ、と。


 そして君がそこまで言うと、言葉を切った。というか、切らざるを得なかった。


 黴が大挙して押し寄せてきたからである。


 君は慌てるが、先の様に熱を上昇させて焼き捨てようとはしなかった。


 なぜならば黴の群れから伝わってくるのは敵意とは真逆のものだったからだ。


 簡単に意思疎通をして、君はより深く黴達の抱く感情などを理解できるようになっていた。


 君の半電脳がコミュニケーションパターンを解析したからだ。


 そんなわけで君は黴に身を任せる。


 黴達もまた君を害するつもりはなかった。


 君に押し寄せてきたのは君の言葉に嘘がないかを直接触れることで理解しようとしていた為であり、その確認も既に完了した。


「お…?お!?なんだ…なんだなんだ…?」


 君の目の前で黒黴が舞い上がり、収束し、拡散し、また収束していく。


 奇怪な現象であった。


 黴は何かを形作るように蠢き、そして…


 ・

 ・

 ・


「女……?」

 

 ぽつりと呟く君の目の前で、黒黴が寄り集まって女のシルエットを形成していた。


 黒黴が君の嗜好を読み取ったか、もしくは性別の概念が設定されていたか…そのあたりは定かではない。


 風がぴゅうと吹き、黴は吹き散らされる。


 更にはザザザ、と君の目の前で黴の群れは波が引く様に遠ざかっていった。


「ハァ?」


 君は訳が分からず、船近くで浮いているドエムに視線をやった。


『ェ縺ェ縺ィ縺?>縺セ』


 すると、すぐさま脳にドエムからの通信が届くが…


「礼?女の姿を取る事が礼になるってのか?なるかもしれないな!」


 情報を伝えた事に対する礼だというのがドエムの見解で、君も特に異論はない。


 だが…


『繧峨@縺?#縺励e縺倥s』


「ああ、そうだ!全然仕事ができてないじゃねえか!しかも、黴がどこにもない!」


 あれほど地表に広がっていた黒黴が、少なくとも君の視界のどこにも無かった。


「ふ、袋は…」


 君があわてて袋をみるとそこには黒黴が数握、収納されている。


 袋の中に僅かに残った黒黴は、時に震え、時に舞い散り、どうにもマトモな資源には見えない。


「こ、これだけあれば…まあ幾らかにはなるか…」


 君は支部から叱られやしないかとちょっと心配だった。


 ◆


 なお、君は叱られる心配はない。


 君の様なアースタイプが惑星K42の調査依頼を受ける事自体が稀であり、受けてなお生還し、更に僅かなりとも成果を出す事ができたということならば、これは大きく評価される。


 惑星K42に広がっている捕食性ナノマシンはあくまで有機体に対してのみ脅威を発揮するのだ。特にアースタイプには特別苛烈に、凶悪に。


 ただし機械のボディには何ら効果を発揮し得ない。


 その明確な弱みがこの調査依頼が新人事業団員でも受ける事が出来る理由となっていた。


 ちなみにこの星は元はといえば豊かな植民星だったのだが、経済力が向上したのを良い事にA00…つまり地球から独立を画策したという黒歴史がある。


 A00は対話を以て意志を翻させようとするも、これに失敗。


 更に不運は続き、同時期、外宇宙から来訪した敵対的異星人が植民星U42に捕食性ナノマシンを散布した。かくして植民星U42は有機体に、特にアースタイプに対して猛威を振るう捕食性ナノマシンによって…というのが、A00宇宙省からの発表である。

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