第14話 惑星K42③

 ◆


 惑星K42での仕事は単純だ。


 スコップで黴を掬い、袋にぶち込む。


 ただそれだけだ。


 ただし余り時間はかけられない。


 "棺桶号"が山頂付近に着陸してから、黒黴の海の騒めきはヒソヒソからザワザワに変わった。


 君たちの存在が黴達に察知されたのだ。


 とある理由によって生まれたままの姿で袋とスコップを携えて岩場に立つ君に、黒黴が殺到する。


 瞬く間に君の靴の先から足首、膝辺りまで黴が覆うが…そこまでだった。


 君の体に触れた黴が次々にその生命活動を停止し始める。


 まるで夏の日差しにさらされた雪のように黴は溶け、枯れ、そして熱死していく。


 マッスルジェルの潤滑速度を上昇させ、摩擦熱を発生させたのだ。


 始めはほんのわずかな温度変化だったが次第にその上昇は著しくなり、熱の放射によって周囲の空気さえも揺らめかせている。


 表面温度は既に700℃近い。


 これは羊毛、綿、アクリル、ポリエステル、ナイロン、ポリプロピレンあたりの素材の発火点を大幅に超えている。君は高級な調査用スーツではなく安物のツナギのようなものを着ているため、そのままだと燃えてしまうのだ。


 故に全裸となった仕儀なのだが、君の表情は複雑である。


 君の下半身からその陽根が猛々しくそびえたり、先端が天を指し示していた。


 これは全身のマッスルジェルの活性化に伴う副作用なのだが、屋外でこの様な姿を晒すというのは、たとえ黴とロボットにしか見せる相手がいなくとも気分が良いものではない。


 ・

 ・

 ・


 君は黒黴をざっくざっくとスコップで掬い、袋へ詰め込んでいく。


 仕事は順調だ。


 しかし不気味に蠢く袋をみて君はちょっとした罪悪感を抱いてしまった。


 ──なんか誘拐してる気分になるな…それにさっきから変な声?みたいなものも聞こえるしよぉ…いや、聞こえるのか聞こえないのかもよくわからねえ、なんだってんだこれは


 時折、奇妙な声のようなものが聞こえてくるのだ。


 不明瞭で、何を言っているのかさえも分からない。


 注意を向けて耳を澄ませれば声は消え失せる。


 しかし作業に集中していると騒めきが君の意識を搔き乱す。

 

 風みたいだな、と君は思った。


 風は見えないし捉え所がない、しかし確かにそこかしこに存在するのだ。


 君が暫時作業を止め、船の真上に浮きながら周辺警戒をしていたドエムに向かっておいでおいでをするとドエムはまるで犬か何かのように君の元へとやってきた。


『縺ゥ縺�@縺セ縺励◆縺�】


 ギィイイアアエアアアという不協和音に君は "いやちょっとな" と答え…


「なんか聞こえないか?あちらこちらから声が…いや、声じゃないのか、待て、声なのか…わからないけど、聞こえるんだよ」


「縺薙�縺ゅ◆繧翫↓縺ッ繧ォ繝薙@縺九>縺セ縺帙s繧�」


 ドエムの返答に君は頷いた。


「まあそれは見ればわかるんだけどさ、いや、待て…カビしかない…か」


 君はきょろきょろと周囲を見渡し、なおも這い上ってこようとする黒黴群を見て思案する。


 ◆


 惑星C66の惑星開拓事業団の支部の光景は今日も変わらない。


 そんな中、2人の職員が小休憩をとりながら雑談に花を咲かせていた。


 1人は男性、もう1人は女性である。


 男性の方はやや鼻の下を伸ばしながら、女性と話していた。


 彼の両親は事業団の幹部職員で、いわゆるコネという奴で色々と知る事ができる立場にあるのだ。


 女性の方は最近入ってきた職員で好奇心旺盛な意欲的な性格をしており、この男性職員とはここしばらくよく休憩時間を共にしていた。

 

 ──先輩、聞きました?先日、惑星K42の調査を受けた新米団員がいるんです。ほら、例の…マークされている人です


 ──惑星K42…?ああ、例の"新人食い"か。マーク済みの団員というと…あのブリキ野郎だな。金に目が眩んだか…と言いたい所だが、腐ってもMMY0313オペレーションの被験者だ。問題はないだろうよ。ところであの施術は軍事転用されるそうだぞ。自我のない強靭な兵隊を作るに、あの施術ほど適切なものはないからな


 ──星系外縁じゃあ紛争も絶えないそうですしね。それにしても、惑星K42っていうのは何なんでしょうね、黒黴が全域に拡散しているそうですけど、そんな生態系ってありますか?


 ──ああ、お前は入ったばかりで知らなかったか。あの星の黒黴はな、黴じゃないんだ


 ──え?


 ──あれはナノマシンなのさ。もっとも、調べた所で黴としか検出できないらしいけどな。そういうモンなんだと。でな、元々あの星は植生豊かな植民惑星だったそうだ。だがある時、独立を…うっ!?


「そこまで」


 いつのまにか彼らの傍に近づいていたアルメンドラが掣肘する。


 常ならば青い燐光を宿す眼は、いまや赤に染まっていた。


「受付ガイノイドとしてではなく、惑星開拓事業団惑星U66支部所付特別監察官として第二種警告を発します。職員ホズマンが職員アリッサに伝えようとした事は、秘匿条項開示権限に関する各種規約に抵触する恐れがあります。職員ホズマンは秘匿条項開示権限について再度確認をして下さい。また、本件は職員アリッサに咎はありません。ただし、職員ホズマンはこれで二度目の警告となります。職員ホズマンには後一度警告を受ける猶予がありますが、四度目は警告なしに"処理"します」


「わ、わかった。すまない、へへ…俺は口が、軽いみたいでよ、次は気を付ける…」


 ホズマンは顔色をやや蒼褪めさせ、アルメンドラへ謝罪をする。


 アルメンドラの眼は少しずつ赤から青へと変じていき、やがて無言でその場を立ち去った。


 ・

 ・

 ・


「ふう、危ない危ない…ちょっと口が滑っちまったよ…」


 去っていくアルメンドラの背から視線を固定し、ホズマンは額に滲んだ脂汗を拭いながら言う。


「ごめんなさい、先輩、私が変な事をきいたせいで…」


 アリッサは恐縮しきりといった風情で、ホズマンにペコペコと頭を下げた。


 まあ悪いのはホズマンである。


 彼は単に女性の後輩の前で情報通を気取りたかっただけなのだが、今回はちょっと口が滑りすぎたのだ。

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