第10話 惑星C66、ガイドボット

 ◆


「嫌かい?ドエムってのは。でも愛称なんていうのは少しくらいコミカルなものがいいんだよ。俺の事は…そうだな、ケージって呼んでくれ。これは檻って意味だ。ウケるだろ?まあ檻の中も悪くはないもんさ、飯以外はね」


 君はそんな事を言うなり、ドエムをベッドの上に置いた。


 そして椅子を持ってくるなり、ドエムと向かい合う形で座る。膝に肘をガッシと置き、ドエムと視線の高さを合わせる。


「最初に言っておこうかな、ドエム、君には探索の助けになってほしいんだが、俺はド素人なんだよ。どこをどう調査すれば効率的かわからないし、実は船だってろくに運転できない。自動運転に頼ってるんだ。まだまだあるぜ、どこのどんな星がどういう環境なのかもよくわからねえんだ。俺は駄目なんだ!駄目人間なんだよ!」


 君は堂々と言い放った。


 これは心理テクニックでいう所の "アンダードッグ効果" …とは厳密に言うと異なるのだが、それに似た効果を狙っての事であった。


 弱みを見せるのだ。


 駄目駄目なドカスな所を見せる。


 そして同情を買う。


 抜け目のない君はこんな事を思う。


 ──同情は安く買える。しかし効果が高い


 ただ、そんなクレバーな君も、一つ考えの埒外の所があった。


『繧上°繧翫∪縺励◆縲ゅ′繧薙�繧翫∪縺�』


「俺は本当に終わってて…え?ああ、うん。そうか、頑張ってくれるのは嬉しいけど。それだけ?」


 ガイドボットことドエムは "がんばりますねー" くらいのノリで君に返事を返した。


 ロボットなのだからこんなものである。


 ガイドボットにも型落ちの感情模倣プログラムが搭載されているのだが、心理テクニックが功を奏するほどには上等なプログラムではないようだった。


 ちなみに感情模倣プログラムはオプションではなくて、デフォルトとして備え付けられている。メンタルケアのためだ。孤独というものは想像以上に精神を毒する。ただ、真に孤独を愛する者もいないわけではないので、そういったものはオプション費用を支払って取り外す事ができる。


 ともあれ、君はドエムの素っ気ない感じがどうも気に食わないようであった。しかし "もっと構ってくれよ、心配してくれ配慮してくれ" というのもどうにも馬鹿らしい。


 君は暫時窓の外に目をやる。


 ──俺は一体何をやってるんだ


 ◆


 君は端末をドエムに差し出した。


 というのも、ドエムが寄越せと要求するからである。ドエムは端末からデータを吸いだし、君の調査スタイル諸々を学習する。


 ドエムは安いモデルだが、必要最低限の能力は備えている。


 つまり大抵の人間よりは余程カシコイのだ。


 そんなドエムだが、君の調査データを吸いだすと…


 君はどちらかと言えば雑な人間だが、その気になれば非常に細かい事にも気付く事ができる。


 君はドエムからシャボン玉のような淡い困惑の泡がふわりと立ち昇り、ぱちんと弾けた様な印象を受けた。


 ドエムは何か君の様子を窺うような雰囲気でモノアイを向けてくる。


 君はそんなドエムに微笑みかけた。


 ここ数日で一番の笑顔だ。


 これでいて君は笑顔に関しては造詣が深い。


 笑顔にも色んな種類があるのだ。こびへつらう笑顔、攻撃的な笑顔、挑発的な笑顔…


 君はドエムからなにがしかの疑念を向けられていると察知し、邪気のない無垢な笑顔を浮かべる。


「縺励◆縲ゅ′繧薙�繧」


 ドエムは余りにも失礼な質問をした。


「どういう質問だい!?別に自殺志願者じゃないよ。俺はしっかり稼いで人間の体に戻りたいのさ。この体は便利だけど俺じゃないみたいで気持ちが悪いんだ。それにこんな体で居てみろ、紛争や戦争なんてものに駆り出されかねないよ。まあ仲良くやっていこうぜ、所で君は小型半重力装置で飛べるらしいけど、俺を乗せて飛べたりは…あ、それは無理なのね。ハイハイ、問題ないさ」


「縲ゅ」


 ドエムはなるほどと思った。自分のマスター登録をしたこの人間は、生身ではなくサイバネティック・ボディなのだとここで初めて知ったのだ。


「それじゃあ早速だけど、俺は次はどこに調査に行けばいいかな?俺の経済状況も端末から吸いだしてるはずだし、イイ感じのプランをバシっと立てちゃってくれよ」


 ドエムのモノアイが淡く光り…


「ええ~……?黴の惑星…?」


 君は凄く嫌そうな顔で言った。

 その星は惑星K42、とある黴が蔓延るキラー惑星であった。


 キラー惑星とは名称の頭にKがつく惑星で、人類種に敵対的な生物や環境が広がっている星を指すのだが、キラー惑星として認定されるためにはその"敵対的"の度合がかなりキビしめでないといけない。


 K42は"黴の惑星"と呼ばれるだけあって、地表が殆ど黴で覆われている。この黴が最悪なのだ。


 喰うのだ。


 生物を。


 ◆


「まあ俺の体なら平気…だと思うけどよォ~…」


 君は唇を尖らせた。


 黴の惑星なんてものは全然綺麗じゃないし、珍しくもない。


 君はどちらかというと分かりやすく綺麗なものが好きなのだ。


 宝石だとか美しい景色だとかそういうものが。


『◆縲ゅ′繧薙�繧翫∪縺�』


「まあね、まあ稼げるとは思うけど…」


『翫翫翫翫�繧翫�繧翫』


「確かにそうだ!目的を見失っちゃいけねえよな。黴に体を喰われなければ稼ぎ放題だもんな」


『繧翫!!繧翫繧翫繧翫!!!!』


「おう、やるぜ俺は…。K42から黴を根こそぎかっぱいでやるぜ!」


 K42の調査も、惑星G1011の様に資源を収集するタイプの依頼だ。


 内容は黴の収集である。


 有機体をむしゃばりと食い散らす最悪の黴だが、これはこれで使い道があるのだ。例えば生ごみ処理や、悪性腫瘍の除去など色々使い道はある。


「しかし黴を集めるっていうとどんなドーグが必要になるのか…シャベルか、いや、チリトリか…素手じゃあ厳しいよなあ」


 君が呟くとドエムから何本かのケーブルがウニョニョと出て、端末に接続される。


 そして君の端末を使ってドエムがいくつかの道具を購入した。


 勝手に。

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