第9話 惑星G1011③(了)

 ◆


 作業…というより、石拾いを始めて一体どれ程の時間が経過しただろうか。


 3時間や4時間ではきかない。空はすでに明るくなり始めており、君は5つ目のトランクケースを船に運んで行った。


 このケースには君が拾った煌びやかに色づく石が詰め込まれているのだ。


 地味な単純作業、しかし君の心は少しも腐っていない。


 君は飽きっぽい性格で、大抵の仕事はバックれてしまうという悪癖があるのだが、惑星開拓事業団の仕事はバックれたりサボったりはしていない。


 といっても、この仕事を含めてまだ3件しか仕事をしていないのだが…。


 ともあれ、これは驚くべき事ではある。


 君は本当にバックレ屑野郎なのだ。


 どうしようもない。


 駄目なのだ、とにかく駄目。


 配送の仕事を15分で放り出して呑みにいった事もあるし、引っ越しの仕事を30分でバックれたこともある。


 正規の仕事がどうしても長続きしないという者は決して珍しくはない。まあ余程切羽詰まれば多少は真面目ぶって働くのだが、あっというまに怠惰マインドが顔を出してしまう。


 こういった者達は怠惰というよりは、生活の為の仕事が出来ないのだ。仕事に対して生活費の他に求めるものが大であったりする。


 それはスリルだったり、承認欲求の充足であったり。


 君も御多分に漏れずその手の類のPEOPLEであった。


 ──つまらねえ仕事だ。生きてるゥー!って実感がこれっぽっちもねえ。石は綺麗だけど、それだけだ。もう見飽きた


 だが、と君は思う。


 ──でもよ、妙な話だが石には見飽きたが仕事は飽きねえんだよな。俺はまだまだ働けるってよォ、意気込みっていうのか?意気込み…気合が。ブリブリと全身の穴から垂れ流されてる気がするぜ…!


 目的意識を持った時、良くも悪くも人は変わるのだが、君も例には漏れない。


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 君には明確な目的意識がある。


 人間に戻りたいという願いは君の精神世界で煌々と輝いている。その輝度は君が自覚するよりもやや強い。


 君はまだ自覚していないが、君の深層意識はある種の危惧を抱いていた。


 自身の不可逆的な変容への危惧だ。


 これは例えるならばこの様になる。


 ある朝起きて自分の肌がやや緑がかっているとする。それは注意して見なければ気付かないようなほんの僅かな変色だ。


 大抵は放置されるだろう。


 しかし、日が経つにつれて変異は顕著なものになっていくとしたらどうだろうか。


 例えば指先から植物の芽が出たり、だとか。


 自分の体が日に日に少しずつ植物のそれに近づいていったとしたら恐怖を覚えないだろうか?


 自分が自分で無くなっていく恐怖というものは根源的なものだ。


 君は既に三大欲求の全てが薄くなっているが、これは変容の始まりと見て良い。君の深層意識はこれを放置せざるべからずと判断し、目的意識に強く干渉した。


 その結果が今の勤労精神に溢れた君だ。


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「仕事だ!仕事をするぞ!仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事!」


 君は脳内で生産された合法的陶酔成分によって仕事の鬼と化し、そのサイバネボディのスペックの限りを尽くした。


 結句、大きめの金属のケースには色とりどりの宝石にも似た石が大量に詰め込まれる次第となった。


 これらの石は惑星G1011のそこかしこに散らばっており、1つ幾らという計算で事業団が買い取る事になっている。


 勿論君の様な新米に回される仕事なのでそこまで高額ではないが、このトランクケース一つで大体一か月は夕食の後に違法な薬物を楽しめるくらいの額は貰えるだろう。


 重量もケースの分を合わせれば100キロやそこらじゃ効かないのだが、君のサイバネボディの馬力は凄まじく、その程度の重量はものともしない。


 君のサイバネボディに組み込まれた量子ジェネレーターは微小な量子の振動を利用して、通常では考えられないほどのエネルギーを生成し、それを君のサイバネボディに供給する。


 そのエネルギーゲインは膨大で、自壊を恐れなければ数十トンという重量体でも持ち上げることができる。


「ガラスっていわれりゃあガラスにも見えるが、これが空から降ってきたってのか?割れたりしないのかな…」


 君は呟き、船を出て空を見上げる。


 するとタイミングが良かったのか、それとも悪かったのか。


「うわ…あの雲、如何にも"これから降りますね"ってツラしてやがる。勘弁してほしいぜ」


 空の向こうに様々な色彩を内包する黒い雲が広がっていた。雨だろうか?


 君は怯えを多分に含んだ表情を浮かべる。勿論ただの雨なら君にとってはどうでもいい話だ。一般人ならその水量に押し潰されてミンチ肉になってしまうほどのスーパーヘビー級の豪雨でも君は平然としているだろう。


 しかし


「降ってくるのが雨とは限らないからなぁ」


 君の呟き通り、それぞれの惑星にはそれぞれの環境がある。


 君が住む惑星C66の様に、地球に似た環境の星もあれば直径数百メートルの岩が降り注ぐ星もある。


 獰猛な肉食原生生物が降り注ぐ星もある。ちなみにこの星の場合は上空に海が広がっているのだ。


 つまり、宇宙は広い。


 ◆


「どう見ても普通の雨雲じゃないな。虹でも食べちゃったのかな」


 君は宇宙船に戻り、操縦席から外を眺めている。


 空の彼方から近づいてくる黒雲は妙な色合いをしている。君が言う通り "虹でも食べちゃった" かのように黒い雲の各所が虹色で滲んでいるのだ。


 君の眼が大きく見開かれ、瞳孔が拡大し、蒼味を帯びた光が瞳に点った。


 君はサイバネ手術により多くの強化を施されている。視力も例外ではない。


 "良く見よう" という意識のトリガーが働くと、注視箇所はまるでズームレンズのように拡大され、微細な詳細まで鮮明に捉えられる。


 今、その強化された視力で遥か彼方の雲を見つめると雲から降り注ぐものが通常の雨とは異なることに気づく。


 まずは雨粒の大きさだ。


 通常の雨粒とは比較にならないほど大きな、人の頭ほどもある雨粒が見受けられる。


 そして各雨粒の色合いも異なる。一つ一つが異なる色彩を帯びていた。


「……あれを頭っから浴びるっていうのは、健康に悪そうだなァ~…」


 君はそんな事を言いながらヤニをスパスパとやる。


 船内は原則火気厳禁なのだが、停めているんだからええやろと君は軽く考えていた。


 君の肉体は既にヤニ中毒から脱却しているはずなのだが、精神はまだまだヤニ臭さが抜けていないようだった。


 ◆


 君は数本目のヤニを取り出し、操縦席から雨を眺めていた。


 外ではボコボコドカドカと色石が降り注いでいるが、いくら"棺桶号"が事業団の新米に回すような型落ちの船といっても、この程度の降石でどうにかなるほどボロくはない。曲りなりにも宇宙船なのだ。その外装は最低限の強固さを備えている。


 ──なるほどね、頭部保護ってこのためのものか。でも硝子の雨って…硝子?硝子じゃねえと思うけどなあ


 君はポーチから小粒の色石を取り出してそれを眺めた。


 例えるならば宝石だが、それは石くれよりも大分重量があった。君はサイバネ・パワーのおかげで重みを感じる事はないが、持てば正確な重量が分かる。


 君の便利ボディが算出したところによると、空からこの重さの物体がドカドカおちてきて、それが頭部にでもあたりでもしたら、ヘルメットなんてしてても首の骨がどうにかなるものと思われた。


 ──こんな星にゃあ住めねえなぁ。住むとすれば地下か?でも雨…みたいなものが浸み込んで、周りを固めちまって外に出れなくなるみたいな事になりそうだ


 地下に文明を築いている惑星もあるが、君は自由と無責任を愛する男なので、外の世界はそれこそ無限に広がっているのに何が楽しくて土中暮らしをしなければならないのだ、と思ってしまう。


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 君は両掌を外へ向け『晴れろ~、晴れろ~』と快晴祈願の精神波を放射していた。いい加減退屈していたのだ。


 その願いが天に通じたか、雨足が弱まってくる。


 勿論君には天候操作のサイキック能力などはないのだが、世の中は結果が全てである。


「やったね」


 君は口元に勝者の笑みを浮かべ、外へ出ようとするが…


 ぴんぽらちんぽんと端末が無機質な電子音をたてるので確認をすると…


「お?不在通知?ああ、ガイドボットが届いたのか」


 それは配送会社からの配達完了連絡であった。


「ならもうこうしちゃいられねえな、5ケースも集めりゃ十分だろう」


 君は予定を変更して、帰星を決断した。臨機応変とは君の代名詞でもある。


 ◆


 そんなこんなで君は凶悪で獰猛な恒星間生物に出くわす事も謎の追尾型小惑星に出くわすこともなく、無事にC66へと帰星する。


 事業団専用の発着場に船を停め、事業団支社に荷物の引き取りを頼んでから君は大急ぎでボロホテルへと駆け戻っていった。


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 そして、君は荷物を受け取って室内で開封をする。


 一抱えほどの正方形の金属ケース、その中に丸い金属級が鎮座している。これがガイドボットだ。


 既にくみ上げられており、君がする事は電源を入れてガイダンスに従って所有者登録をするだけなのだが…


『縺ッ縺倥a縺セ縺励※!縺ゅ↑縺溘′縺ゅ◆繧峨@縺?#縺励e縺倥s縺輔∪縺ァ縺吶°。繧上◆縺励?縺ゅk縺ゥ繧√j縺」縺上@繧??縺溘s縺輔¥縺励∴繧薙′縺?←縺シ縺」縺ィ縲√〒縺??縺医?縺ェ縺ェ縺ェ縺ェ縺ェ縺ェ縺ィ縺?>縺セ縺。縺励s縺阪@繧?f縺?@繧?→縺?m縺上r縺翫%縺ェ縺?◆繧√↓縺ィ縺?m縺上?繧阪$繧峨?繧偵″縺ゥ縺?@縺セ縺吶°。』


 君は暫時沈黙し、眉を顰め、今耳にはいってきた音声が脳に浸透するのを待った。


 そして一つ、うん、と頷く。


 ──不思議な感覚だ。何言ってんだかさっぱりわからん。わからんが、言いたい事はわかる。心が二つあるみたいだ。手術の影響かぁ?それにしてもなんでこんなキンキンとした声で…


 君はビカビカとモノアイを光らせるガイドボットを見下ろしながら端末で注文ページを確認する。


「ああ、しまった!…なるほど…」


 そう、君は重要な事を忘れていたのだ。それはそれは音声会話オプションの選択である。これがないと、適正言語での意思疎通がとれない。


 だがまぁ、と君は思い直す。


 ──言ってる事はなぜか分かるんだし、まぁいいか


 と。


 君の半電脳は翻訳機能も備えているのだ。


「よろしくな、DM777…長いな。ドエムでいい?」


 君の言葉に、アルドメリック社の探索支援ガイドボット"DM777"は『popi……』と電子音を鳴らして答える。


 その電子音が如何なる意志の発露を意味するのかは君の半電脳を以てしても伺い知れぬ事であった。

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