第7話 惑星G1011①

 ◆


 結局、君は提案型AIを組み込んだ球状のロボットを選んだ。注文から凡そ一週間程度でロボットを受領できる。


 ──あと一度仕事して、それから受け取って…ってかんじだな


 君が注文したロボットは人の頭ほどの大きさで、滑らかな表面を持ち、触り心地がよさそうだ。


 さらに移動用にチープな車輪と簡易型半重力装置が組み込まれている。この装置によりロボットはある程度自由に移動が可能だ。


 提案型AIとはユーザーのニーズや状況に合わせて最適な提案を行う能力に長けたAIの事で、君に調査方針などを提案してくれるだろう。


 ただし、このロボットの自衛能力はほぼ皆無に等しい。戦闘や危険な状況に直面した場合、ロボットは自己防衛よりも情報収集やユーザーへの警告に重きを置いている。そのため探索任務には適しているが、敵対的な生物との交戦や危険な領域での使用には適さない。


 また、充電式のバッテリーで稼働するため、長々時間の調査にも適さない。


 ただ、このあたりはオプションで改善可能だ。しかし…


 ──畜生、高いな…オプション商法か。俺も昔やったもんだ。ドブカスみたいな保険を売りつけて、もっとマシな契約にしたいならコレとコレとコレを…みたいな…


 君はかつて手をつけたクソミソ仕事を思い出した。結局、当局からの警告で仕事を辞める事になったのだ。


 ともかくも、オプションは高い。


 ドブカスみたいな保険をマシにするべくオプション各種を…というほど阿漕ではないが、販売企業に似た様な思想が根底にあるのは間違いない。


 稼ぐにはどうすればいいのか。


 ──カードか。ってそれはないな。良く分からないけど、もうギャンブルはいいかなって気分だ。なら…仕事か。仕事かな…?仕事だな


 思案の末、君は『金がない時にはギャンブルではなく、仕事』という正道を見出した。


 1に調査、2に調査、3456で調査である。


 ──でも、どうせ仕事をするなら綺麗で珍しいものが見たいな


 君の目には惑星Pの、まるでおとぎ話の世界に入り込んだかのような不思議な光景を思い出す。


 暴風渦巻く惑星U97も確かに度肝を抜かれたが、好みとしてはああいった荒々しい星よりももう少しソフトでキュートでマジカルな環境がものが良い…と、君は思っている。


「まあいいさ、仕事をしていくうちに少しずつ買い足していけばいい。攻めの投資だ。ガイドボットを購入してもっと効率的に稼げるようになれば、手術代もすぐたまる筈だ」


 君は拳を握り締め、シャドー・ボクシングを始める。


 胸の裡に滾る意気込みのせいで体が疼くのだ。


 それは例えるならばもはや骨董品になってしまったが、紐を引っ張って電源をオンオフにするタイプの電灯の、紐部分を殴るという謎の行動に通じるものがある。


「シュッシュッ!」


「シュッ!」


「しゃあッ!」


「おらッ!」


「ひゅっ!ひゅっ!」


 空を切る拳は、フォームはともかくとして勢いは凄い。


 ボッ、という空気の膜をぶち破る音と共に、背筋が寒くなるような文字通りの鉄拳が秒間数十発で放たれる。まさにガトリング・パンチであった。


「あのう……」


 君が自分の事を格闘技の星系チャンプだと錯覚していると、控えめなノックの音と共にこれまた控えめな声が聞こえてきた。


 君はシャドー・ボクシングを中断し、ハイハイ、とドアへ向かって声をかける。


「どちらさま?」


「隣室の者なんだけど…その、ちょっと声がうるさくて…」


 声の主は男性で、年は分からなかったものの若そうではあった。


 君はしまったなというような表情を浮かべ、ドアを開く。騒音トラブルは最悪の場合、殺す殺されるの問題にまで発展する事があるので注意が必要だ。


 果たして、ドアの向こうに佇んでいたのは豚であった。


 ◆


 豚は"ペイシェンス"と名乗り、君と同じ事業団員であることを告げる。


 事業団員となったのは凡そ三ヶ月前で、基本的に地質調査を中心に調査依頼をこなしているとのことだった。


 ピギー星人は嗅覚に優れる。


 しかもただ匂いを嗅ぎ分ける能力に長けるというわけではなく、独特の勘も備えているのか、"お宝"を見つける事がしばしばある。これは調査機材では出来ない事だった。


「しっかしよぉ、ピギー星人が事業団に入るのは珍しいんじゃないか?君たちは真面目だけが取柄…失礼、とにかく誠実さがウリだろ?他に仕事がいくらでもありそうなものだけどなぁ。さてはアレかい?何かやらかしちゃったってやつかい?それで借金を背負ってるとか…」


 君はペイシェンスを部屋に招き入れ、話をしていた。


 ごめんなごめんなごめんよごめんよとまくしたて、なんだかんだよくわからない内に、取り合えずあがってくれ、話そうや、という事になったのだ。なぜそんな事をしたかと言えば、他の事業団員に純粋に興味があったからである。


 寸借詐欺や悪徳セールスが得意な君だ。その気になれば電光石火のステップインで、瞬く間に相手の懐へ飛び込む事は得意中の得意ときている。ペイシェンスも"この人は余り悪くなさそうな人だな"などと思い、君の部屋へ入室した次第であった。


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 ・

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 実は、と語るペイシェンス。


 このピギー星人にはのっぴきならない事情があった。


 事情というのは……


「ああ、なるほどねえ、身請けしたい訳だ。まああるあるって奴だな。しかしペイシェンス、君も男らしいじゃないか、気に入った嬢がいたから通い続けるだけじゃなく、人生丸ごと買い取ってやろうってんだから」


 そう、ペイシェンスののっぴきならない事情というのは、要するに商売女を身請けしたいというものだった。誠実さが身上の彼らだが、その気質ゆえに一端のめり込むと人生まるっと投じてしまうような心の熱がある。


 職場の先輩に連れられていった風俗店でたまたまついた嬢が彼の琴線に触れ、通ううちに結婚願望が頂点に達し、身柄引き受けを申し出たのだ。


 しかしその為には当然金がいる。


 金がいるなら、そう、惑星開拓事業団で働くのがベスト。


 そんなわけだ。


 ◆


「それにしてもケージも凄いね。折角凄い体を手に入れたのに、それを手放してしまうなんて。でも自分の種族やそのカラダに愛着を持つのは当然の事だし、そう考えると…うん、僕はケージの決断を尊重するよ」


 ペイシェンスが言う。


 ケージというのは君の名前だが、君の名前ではない。


 所謂偽名という奴だった。


 なぜ偽名を使うのかと言えば、初対面だし、相手の事がよくわかっていないからだ。


 相手の本名を知る事で出来る悪事というのは案外に多い。


 偽名の由来はCAGE(檻)。


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 君たちは暫く話して、意気投合して別れた…といっても、ペイシェンスは隣の部屋へ戻っただけだが。


 ◆


 ペイシェンスが去ると君は端末を取り出して依頼に目を通した。


「さてどれがいいかなァ。どれでもいいような気もするけど、集団行動になりそうなのはごめんだ…ああ、これはどうだ?こんなの見た事ないし聞いた事もない。自分の目で見てみたいな」


 君は一つの依頼に目をとめた。


 それは通称"硝子の惑星"と呼ばれる惑星G1011の物資採集依頼であった。


 ──惑星G1011


「硝子の雨の星、ねえ…」


 これまで調査に赴いた星に負けじと劣らず奇妙な星ではあった。更にいえば、惑星G1011が居住に適するかどうかを調べる"調査"ではなく、物資収集に重きが置かれている点にも注意しなければならない。


 ただ、君にとってはある意味で助かるというのも事実だ。調査は楽しいが、何をどれだけ、どんな手順で調査すればいいのか、という問題もあるからだ。


 採集の仕事は指定された物品をありったけ集めるだけで良いのだから、君にとってはありがたいと言える。


「推奨携行品は…頭部を保護するもの、物資を収納するケース」


 思い立ったが吉日ともいう。


 君は惑星C66に戻ってきたばかりだが、仕事道具を揃える為にすぐにホテルを飛び出した。


 どっかんどっかんと足音荒く飛び出す君。


 そして、隣室で憂鬱そうな表情を浮かべるペイシェンス。


 ピギー星人は嗅覚に優れるが、聴覚も割と良い方なのだ。


 ◆


 翌朝、午前中には君は既に宇宙港へと辿り着いていた。購入した道具は船へ積み込んでくれるように手配もしており、万全だ。


 君は事業団専用のドックへと向かい、無意識の内にポケットへと手を伸ばしてから引っ込めた。


 港内での喫煙は非常に重いペナルティが課せられることを思い出したのだ。


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「よう、"棺桶号"、今日もよろしく頼むぜ」


 操縦桿をぺんぺんと叩き、端末を取り出して船と接続する。


 惑星G1011への航路が算出され、自動運転プログラムが起動する。船がゆっくりと動き出し、ドックから発進する。


 君はリクライニングを僅かに倒し、"その時"を待っていた。


 ややあって、操縦席の窓がやや薄暗くなる。

 耐閃光防御膜が張られたのだ。


 ハイパー・ワープが始まった。


 突如、船体全体に強い振動が走り、コンソール上のモニターが激しく点滅を始めた。


 ワープエンジンがその力を解放し、周囲の宇宙空間が歪み始める。


 ワープの開始とともに、船外の星々は線となって伸び、まるで光のトンネルを形成しているかのようだった。


 一瞬の静寂と無重力の感覚。


 まるで時間と空間が一点に収束し、次の瞬間には全く異なる宇宙の一角に放り出されるようなそんな感覚を君は感得する。


 ──いいよなァ、本当にイイ。上質のヤクをキメたようなそんな感覚だ


 君は目を瞑り、唇を舐めた。


 ワープが終わり、宇宙船は通常の航行モードに戻る。


 窓の外に広がる星々は再び静かに輝き、今までの光の洪水が嘘のように穏やかな宇宙空間が広がっている。


 視界の向こうに白い星が佇んでいるのを見て、君の胸が僅かに弾んだ。

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