第6話 惑星C66、帰星①

 ◆


 君は特になんの問題もなく惑星C66へとたどり着いた。


 しっかりノルマをこなしての堂々とした帰宅…帰星である。君は何となく胸に安堵感を抱いた。


 綺麗なもの、珍しいもの、そういったものを見る事は君を興奮させるが、見知った場所も悪くないと思えた。


 このあたりの感覚は多くの者に覚えがあるだろう。


 旅行でどれだけ素晴らしい場所へ行ったとしても、家に帰ってきた時にホッとする例のアレである。


 君は宇宙港の一角…惑星開拓事業団が借り上げているスペースへ船を停めた。まあこの辺は何もかも自動運転なのだが。


 君は船から降り、周囲を見渡した。


 巨大なアーチ構造の天井と透明な床。

 各所にホログラムが投影され、各星系の様子が視覚的に理解できる。


 君がここを訪れるのは初めてではないが、それにしたって、と君は思うのだ。


 ──なんかここだけ別の世界って感じだよなァ。世界は広いっていうかよ、なんか……


「へぇ~!って感じだよな!」


 君は思わず頭の悪そうな事を口に出してしまい、目の前を通る緑色の肌の淑女(8本脚)から怪訝な目で見られてしまった。


 そう、宇宙港にはさまざまな星系からやってきた外星人たちが行き交っているのだ。


 君の視線の先では青い肌を持つ長身の外星人が何やら複数名集まって何事かを話していた。小柄な外星人たちがやや遠巻きにそれを見守っている。彼等は金属的な装飾を施した銀色の体を持ち、機械的な音声で会話を交わしていた。


 ちなみに君の外見はアースタイプと呼ばれるもので、これは要するに地球人にルーツがあるということである。


 ◆


 惑星C66の開拓事業団支社までたどり着くと、君は意気揚々とエントランスをくぐり、受付ロボット…アルメンドラへと"よう"と言いたげに片手をあげた。


 基本的に君はよく言えば気さく、悪くいえば馴れ馴れしいタイプなのだ。

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「今回の調査では素晴らしい成果でした。事業団は貴方の成果を鑑み、ボーナスを付与しております。すでに振込は完了しておりますが…」


 と、アルメンドラは君が背負うバックパックへ目を向ける。


「持ち込み品があればそちらも預かります。そちらにつきましては解析後、事業団が規定する基準に従って買取り報酬を振り込ませていただきます」


「助かるよ、ええと…ロボ子ちゃん、じゃなくて…」


 君は不意に、この女性型受付ロボットの名前を聞こうと考えていた事を思い出した。


「"AMD2098-F"、アルメンドラとお呼びください。それではお荷物を預かっても?」


 アルメンドラの言葉に君は


「オッケー!頼むよ!ありがとうございます」


 君はすぐさま頷いた。ホテルを手配してもらった時と同じノリである。カジュアルだが、ありがとうの言葉だけは丁寧なのだ。


 これは君の美点ともいえるかもしれないが、お礼は"ありがとう"ではなく、"ありがとうございます"。


 このあたりの良く分からない素直さというか、美点?が、小悪党であった生身の君をこれまで永らえさせてきたのかもしれない。


 かつて住まいすら追い出された君ではあるが、路上に寝る事もあったものの、基本的には屋根の下で寝る事ができていた。


 それは世話になった売人の家だったり、酒場でちょっと仲良くなったヤク中の姉ちゃんの家だったり…根本的には人を深くは信用しない君なのだが、これでいて調子コキの性格にも出来ているため、都合の良い展開があればそこに乗っていくだけの図々しさも備えている。


 そんな君のことをゴキブリなどと蔑む声もあるのだが、誹謗中傷の類は君には通用しない。


 聞き慣れているので。


 ◆


 君は惑星U97から収集した物資を手渡した。


 淡く光る粉(胞子)、奇妙に捻れた樹木の断片、なんかその辺で拾ってきた石ころ。


 これらが高度な技術を駆使した収集容器に収められていた。ちなみにこれらの容器は特殊なもので、危険な物質が外部に影響を及ぼすことなく安全に保管されるよう設計されている。


 初期の惑星開拓事業団では良くあった事なのだが、現地の危険物質が外へ漏れ出すというような事があれば最悪である。かつては腐敗ウイルスが漏れ出て、周囲一帯にバイオハザードが発生したこともある。


 現在ではある程度封入技術も確立されてきたため、事故はめったな事では起きないが。


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 事業団から送られてきたデータに基づいた報酬は、期待以上の金額で君の口座に振り込まれた。


 質素に暮らせば宿泊費用も含めて4か月は仕事をせずに暮らせるだけの金額であった。


 その額を目の当たりにした君の顔には笑みが浮かび、すぐに消える。


 ふと思ったのだ。


 これだけの金を一体何に使えばいいのか、と。


 ──カードか


 君は思うが、どうもその気にならない。


 あの日、腹を掻っ捌かれて色々された日に、君のギャンブルへの情熱が血や肉片となって感染性廃棄物として処分されてしまったかのようだった。


 君は薄汚いベッドに腰かけ、端末を開いて依頼に目を通す。そこにはやはり様々な依頼が並んでおり、専用機材の持ち込みが推奨されるようなものもいくつかある。


 そういったものをどこで購入すればいいのかといえば、それはもう自分で調べろという話なのだが、事業団でも一応販売はしている。


 ただ、よほどの悪環境が見込まれる惑星の調査などはよりスペックを尖らせた機材が必要になる事もあり、そういった品は専門店で購入する必要がある。当然馬鹿げた値段だ。


 ちなみに惑星開拓事業団で手配する依頼の数々は、本当の意味での未踏査惑星ではない。一応先遣隊が雑に確認済みの惑星だ。ただし、それは本当に表面的なものである。


 これは例えるならば何か球状の物体があったとして、それを遠巻きにみて


「これはなんだか丸い」


「見た感じ、特に危なそう感じはしない」


 だとかそういう雑な評価をランクという形に落とし込んでいるに過ぎない。


 その球状の物体を触れたらどうなるのか。


 何も起こらないのか、それとも皮膚がただれたりするのか


 あるいは火傷か凍傷か、触れた手が離れなくなる事もあるのか


 そういう肝心な事については事業団員しょうもうひんが調査する。


「何か買ってもいいかもしれねえな…もっといろんな場所へ行って、ガンガン稼ぐ。攻めの投資って奴よ」


 君はヤニを取り出して、ぼんやりと呟く。


 人間に戻る手術代を貯めるために惑星開拓事業団へ身を投じた君なのだが、貯金という概念に思いが至らない様であった。


「ふゥン…ガイドボットねぇ…」


 君は端末に表示されている電子カタログを見て、ホログラム投影機能をONにする。


 すると君の目の前に、多種多様の調査・探索支援用ロボットの映像が現れた。


 そこには様々なタイプのロボットが表示されている。搭乗式のもの、自立式のもの。戦争にでも使うのかというような外見のものや、なんだかかわいらしい丸っこいもの。人間大のものもあり、君の男の子ハートを擽ってくる。


 これらは全て調査を支援するガイドボットと呼ばれる商品である。


 各種センサー機能を備えており、その精度は端末のそれより性能が良い場合がほとんどだ。オプションなども付けることができ、外見を変更したり武装を加えたりもできる。


 トークンと呼ばれる記憶システムを増量する事で自然対話も可能で、この場合は事業団員の話し相手などになることで孤独感をいやすという役割も果たせるだろう。


 君はこれまでの…といっても、二か所に過ぎないのだが、これまでの調査で訪れた惑星での調査を思い返してみた。


 そしてやや表情を曇らせる。


 これまでの調査スタイルはかなり雑で、適当で、行き当たりばったりであったと認めざるを得なかった。


 君は腕を組み、腕をほどき、頭を掻きむしり、右手で頬をつかんでムニムニとさせる。


 暫時の思案の後、君は少し真剣な様子で再びカタログに目を向けた。


 ◆


 支社では直ちに、君が持ち込んだ物資の解析作業が開始された。特に注目されたのは、"光る粉"…植物の胞子だった。


 基本的に持ち込み物資は危険がないかどうかの解析が優先される。


 最初の段階では、胞子の化学的および生物学的特性を同定するための試験が行われた。


 続いて毒性試験として、細胞やモデル生物による実験が実施され、胞子の潜在的な危険性が確認された。


 穴という穴から銀色の葉と銀色の樹液をだらだらと垂れ流すラットの様子などはちょっとしたホラーですらあった。


 ともあれ、これらの実験で胞子が宿主の体内で急速に成長し、その生理機能を乗っ取る様子が確認されたのだ。


「これは軍事企業が興味を示すかもしれませんね。樹片も見目がいい。加工すれば好事家が欲しがるでしょう。石は…ただの石ですが。まあ、滑らかで触り心地は良いです」


 職員の一人がそんな事を言う。


 軍事企業。


 そう、この惑星開拓事業団は死の商人の片棒も担いでいるのだ。


 まあ医療分野でも大いに貢献する部分があるため、功罪は差し引き0といった所だろう。




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①宇宙港俯瞰

②外星人

③ロボカタログ


について、近況ノートにアップしてます


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