第5話.惑星U97(了)

 ◆


 結局君は光の綿毛に包まれて夜を明かす事にした。


 常人ならば全身の穴という穴からニョキニョキと草木を生やして生きた苗床となるか、あるいは強風に煽られて岩に頭を打ち付けて死ぬか、もしくは凍え死ぬか…いずれにしても碌な末路を遂げなかったであろう。


 君は省エネルギーモードにしてずっと夜空を見上げ続ける。


 生来が飽きっぽい君だが、惑星U97での一夜は全く飽きが来なかった。


 雲の様子は不気味ではある。


 夜の雲なんてものはどれもこれも薄灰色に見えるものだが、この惑星の雲ははっきりと赤と見て取れるのだ。


 それは雲自体が薄く赤色に発光しているからのようで、そういった雲がまるで生きているように渦巻き、たなびき、蠢く。


 気になるモノもあった。


 それは雲の合間から見える赤い光点だ。


 明滅し、君にはまるで何かの生物の瞬きのようにも見えるし、赤い雷光の様にも見えた。


 君はそんな事を思うが、まあなんだっていいさと思考を放り投げる。君は自身の事、自身以外の事、いろいろな事を余り深くは考えないタチに出来ている。


 禍福は糾える縄の如しスタイルとでもいうべきか、刹那的なのだ。しかし、その場その場で強く願った事に一身を投じる情熱もあり、その熱が君を惑星開拓調査団などという邪悪な自殺数促進団体への入団へとかきたてた。


「明日あたり帰るか…」


 不意に君はそんな事を呟く。


 心の奥底で、囁くものがあったのだ。


 ──"朝から番まで、それこそ動きっぱなしでいたし、食事も何も口にしていないというのに平気の平左であるというのは、人間としておかしいのではないか"


 という趣旨の囁きである。


 これは当然おかしいのだが、一応君にも活動限界はある。


 君は僅かな自然光からエネルギーを生産するなんだか植物みたいな能力を持つが、ここで蓄えた内蔵エネルギーが枯渇すれば動けなくなる。


 動けなくなるというか、死ぬのだ。


 君の半電脳へのエネルギー供給も行き届かなくなり、あっというまに脳から死んでいく。


 君もこの辺の事はすでに知っているのだが、いかんせん実感がない。


 そして実感がない事は信用しづらい。


 だから君は基本的に生身であった頃の生活サイクルを極力維持しようとする。


 それを保守的と見るか、慎重とみるかは人それぞれだが、君を知るものがいれば口を揃えて言うだろう。


「生身の頃にその慎重さが少しでもあれば、いまそんな目に遭ってはいなかっただろうに」


 と。


 ・

 ・

 ・


 ──惑星C66へ戻ったら、ヤニの補充だな。それと給料の確認だ。もうノルマは達成したし、それなりに稼ぎはあるだろう。色々な星の調査ができるように、ちょっとした機材を買ってもいいかもしれねえ。あの受付ロボットに聞いてみるか…


 君はぽやぽやとそんな事を思いつつ、目を瞑る。


 これは皮肉な話だが、生身であった頃と比べて現在の君の生活費は遥かに極小で済む。


 というのも、食事は適当に日向ぼっこしていればいいわけだし、寝る場所だってどこでもいい。路上でも水中でも土中でもなんでも良い。


 性欲はあるにはあるが、君にとっての性欲はもはや生身の頃の様な"炎"ではなく、"切り替え式のライト"のようなものだ。さあ、ヤるぞ!と意気込めばヤれる。勝手に燃え盛ったりはしないし、火傷もしない。安心安全な性欲の炎である。


 君の下半身ももれなく施術済みだが、必要なモノは揃っている。しかし思わなければ何も感じない。


 人間を機械化するにあたって性欲は必要なのかという向きもあるかもしれないが、これは当然必要である。


 君に施された施術は元はといえば自身の命への執着著しい富裕層向けのものだ。


 彼等にとって人生とはいかに欲を満たすか、そしてそのハッピーをいかに長く続けるかというようなものなので、肝心の欲を潰して人生を色褪せさせてしまうという様な施術工程は全面的に取り除かれている。


 そんな君なので、生活費は極小どころか、なんだったら0で済むかもしれない。ただ君はそこまで生活水準を落としたくはなかった。


 君の目的は人間に戻る事だ。


 そして人間とは大体みんな住む場所があったり (君はなかったが)、毎日食事をしたりするものである。


 つまり、文化的な生活をしているのが人間の最低条件であると君は考えている。


 ・

 ・

 ・


 目を瞑り、省エネモードに切り替えて半睡の様な状態の君を、遥か高空の不気味な雲の群れが静かに見下ろしていた。


 ◆


 翌朝、君はスカッと爽快な気分で目覚めた。


 衣服や髪の毛に付着した粉っぽいモノを払い落とし、空を見上げる。


 昨晩空で渦巻いていた黒と赤の雲はなく、目を凝らせば彼方に黒い竜巻群が見える。


 風は強いが昨日程ではない。


 君は暫時、彼方で乱舞する竜巻群を見つめていた。


 無数の旋風の群れは地球の竜巻を連想させるが、その規模と数において圧倒的に異なる。


 何十もの巨大な渦が青く輝く空と白く膨らんだ雲の間を、踊るように渦巻いていた。


 ──ずっと見てても飽きないな…昨日みたいに追いかけられるのは御免だけどよ


 君は朝一発目のヤニを取り出し、口へ加えた。


 先を摘み、意識を集中すると指先の熱が集まり、高まっていく。君は身体の任意の箇所の活動を高める事により、その箇所の体温を高める事ができる。


 この機能は君の施術パッケージに含まれるものではないが、1年ものサイバネボディライフによってある程度の身体操作を学んだのだ。


 この感覚を例えるとするならば、足の指を何度もポキポキと鳴らせる…と言うようなものだろうか。まあ余技ではある。


 君の耳に僅かに轟々という風の音が聞こえてくる。君はその音を、この惑星からの別れの挨拶の様に感じた。


 君は端末を取り出し、最後とばかりに彼方の竜巻群へと向ける。


「撮るぜぇ…カッコイイところを見せてくれよな」


 と、パシャリ。


 まあこんなものだな、と君は考え、


「…帰るか」


 そう呟くと、大竜巻から逃げる際に置き去りにした宇宙船の位置を調べ、その方向へと勢いよく駆けだしていった。


(惑星U97.了)



---------------------------------

惑星U97編は了です。こんなかんじで、いろんな星を探索していきます。

基本的に探索では生成AIイラストの挿絵をドカドカ使っていくと思います。

これらの挿絵は、各部終了後に近況ノートにアップしますね。


また、合間で挟まるめちゃくちゃどうでもいい語りは敢えてやっています。

本作は作者の別作の様にバトルアクションでバチバチ殺りあったりは余りしません。

こんな雰囲気でずっと続くとおもうので、それでもいいよという人はフォロー、評価をよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る