第2話.惑星U97①

 ◆


「一週間の調査でこれだけのデータ量を送ってくるというのは余り見ない事です」


 惑星C66へと帰還した君は真っ先に支社へと向かい、報告をした。


 本来はこの辺もデータのやり取りで済む事なのだが、君の送ったデータ量や収集してきた資源の量はちょっと並外れており、事情の聞き取りの為に呼び出しを受けたのだ。


 君は口角を軽く吊り上げ、ニヒルウルフめいた笑みを浮かべる。


 時代が来たか、君はそう感じた。


 ──時代


 そう、永遠に続くかと思われていた暗黒の時代が終わり、光の時代がやってきたのだ。


 もう詰まらない詐欺や、ヤク中相手のカードはやめて、お役所にも認められている合法的な仕事をしよう…君はそんな決意を胸に…


「……偽造データではありませんよね?」


 ロボットのそんな言に、君の決意は木っ端と砕けた。


 酷い話である。


 ろくでなしが少しまともな仕事をした所で、世間様は評価してくれないばかりか、まともさの影に卑劣の醜面が隠れているのではないかと疑ってくるのだ。


 君は無言で端末を取り出し、カウンターテーブルに置いた。放り投げてやりたい気分だったが、それはこらえた。


 余り深くものを考えないタチである君にも、信頼だとか信用だとか呼ばれるモノを積み重ねるには時間がかかるものだという道理くらいは分かっていたからだ


 ──いいぜ、今は疑っていろ。今に吠え面かかせてやるぜ


 君はそんな事を思う。まあこれまでの人生で、吠え面かかせてやると君が思った相手からは大体逆吠え面の憂き目にあっているのだが、前向きにものを考えるというのも大事な事だ。


「なるほど…端末のデータには不正な改ざんなどはありませんね。失礼いたしました。実効作業量が非常に大きかったものですから」


 ロボットの言葉に、君は思いいたる点がないでもなかった。君のメカニカルでサイバネティックなボディの事だ。君の体は疲れを知らない。なんだったら一週間まるっと作業できなくもない。


 それをせず、多少なり休息をとっているのは生身の名残である。ある程度働いたら休まないとちょっとよくないのではないか、後から反動が来るのではないか、そんな思い込みが君にはある。


 実際の君のボディスペックは君が思うよりはるかに高く、なんだったら君は一個の戦術兵器とでもいうような性能があるのだが、その辺の事を君はまだ知らないのだ。


 更に言えば、君のボディのあれこれについては外見からは判断ができない。見てすぐわかるようなメカメカしい容姿はしておらず、ロボットは君のことを正真正銘の人間であると思っている。


 ロボットは、君のボディの細部を見つめながら、何かを感じ取ったかのように静かに言った。


「…貴方の働きぶりは驚異的です。しかし、無理はしないでくださいね。貴方はまだ新米です。実績は一気に積み上げるものではなく、着実に積み上げるものです」


 君は内心驚いてしまう。君の目からみてこのロボットは良い意味でも悪い意味でも無機質な印象を与える存在だったからだ。


 ──え、俺を心配してくれているのか?


 ろくでなしだとか屑だとか、詐欺師だとかさっさと死ねとか言われた事はあっても、体を案じてくれたものなどはいない君である。ロボットの姿に、君は記憶のどこにもない母の面影を見た。


 ──ママ…


 君はそんなやわな事を思ってしまうが、すぐにそれを打ち消した。君の母親は君が知る限りでは君の5倍はろくでなしであったからだ。


 ──そうだ、確か俺は燃えるゴミの日に出されたんだった。俺にママはいねえ。危なかった、俺って奴はなんてちょろいんだ…


 ■


 ロボットは、一連のデータの確認を終えた後、少しの沈黙の後に君に言った。


「貴方には定住する場所が必要かと思われます。貸与船舶の操縦席で生活するような事業団員もおりますが、そういった生活は肉体と精神に重い負担をかけるでしょう。何かしらの事情によって速やかな住居選定が困難であるといった場合、事業団が所有する三等ホテルの一室を提供できます」


「オッケー!助かるよ、ありがとうございます」


 君は、その提案にすぐさま頷いた。君の口座には先の惑星Pの調査報酬が振り込まれている。金額は贅沢をしなければ1週間程度はビジネスホテルに宿泊し、安くて不味い飯を三食食べられる程度の額でやや心もとない。


 ただ、君の肉体はすでに生身のものではなく、睡眠まわりの事情も一般人とは大いに異なっている。食事などはなんだったら外を散歩して、光を採り入れるだけで事足りてしまう。もっとも激しい活動…例えば戦闘行動などをとった場合はこの限りではないが。


 だから生活費に関していえばかなり切り詰められるのだが、生身の人間に戻りたいという強い欲求を抱く君にはこだわりがあった。


 そのこだわりとは、人間らしい生活を送る…というこだわりだ。だから飲むし、買うし、打ち…まではしないものの、少なくとも人間の三大欲求の二つまでは無理やりにでも満たしていくつもりだった。


 それは欲に駆られてのことではなく、自分というアイデンティティを保つためでもある。


 ちなみに君は食べられるし飲めるし、下半身の機能も健在である。君に施された施術はとある一点を除けば非常に完成度が高く、人生を楽しむうえで必要な機能は全て備えている。まあ、そういった機能の諸々も先に述べた"欠点"のせいでいずれは台無しになってしまうのだが。


 それは精神の方向性に根差した重篤な欠点であった。


 この欠点ゆえに、君に施された施術はまだ実験段階から脱し得ていないのだ。


 ◆


 君はロボットの提案に応じ、ホテルへ向かった。ホテルは街の片隅にぽつんと建っていた。外観は古びており、壁は薄汚いし、ホテルの名前はかすれてほとんど読めなかった。


 まごうことなきボロホテルである。

 

 ホテルに入ると、廊下の薄暗さと古いカーペットの匂いが君を出迎えた。ロビーには埃をかぶったソファが置かれ、受付のカウンターは不在のようだった。

 

 居室は狭く、シンプルなベッドと小さな机があるだけの質素なものだ。壁はむき出しのコンクリ壁だ。窓からは街の喧騒がかすかに聞こえてくる。


「ここが俺の新しいアジトか。臭いし、汚いがまあいいさ。路地裏で寝るよりはマシだ。それにしても報酬はずいぶんとシケてるぜ。もっと景気よく稼がねえと…」


 君はそう呟きながら、部屋のベッドに腰を下ろし、端末を手に取る。


 端末の画面には、事業団からの様々な調査依頼が次々と表示されている。


 依頼その1: 惑星W85の広範囲にわたる地質調査。居住適正ランク:B。備考:他調査団員との合同調査


 依頼その2: 惑星J42の生態系調査。居住適正ランク:B。備考:自衛可能な装備の携行を推奨


 依頼その3: 惑星U97の気象パターン調査。居住適正ランク:D。備考:異常気象が頻発、気象観測機材の使用を推奨。


 依頼その4: 惑星X21の水質調査。居住適正ランク:D。備考:有毒物質の検出の可能性、化学防護スーツの着用を推奨。


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 各依頼はにはさまざまな条件と要求が設定されている。


 基本的に調査内容に即したデータを観測・収集すればよい。備考の推奨装備などについては従ってもいいし、従わなくともよい。ただ、安全性に関わる推奨装備を所持せず向かった場合の死傷率は非常に高いものとなる。


 データの収集は端末さえあれば最低限の調査は可能だ。だが、専用の機材があればより詳細なデータを収集できる。そういった機材は自腹で購入するか、あるいはレンタルしなければならない。


 居住適正ランクとはすなわち危険度を意味すると考えて良い。ただ、居住適正ランクが同一であっても、内包する危険性が全く異なるという場合もある。


 要するに、新米が受けるランクDの依頼とベテランが受けるランクDでは危険性が異なるという事だ。


 君は端末の画面を見つめ、今後の計画を考え始める。


 ──さて、どの依頼を選ぶべきか


 ◆


 君は結局、依頼その3の惑星U97の気象パターン調査を選択した。ここは常識的に考えて依頼その1を選ぶべきだというのは君も理解している。


 しているが


「調査団員って民度低いらしいからな…元犯罪者とかもいるらしいし…」


 などと君は言う。


 君とてヤクの売人をやったり、少額の詐欺で小遣い稼ぎをしたりとろくでもない素性のドちんぴらの筈なのだが、君はその辺のことを意識して考えないようにしていた。


 都合が良い性格というのは君の美点でもあるし、欠点でもある。君がそういう軽い性格じゃなければ、あるいはとうに命を落としていたかもしれない。


 例えば自殺という形で。


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 数日後、君は惑星U97へ出発していた。


 距離にして509光年、ワープ航法には距離的な限界は存在しないため、体感時間で精々数十分といった所である。


 この数十分というのは、惑星の重力圏外にワープしなければならないため、その地点から目的地へ向かう時間を考慮にいれたものだ。


 操縦はほぼオートパイロットで、君がやるべきことは座標を間違えずに入力する事だけ。


 それにしたって端末と機体のメインコンピューターを接続すればヒューマンミスによる座標ミスは極小となるだろう。


 そんなわけで君はのんびりと星々の海を眺めていた。


 操縦席から宇宙を見つめる君の心は複雑だ。


 無限に広がる無謬の暗黒空間はまるで君のこれまでのクソみたいな人生にも思える。


 しかし、様々な色の星々は希望の象徴にも思える。


 クソ塗れの人生の中にも、実は希望のようなものがあって、自分はそれに気づかなかっただけなのではないか?


 あるいはこの広がる暗黒を人生の汚泥だと例えるならば、自分はこれまで希望の数々に汚泥を繰り返しぶっかけつづけ、希望の光を汚泥塗れにして打ち消してしまっていたのではないか?


 君はそんな事を思いながら安タバコを口にくわえた。


 ちなみに君のボディはある程度の有害物質を分解、除去する機能も備えている。


 ゆえにタバコを吸ってもヤニが全身に回る事はない。


 ないのだが、喫煙これもまた生身への回帰願望の派生だ。君は無意識的にヤニをすぱすぱと吸い続ける。


 それはそれとして、船内は禁煙である。

 君にもちょっとしたうしろめたさはあるのだが…


「まあ、あたりも煙まみれだし、まあいいか…」

 

 宇宙雲が目立つようになってきたからか、君はそんな事をのたまう。


 宇宙雲とは水素やカルシウム、ナトリウムなどいろいろな物質から成るガス状の星間物質だが、惑星U97の周辺ではこれが非常に多く発生する。


 この星は風の惑星と呼ばれており、とかく強風が吹き続けているのだ。その影響だろうか?


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 惑星U97は近い。


 距離にして2.8光秒…約84万キロといった所だ。


 一般的な亜光速エンジンを積むこの船ならば、数分もしないうちに大気圏へ突入するだろう。

 

 惑星U97は白、黒、赤茶の雲に覆われ、一種独特な美しさを放っていた。宇宙雲は広範囲に拡散し、星の姿を隠すほど。


 喫煙本能を刺激された君はまたぞろ、ヤニを吸いたくなってきた。


 ・

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 着陸は首尾よく行われる。


 君は惑星U97の荒涼とした地表に立ち、上空を見上げて、"はぁーん"…という間抜けな声をあげた。

 

 空には黒く渦巻く小さな竜巻が数多く舞っていた。


 それらはまるで生きているかのように不規則に動き、時には合流して大きな渦を作り、時には小さく分裂して無数の黒い糸のように舞い上がる。


 風の音は遠くからも聞こえ、その独特の旋律が荒野に響き渡っていた。


 竜巻たちは一定のパターンなく動き回り、君はその不思議なダンスに暫時見惚れてしまった。


 端末を構え、パシャリと一枚。


 ◆


 君は本格的に調査活動を開始するが、依然周囲では黒い竜巻が渦を巻いている。強風が容赦なく荒野を吹き抜け、君は何度もバランスを崩し、転びそうになる。


 しかしサイバネ化された身体はそのたびに迅速に反応し、倒れることなく立ち続けた。


 一般人であったらとてもバランスを保っていられないような風速でも、君はしっかりと立ち続けていられる。


 これは君のサイバネボディのバランス制御能力が非常に優れている為だ。


 端末を手に君はデータ収集を進める。


 だが突然、いくつかの黒い竜巻が急接近してきた。

 

 複数の竜巻が集まり、絡み合い、一つの大きな竜巻となってまるで君に吸い寄せられるように接近してくるではないか。


 ひえ、と君は小さく叫び、慌てて背を向けて駆けだした。


 君のサイバネ化された脚は一見すると普通の肉体と変わりないが、その中には最先端の駆動システムが組み込まれている。


 君の全身にはマッスルジェルと呼ばれるジェリー状の液体が還流しており、それがいわゆる筋肉の役目を果たす。大出力で駆動する際はその流入量が増大し、その分出力も増大する。通常の筋肉と違い、ジェリー状であるために損傷の可能性も激減するのだ。


 君が地面を蹴るたびに、強烈な加速力が君の体を前に押し出す。一歩ごとに数メートルを軽々と跳ねる。


 その動きは人間離れしており、君はさながら荒野を走る黒豹のようだ。風切り音が耳を劈き、心臓の鼓動がリズミカルに響く中、君は竜巻を凌駕する速さで逃走した。


「うおおおおッ!風だ!風になれ!俺は風神だ!風!風!風!風!」


 狂ったようなことを言いながら、君は更に速度をあげる。


 その速度は時速185キロメートルにも達し、この荒野の暴風王ともいうべき竜巻をも置き去りにした。


 竜巻の平均速度は時速4、50キロと言った所で、君との速度差は明白だ。君は竜巻を置き去りにし、竜巻は彼方に君が残した塵の跡を追うかのように舞いあがる。


 君は振り返らず、ただひたすらに走り続けた。


 その姿はまるで過去の自分から逃れるかのようにも、そして新たな未来へと駆け抜けるかのようにも見えた。

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