第3話 惑星U97②
◆
「ハァーハハハハッ!」
君は馬鹿笑いをあげながら荒野を走りつづけていた。
楽しい、楽しい、楽しい
君の胸はそんな思いでいっぱいであった。
走っても走っても疲れない。
アルコールとヤニ漬けになった以前の肉体は50mを虫けらのような速度で走るだけでクタクタになったものだった。
しかしサイバネ化された今の君の体は、疲れを知らず動き続ける。
通常、活性酸素によって細胞が損傷を受けると、疲労を感じるシグナルが脳に送られるが、君には関係のない話だ。内臓エネルギーが尽きるまではいくらでも走り続けられる。
吹き荒ぶ風を背に君は走り続けた。
そして…
「なにィ?」
君は周囲を見渡す。
あたりはすっかり夜になっていた。
それほど長く走り続けたというのだろうか?
いや、そうではない。
この星の自転速度の関係で、夜と昼は惑星C66のそれよりずっと早く入れ替わる。
君は岩陰を見つけ、そこで夜を過ごすことに決めた。夜になり、気温は氷点下まで下がったにも関わらず、君は寒さを全く感じなかった。
君のサイバネボディは高度な温度調節機能を持ち合わせているため、凍えることなく夜を快適に過ごすことができるのだ。
君は大地に寝っ転がり、ヤニを吸いながら空をみあげた。
宇宙の荒涼とした惑星での夜空は、惑星C66では見られない光景が広がっている。
赤い雲と黒い雲が渦を巻きながら舞い、それらの間から時おり覗く星々がキラキラと鮮やかな星光を放っている。
そんな光景に、君はオーだとかアーだとかいう感嘆の声をあげ、2本目のヤニを取り出した。
──綺麗だなァ。この夜空を肴に、一本キメられたらどんなに良いか。きっと幻覚と自然のコラボで、人生最高のトリップができる筈だ
君はそんな事を思うが、もはや君は並大抵のドラッグを受け付けない。それは良い事ではあるのだが、君は遵法意識に乏しいので、もしこのことを知ればがっかりしてしまうだろう。
「おっといけねえ、仕事をしないとな」
君は端末を取り出してその光景を記録した。端末のカメラ機能を起動し、ズームを調整して、空の美しい渦巻きを捉える。シャッターを切ると、その瞬間がデジタルデータとして保存された。
「こんなもんで金になるンだからなァ…」
君はぼんやりとした声でつぶやくが、君がこれまで稼いできた手段に比べればよほどマシである。
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支社の職員たちは君から次々と送られてくるデータ群に目を丸くして驚いていた。
彼らのデスクトップには、惑星U97の荒れ狂う竜巻が間近で捉えられたショットや、極寒の夜間に撮影された神秘的な"渦空"の画像が次々と表示されている。
君はまだ新米の事業団員でろくな装備が整っていない状態を支社は把握している。
それなのに過酷な環境下でここまでのデータ収集を行うというのはちょっと異例であった。
──後日調査ではギャンブル中毒者で少額の詐欺をはじめ、いくつかの前科もある極一般的な事業団員だったのにな
──いや、まて…わはは!こいつはちょっと面白いぞ。賭けに負けて身売りまでしている。実験段階のサイバネ手術を受けたみたいだ。どれ、どんなものか…ええ?こりゃあこの前問題になったやつじゃないか
──ああ、MMY0313オペレーションか。施術企業は確かアルメンドラの産みの親だな?あそこは良いものも悪いものも生み出す。アルメンドラは前者だが、MMY0313オペレーションは後者だな。確か身体機能と神経機能の拡張のみに重きを置いて、精神面のケアは度外視してる…ってやつだろう?
──それだ。被験者は時間とともに自己のアイデンティティを保てなくなる。この手の手術全般に共通する事だが、それじゃあ意味がないんだ。自分が自分のままでいて、それでいながら他の面で生身を優越しなければ意味がない
──じゃあ、この●●●って奴も、そのうち…
──ああ、自分が人間なのか機械なのか何なのかわからなくなって、自我は消滅していき、いずれは物言わぬ人形になるだろうさ。
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職員たちの会話を後目に、受付の女性型ロボット"AMD2098-F"、通称"アルメンドラ"は、静かに君のことを考えていた。
なるほど、と彼女は考える。
初対面で君に感じた妙な気配の正体はそれであったか、と。
惑星開拓事業団は確かにろくでなしの受け皿ではあるが、君の入団は極めてスムーズに、問題なく進んだ。
だが本来はこうはいかない。
一定の審査がきちんと存在する。チンピラや小悪党を受け入れる事はあっても、惑星開拓事業団が全宙指名手配犯などの大罪人の隠れ蓑になってしまうような事があってはならないからだ。
君には小さい罪とはいえ前科もあるし、本来ならもう少し入団が遅れる筈だったがアルメンドラがそれを通してしまった。
というのも、君に対してある種の親近感に似たものを感じ取ったからだ。
まあだからといって、という話ではある。
多少の親近感を感じたからといってアルメンドラがこれ以上君に便宜をはかる事はない。
同じ胎から生まれたような存在ではあるが、そんな事で毎回便宜をはかっていてはキリがない。
ただ、"納得"は出来たということで、アルメンドラは君のことを考えるのを切り上げ、再び業務に戻った。
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