★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

埴輪庭(はにわば)

第1話 君という男

 ◆


 西暦3889年、人類は宇宙の未知なる領域へと足を踏み入れ、新たな居住圏を求めての開拓を進めていた。


 本作品はこの壮大な時代の中、一人の青年にフォーカスした物語である。


 青年とは君だ。


 どうしようもないギャンブルキチで、賭けて良いものと賭けてはならないものの区別すらつかないド低能の君である。


 だが運だけはよかったため、これまではそこそこ勝てていた。


 しかしその運とて無限ではない。


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 ──畜生、分かってるのか、俺は。負けたらくたばるんだぞ。なのになんでカードをやる!?金がない、負けてなくなった…だったら日雇いでもいいから仕事を探すべきだろう。それなのに、なんで俺はよぉぉぉ…。命をカタに勝負ってよ、馬鹿じゃねえのか!?そうだ、馬鹿だ。死んだ方がいい。死ぬんだ。そして、来世で真っ当な人生を生きよう…


 君は、震える声で2枚のカードをチェンジした。


 まわりのプレイヤーたちは、君の哀れで滑稽な姿に内心で冷ややかな笑いを浮かべていた。君の役は決して弱くはない。スリーカードが揃っているのだ。しかし、観客たちは知っている。


 "こういう奴"は大抵負けるものだ、と。


 この賭けに勝ったならば真っ当に生きようなどと思った君だが、とある神秘的な示唆に気付く。


 それはカードの背が緑色だったことだ。


 君の心に俄然闘志が湧いてきた。


「今日は俺の日だ…」


 君がつぶやくと、対面の髭面の男は眉をあげて口角をあげた。


「今日は俺の日だぜ…みろ、カードの背は緑だ。俺の今日のラッキーカラーも緑だ。俺はここで勝って、大金を手に入れる。これまでの負けを吹き飛ばす大金をだ。勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!」


 君は連呼する。


「どうした、怯えてるのかい?そんなに吠えてよう」


 髭面の男が嘲笑する。


 ──吠え面かくなよ


 君は思い……そして、君は吠え面をかいた。


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 その日、一つの大勝負で君は負けた。


 さらにあろうことか、君は賭けてはならないものまで賭けてしまう。


 端的に言えば命であった。


 だが当然そんなものは支払えない。


 だから君は、債権者のツテでとある手術をいくつも受ける事になった。


 肉体のサイバネ化、神経感覚の強化、その他諸々。


 こういった手術は考案されてもすぐに広められるわけではない。


 多くの実験を繰り返し、危険性なしと判断されるか、危険であれば改善を施されて、ようやく世に出るものだ。


 実験は動物実験と人体実験の二段階に分かれている。


 前者は問題ないが、後者は問題だ。


 人権団体だのなんだのという連中が声高に反対の声をあげる。


 だが人体実験はどうしたって必要であった。


 なぜって、手術を受けるのは人間だからだ。


 動物が手術を受けて、成功したからって人間でも成功するとは限らない。


 そこで求められているのが、君のようなくたばっても特に問題ない"素体"である。


 ◆


「お前も多分発狂するか、いきなり体が爆発しておっちんじまうんだろうけどよう、まあ成功したらラッキーだと思ってしっかり手術を受けてこいよ」


 どこから見ても堅気ではない、いかついハゲデブ親父が君の肩を叩いて言う。ちなみにこの男は人身売買ブローカーで、君のようなどうしようもない低能を商品として取り扱い、各所へ売買する仕事をしている。


 君はそのソーセージの様な指がついた手を振り払いたい衝動にかられたが、ここはこらえる。


 親父の言葉が君の耳に響き渡る中、君は深いため息をついた。


 自分の置かれている状況が、いかに絶望的であるかを痛感していた。


 ギャンブルで失ったものはただの金銭だけではない。


 それは自らの自由、そして将来に対する希望だった。


 今、君はその代償として、自らの肉体を人体実験のために提供するという極限の状況に立たされている。


「まあ、なんとかなるさ…」


 君は無理やり楽観的な言葉を口にする。しかし、その声は震えていて、説得力に欠けていた。


 手術は次々と行われた。


 痛み、違和感、そして恐怖。


 君の体は徐々に機械へと変わっていった。


 サイバネ化された肉体は、普通の人間の能力を遥かに超えるものだった。


 しかしその一方で、君は自身の異物感に苦しんだ。


 ──これが人間か?


 君は右手に力をこめる。


 手の中には金属塊が握り込まれている。


 これは広義にはマテリアルとよばれ、それぞれ相応の値段で取引されている資源だ。


 君が握っているものは屑鉄で、二束三文の値段しかつかないものだが、当然人間の手で握りつぶせるものでもない。


 しかし君はそれを握りつぶした。


 いとも容易く。


 その圧倒的な出力に、しかし君は表情を曇らせる。


 自分がまるで怪物になってしまったかのような気がしたからだ。


 神経感覚の強化も良い事ばかりではない。時に過剰な感覚情報をもたらし、精神を追い込むこともあった。


 手術後、暫く君は皮膚に蟻走感を感じて眠る事すらできなかった。


 君の肌感覚が強化され、普通の人間なら感じない微風であってもまるで蟲が這うような感覚を覚えるようになってしまったのである。


 そして手術から半年が経ち、1年が経ち。


 君は手術の経過を報告しながら少しずつ自分の新しい肉体に慣れる…


 ・

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 事はなかった。


 朝起きると、自身の手の指が一本増えていることに気付き、さらに翌朝、手の指が更にもう一本増え…その日の夕暮れ、身を清めた際に腹部に人間の目玉が瞼をあけてこちらを見つめているのを見つけ、就寝前には右脚の皮膚がずるりと剥けて赤々とした肉が丸見えになっている…


 君は自身に感じる変容イメージがどの様なものか、例えるとしたらこのようなものだろう。


 君は精神は少しずつ擦り切れていった。



「畜生!!俺は人間に戻るぞ!もう一度手術をするんだ!」


 君はそう心に誓う。


 だがその為には金がいる。


 莫大な金がいる。


 その金をどうやって稼ぐのか。


 再び、ギャンブルで?


 その考えを、君は馬鹿らしいと切って捨てた。


 そこで君が目を付けたのは、「惑星開拓事業団」である。

 

 この事業団は新たな居住可能な惑星を探索し、人類の居住圏を広げるために組織された団体である。

 

 彼らの任務は未踏査の惑星を訪れ、その環境や資源、生物などを調査し、居住に適しているかを判断し、そのデータを事業団へ送る事。また、先遣隊の橋頭保を築くため、現地の敵性存在の排除をする事もある。


 非常に危険な仕事だ。


 未知の生物、極端な気候、未知の病原体など、予期せぬ困難が大挙して待ち受けている。


 無人機だのドローンだのを投入すればいいのではないかという向きもあるのだが、それはそれで難しい。


 なぜならば、調査に耐えうる性能を持つ無人機などは価格も高く、"磨り潰し"前提の調査に投入するというのは些かコストパフォーマンスが悪すぎるからだ。


 ゆえに「惑星開拓事業団」ではもっぱら人間の調査員を各所へ派遣する。その多くはスネに傷を持つ、いってしまえば消耗品だ。


 しかし、成果を出せば報酬はしっかりと貰える。


 君はその点に目をつけた。


 なにせ君の肉体は強靭で、神経感覚も鋭敏だ。


 ちなみに事業団では個人の宇宙船が貸与される。


 非常にコンパクトな棺桶のような宇宙船だが、ワープ航法機能も備わっている。まあワープ航法などこの時代では極々一般的な技術なのだが。


 事業団に入団したものはこのクソ棺桶で宇宙を飛び回り、様々な星系の様々な惑星を調査するのだ。


 ・

 ・

 ・


「ええと…あの建物か。うう…」


 君は惑星開拓事業団の支社を見つけるが、完全にビビり散らしていた。なぜならば君は社会の落伍者であるからだ。そういったドロップアウト組にとって、綺麗な建物はただそれだけで威圧感を感じてしまうのである。


「でもよ、ここで逃げたらだめだ。俺は人間になるんだ。そのための金を稼ぐ。そしてまともな人生を送る。ギャンブルは回数を減らすし、きちんと就職をする…行政府からの生活保護支援金で生活する日々は終わりだ。やる!やる!俺はやる!」


 君はそんなしょうもない事を呟きながら、勇気をだして一歩、二歩と踏み出した。

 

 建物は無機質で、冷たい印象を与える。受付には女性型のロボットが配置されていた。


「入団希望です」


 君がそう言うと、ロボットの受付嬢は無機質な声で応じた。


「申し込み書類を記入してください」


 君は必要な書類を受け取り、ひたすらに記入する。各ページを埋めるたびに、君の未来が少しずつ形を変えていくような感覚があった。


 しかし…


「うっ…」


 君は呻き声を上げる。


 というのも、住所記入欄があったのだ。


 この時君は悲しい事に宿なしであった。


 ギャンブルで負けまくったせいで、金がなく、家賃を支払えずに追い出されてしまった。


 だが君の変調を、ロボットは見逃しはしなかった。


「どうされましたか」


 ロボットの問いかけに君は住所がない事を告げる。


 君の全身の神経回路に羞恥の毒がまわり、いまにも眼と鼻と口と耳の穴から脳みそが噴出し、恥死してしまいそうな感覚に陥った。


 君はしょうもないくせにプライドだけは高く、他者に自身の恥を晒す事にこの上ない苦痛を感じるタチである。


 君が俯きながら事情を話すと、ロボットは2度、3度と頷いて


「かしこまりました。そういった事情でしたら住所は記載しなくても構いません。当事業団に入団を希望する方は、生活面で様々な事情を抱えております。当事業団はそれらの問題解決に協力し、事業団に対する愛着心を持って頂ける様尽力しております」


 君はロボットの言にいたく感動した。


 君は余り人から親切にされた事がないのだ。ろくでなしだからではない。君自身が人に余り親切にしないからである。


 ロボットの対応としては、これは愛着を抱いてもらう為というよりは事業団に恩を感じてもらい、トバないように措置している…といった所なのだが、溺れる者は藁をもつかむという。


 君は頷き、不意に自分に親切?にしてくれたこのロボットの名前を聞きたくなったが、もう一人の自分…つまり、世間体担当の自分とも言うべき見栄坊がまたぞろ出張ってきて君の耳元で囁く。


 ──宿なしのブリキ野郎が何を偉そうに人様に名前なんぞを聞くなんて恥ずかしいとは思わないのか。というか、いきなり名前を聞かれて相手はどう思うだろうな。気持ち悪がられたりするんじゃないのか


 勇気を出して名前をきいて、気味悪がられたら恥ずかしくてとても生きてはいけない…などと君は思う。


 ──せめて、この事業団で少しでも成果をあげてからじゃないとな


「申し込み完了しました」


 ロボットは書類をスキャンし、審査を開始した。


 数分の沈黙の後、ロボットは無感動な声で通知する。


「申し込みは受理されました。こちらの端末をお持ちください。これは事業団からの貸与品となっております。通信をはじめ、各種データ管理はこの端末で行う事ができます。また個人船舶の貸与、操縦方法にかかる訓練スケジュールと後ほど端末に通知されます。端末に使用方法ですが…」


 君はほっとしたように息を吐きながら、ロボットの説明を聞く。

 

 端末はずしりと重い。

 多分君の命よりも重いのだろう。


 ところで君は気付いているだろうか?


 自身をブリキだと自嘲したのに、目の前のロボットの事はまるで人間の様に見ていたことを。


 少なくとも手術前であったなら、君はロボットなんぞに懸想めいた感情を持つことはなかった。そんな自身の精神の変調に君はまだ気付いていない。


 ロボットは言を継ぐ。


「さて、早速ですが調査予約を取りますか?近隣にはまだ未踏査惑星が数多く存在します。お勧めはこの惑星C66から11光年離れた惑星Pです。現在複数の事業団員が調査に向かっていますが、まだ十分なデータが得られたとは言えません。現地の環境は事業団の基準で言えばランクB。これは、AからEの五段階中、上から二番目の安全性が見込まれるという意味になります。ちなみにこの惑星C66のランクはA。最も居住に適しているランクです。新米事業団員の最初の仕事としては非常に適していると思われます。また、この調査には最低限の訓練スケジュール完了後に向かう事になりますので、その点もご了承ください」


 ◆


 そうして君は今、惑星C66から11光年離れた惑星Pに居る。


 結局あの後、君は受付ロボットの提案を全て受け入れ、唯々諾々と調査へ向かう事を承諾してしまったのだ。


 君の脳裏に過ぎるのはあのロボットの青く光る冷たい目だ。君の瞳を通して青い光子が甘い毒となって脳に浸み込んでくるような、そんな感覚すら覚える。


「でもなあ、あの眼で見られるとなんだか変な気分になっちまうんだよなァ」


 君は眼前に広がる妙な色彩の岩石地帯をぼんやりと眺めて、足元に転がっていた拳大の石を手に取った。


 ぐっと力をこめると、腕部のマッスルジェルが還流し、モーターの駆動音が僅かに響く。そして握力にして数トンを超える馬鹿げた出力が発揮され、石は木っ端微塵に砕け散った。


 君がそんな事をしているのは、しょうもない力の誇示の為ではない。小遣い稼ぎのためである。岩の中から虹色に光る硬質の小石のようなものが姿を見せ、君はそれを摘まんでポーチへ入れた。


 こういった素材は事業団が買い取ってくれるのだ。

 惑星開拓事業団という組織の労働環境はブラック極まりないのだが、払うものは払ってくれるという点に於いては優良である。


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 ・

 ・


 この惑星Pは非常に多くの金属資源が眠るとされており、事業団員は可能な限り地上、地下資源を調査する事が求められている。

 

 ちなみに惑星Pは惑星C66とは似ても似つかぬ異様な景観を持つ。この星の地表は暗く金属質な土壌で覆われており、そこから生える植物は惑星C66のそれとはまったく異なる。


 光を放つ巨大なキノコや触手のような形をした輝く植物が、辺り一面に広がっており、こういった植物の周辺には極彩色の岩石が鎮座していたりするのだ。


 天空には複数の月が浮かび、それぞれが異なる色の光を地表に投げかける。


 その結果、風景全体が非現実的な光景に包まれ、まるで異次元の世界に足を踏み入れたかのような感覚に陥る。


 ・

 ・

 ・


 君は端末を地面にかざし、地質走査を始めた。


 こうしてかき集めたデータは事業団へ送られ、事業団はそのデータにも値段をつけてくれるのだ。


 君は一週間に渡って調査を続けた。


 不眠不休とは言わないが、生身では到底為し得ないような作業量である。


 君の機械の体が作業効率向上に大いに貢献しているのだ。


 ──なんだか、こういうのも悪くないよなァ


 君は岩石や土壌のサンプル採取、特異な植物の観察、そして未知の気象パターンの記録を取りながらそんな事を思った。


 ギャンブルで稼ぐのは刺激的だ。


 どこぞの闇金融から金を借りパクするのも良い。


 旅行者と思われる見慣れない顔から、寸借詐欺をするのだって悪くない。


 しかし、地道で合法的な作業をコツコツと進め、それで金を稼ぐというのはどうにも格別の想いがあった。


 真っ当に稼ぐ事への安心感というのだろうか。


 君の精神のろくでなし成分が、ほんの少し…ほんのわずかに薄まっていく。


 ◆

 

 惑星Pには独特な自然現象が存在する。


 たとえば"光夜"だ。

 

 夜間、空には自然発光するガスが形成され、天空が極彩色に輝く。オーロラに似ているがオーロラより遥かに色彩が豊かだ。


 君はそれをみて、生身だったころにキメていたヤクに思いを馳せる。


 それはL(エル)というヤクだ。


 キメると世界が虹色に輝く素晴らしいヤクである。


 君は虹色に輝く世界が好きだった。


 虹色というのは様々な色を内包する優しさに満ち溢れた色だ。


 なんだか冴えない色だからといってつまはじきにされたりはしない。


 しかし、Lの副作用は非常にキツい。


 ヤクや抜けてから丸1日は足腰に力が入らず、食事をとる気力もなくなる。というより、自殺したくなる。素晴らしい世界から肥溜めに叩き墜とされたような気分になるのだ。


 それを思い出した君の瞳に、自然と涙がたまっていく。


 惑星Pの"光夜"が、ヤクをキメた時の虹色の世界よりも鮮やかに見えたからである。


 非合法の薬など使わずとも、美しいモノは見れるし、頑張ればこの世界に居場所を作る事ができるんだよ……君はそう天に言われたような気がした。


 君は極彩色の空を見つめ、バックレたりせずに仕事を頑張ろうと心に誓った。

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