第10話 婚約者候補、襲来
午後、日差しがかなり強い。
今は中庭で家族揃ってお茶会をしている。この屋敷の広い中庭に、例の女の子の一団が来るらしい。なので来る手段としては、飛行魔術だろうな。あれは便利だし。
ということは、相応の貴族ではあるわけだ……。ウチでも飛行魔術を使えるのは3人だけ。俺、フィリア、アニラだ。ウチの家臣で、他に飛行魔術を使える者はいない。
それほど飛行魔術は特別で、希少価値がある。少なくとも、かなり有能な魔術師を抱えているのは間違いない。
「ところで、会いに来るのはどういう女性なのですか?」
俺の疑問に父上が満面の笑みで答える。
「それは来てのお楽しみだ!」
「……いや、さすがに全然情報がないのは困ります。向こうは俺のことを知っているんでしょう」
サプライズもほどほどにしてくれ。こっちは胃がきりきりしてるんだ。
「うむー……まぁ、ヴァルと同じ年齢だ。とても可愛らしい」
母上が父上に続き、情報をくれる。
「あとは芯が強くてね、とても剣が強いそうよ。魔獣もばったばったと討伐してるのだとか」
「はぁ……なるほど。父上と母上はその子に会ったことが?」
「もちろんだ。我が王国の親睦会でな……北の聖教国の王族、リーゼロッテ姫だ」
「いっ、王族なのですか!?」
「ヴァルのお嫁さん候補だもの! でも、家柄じゃないわ! 本当にいい娘なんだから!」
「そうそう、12歳なのにもう前線で魔獣と戦っているんだと。ヴァルと同じだから、きっと気が合う!」
「うーむ……」
紅茶をすする。北の聖教国について、俺の知識はさほどない。というのも、かなり遠いからだ。直接的な交易や一般人の往来はほぼなく、外交で交流するだけ。
魔王が眠る北の果てに近いため、生活は過酷だという。主な産業は魔獣討伐の素材とスクロール。他には……元の未来では、俺が死ぬまでに滅んだ国のはずだ。
「まぁまぁ、とりあえず会うだけでも!」
「そうよ! まだいっぱい候補はいるんですからね!」
「……それも困りますが」
やれやれ。両親の俺に対する溺愛っぷりには恐れ入る。
だが、なぜだろうな。こうした時間がとても愛おしく感じる。元の未来では、俺は両親を徹底的に見下していた。ふたりともぽよんとした体型で、いつも笑っていたし。
俺の両親は、英雄でもなんでもない。領地を守って維持するだけの、ただの貴族だ。剣術も魔術もろくに使えず、いつも書類とにらめっこして――家臣に優しく、多くの人に愛されるだけの存在だった。
俺にとっては退屈極まりない。それが俺の両親だ。でも時間が巻き戻って、2年が経った。ウチの両親は、よく働いている。俺のわけのわからない組織も認め、支援してくれている。
「……だから、今回の話も受けたわけだが」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ、紅茶が美味しいなと」
紅茶を飲み比べ、クッキーをつまむ。穏やかな時間だ。太陽がくっきりと空に輝いていた。
やがて、その時がやってきた。
猛烈な魔力が上空に渦巻いている。ついに婚約者候補の一団がやってきたわけだ。
中庭はスペースがあり、上空からでもわかるはず。風の魔力が空から降下してくる。
ズドンッ――!!
「……結構派手に到着したな」
俺やフィリアなら、もっと静かに降りてくるのだが。飛行魔術に慣れていないのか。
土煙の中から、可愛らしい少女の声がする。
「んもーっ! もっと静かに降りてよねー!!」
「……すいません、でも空中で姫が動くからで」
なんだか言い合っているみたいだな。落ち着きのないことだ……魔術の感覚から探りを入れてみる。謝っているのが、飛行魔術の主だな。
年齢は18歳ぐらい。細身でなかなかイケメンだ。口振りからするに、姫と付き合いは長そうだ。俺とフィリアのような、貴族とその教育係のようなものか。
しかし、なんだかすごく背筋が震える。少女の声を聞いた瞬間から、悪寒が止まらない。
「この声、まさか……」
記憶の奥底から、声の主を探る。久しく聞いたことのない声なのは、間違いない。なのに、少女の声が記憶を揺さぶる。
土煙が晴れてくると、そこにはちょこんと可愛らしい少女がいた。華奢で、俺と背丈は変わらない。目を引くのは、腰に下げた巨大な剣だ。明らかに大人用で不釣り合いである。
白のドレス、勝気そうな瞳。だが、一番目立つのはそこではなかった。少女の髪は、太陽を跳ね返すような銀色だったのだ。
「こっほん、あたしの名前はリーゼロッテ・ウィンゼル! あなた、ヴァル・リオンよね? お嫁さんになってあげてもいいけど……まずはあたしと勝負よ!!」
俺は口をあんぐりと開けた。
目の前にいる少女は――元の未来で、銀の勇者になる女だ!
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*ヴァルは実は、勇者の本名を知りません(銀の勇者とだけ知っている)
破滅ルートの極悪貴族は勇者候補を育て始める~悪役貴族が生まれ持った時空魔術を使いこなしたら~ りょうと かえ @ryougae
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