第9話 更生の果てのお節介
フィリアの暴走を止め、俺は事情を説明した。ちなみに服を着るか湯に入っているか選ばせたところ、フィリアは後者を選択した。
どうやら、湯浴みを途中で中断するほうが嫌らしい。いきなり来たのは俺なので、強くも言えなかった。
「おおー、心からの願いこそが魔術の本質。ヴァル様の願いに、天の才能が味方されたんですね……」
「まぁ、そうなるのか」
「ぶっ殺すと思った時には、ぶっ殺す。それが魔術というものです」
物騒な例えを出すな。
本当はただ、ぽーんと行き来をしたかったからだが。イメージしやすい屋敷とフォリアを思い浮かべたら、こうなってしまった。
「人を思い浮かべるのは、今度から気を付けるとしよう」
「私は一向に構いませんけれど」
「……はぁ?」
「ああっ、ヴァル様が冷たい目で私を……っ」
近頃のフィリアはよくわからない。とはいえ、たまにある変な言動以外は頼れる先生だ。ちょっとくらいは大目に見る。
「アニラを向こうに待たせてるから、俺は戻る。ああ、ネコソギ一家は始末したから、あとで回収部隊を送っておいてくれ」
討伐した盗賊の資産は、俺の資産になる。ウチの領民から略奪した分は、ちゃんと返さないといけないが。しかし他の領地から奪い、ウチに持ち込んだ分までは知らん。俺のモノだ。
もちろん、こうした資産は遊びに使うわけではない。領内統治やナイツ・オブ・ラウンドの活動資金に生まれ変わるのだ。
(とはいえ、今の状況は終わりのないモグラ叩きだな……)
アニラの元に戻ると、彼女は熱心に考え事をしていた。
「運命律の変化、魔術因子の再結合――時空間鳴動の局所確率、魔王因子の変化の裏側の真因子の表側の裏因子を――」
ぶつぶつぶつ。アニラはいつも通りだった。
それから屋敷に帰り、転移魔術を色々とテストした。
大事な点は、俺以外もゲートを通れるということ。アニラやフィリアも、問題なく転移できた。ただしゲートは意外と早く消える。帰りのゲートがないと、置き去りだ。
もうひとつは『人をイメージして会いに行く転移』と『場所を思い浮かべて移動する転移』のふたつの使い方があるということ。
フィリアの入浴シーンに出くわしたのは前者である。後者なら、行ったことのある場所への転移が可能だ。つまり俺がイメージできる人物も場所もないなら、転移は不可能ということだ。
「そして……魔力の消費は少なくないな」
俺はややぐったりしながら、ソファーにもたれかかる。切断の魔術より、転移の魔術のほうが遥かに消費魔力が大きい。使えるのは1日10回くらいだろうか。慣れていけば、もっと使えるようになるだろうが……。
そうして午前中が終わり、昼食になる。食事は出来る限り、家族揃って食べるのが習わしだ。元の未来では、もう一緒には食べていなかったが……これも変化である。
「新しい魔術を編み出したそうだな、ヴァルや」
「ええ、瞬間移動の魔術です。これでまた、色々と出来ることが広がるかと」
「まぁー! 12歳でそんなことも出来るようになるなんて!」
「うむうむ! お父さんも鼻が高いぞぉ!」
両親は素直というか、俺に甘すぎる。ナイツ・オブ・ラウンドも、特に気にしていないようだし。ありがたくはあるが……。
「ところで、ヴァルも12歳になったんだねぇ」
「そうね、もう12歳ね……!」
「……? ええ、12歳ですが……」
「12歳かぁー、早いモノだなぁ!」
父上と母上が頷きあっている。
「12歳がどうかしたのですか?」
「知りいたいか? わしと母さんが出会ったのが、何を隠そう12歳の時なのだ!」
「そうそう! 12歳で運命の出会いを果たしたのよ!」
あーはははっと両親が笑う。のろけるな。
両親のそんな話を聞いても、苦虫を嚙み潰した顔しかできない。
「というわけでヴァルよ、そろそろ婚約者を決めようではないかー!」
「そうね! それがいいわー!!」
「なっ……!?」
ぽろっとフォークからソーセージを落とす。俺にあるまじき粗相だ。それくらい、俺は驚いてしまった。
「俺はまだ12歳ですよ?」
「いやいや、しかしお前は公爵家の跡取りだ。こういうのは、早ければ早いほどイイ!」
「いえ、しかし……」
そこで俺は口を閉じる。貴族の結婚がどういうステップや慣習で行われているか、俺は知らない。なにせ、そういう真面目なコトとは無縁だったからな。メイドに手を付け、村娘を誘い込む。酒と女とギャンブルにまみれていたのが、元の俺だ。
それが婚約者、結婚……。神様がいたら、俺を笑い飛ばすだろう。俺自身、そんなことは考えてもいなかった。
(本来の未来では、こんなイベントはなかったはず。これも俺が更生したからか……?)
そう考えるのが自然だ。努力→更生→婚約者決め。
両親が俺に安心したから、さらにもっと先のことまで……ということなのだろう。
父上がずいっと杯を掲げる。
「わかっとる、皆まで言うな。ヴァルの気持ちはよーくわかっとる」
「…………」
「フィリア殿やアニラちゃんを妻に迎えたいのだろう? それはそれで、構わん」
「……全然違います。父上は何もわかってません」
「でもな、貴族の子女からも妻は迎えておきなさい。人との繋がりは、大切な財産だ!」
「そうね、本当にそうよ……!」
「そこに真実の愛があれば、なおさら良いがな! あーはははっ!」
「ほーほほほっ、お父さんったら!」
はぁ……駄目だ、俺の話を聞くモードじゃない。どうしてか、こうなった両親に俺は弱い。反抗できないのだ。
だが心情は別として、両親の理屈は正しい。もし強力で味方になってくれる貴族の子女と婚約が出来れば、非常に大きい。ナイツ・オブ・ラウンドの活動にもプラスだ。
あるいは北の貴族なら、魔王軍の情報も期待できるかもしれない。うぅ、選択肢を示されると、勝手に頭が回ってしまう。
「はぁ……すぐに婚約するかは別にして、顔合わせ程度ならいいですよ」
「それでこそヴァルだ! いやいや、良かったぁ! 実を言うと、今日――もう会いに来る女の子がいるのだ!」
「は、はぁ……!?」
話が早過ぎる!
迂闊だった。こういう事務能力は、両親とも異様に高いのだ。
「とっても綺麗で、魔力も強いのよ! 絶対に気に入るわ!」
「え、ちょっと……」
「というわけだ! 午後は一緒に、その子を出迎えるぞぁ!」
仕方ない。会うしかないかぁ……。
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