第7話 ナイツ・オブ・ラウンド
アニラを助けてから、約1年。
屋敷内の使っていなかった館は、アニラの作った謎の組織の拠点になっていた。
(だって、いっぱい人がいて働いているんだもんなぁ……)
精々、やっても情報収集くらいだと思っていたのに。
何がどうして、こうなったのだ……?
きちっと並べられた本棚、壁にはいくつもの地図。
そして慌ただしく働く人々。想像よりもずっと働いている人間が多い。
「ずいぶんと忙しそうだな……」
「今では、常時15人がここの拠点で働いています。皆、とっても素直でいい子なんです。ね?」
アニラが可愛らしい声で、事務作業するスタッフに呼びかける。
すると事務所のアラサー男が起立して、元気よく答えた。
「は、はいっ!! ヴァル様とアニラ様の下で働けるのは、大いなる幸福です! 運命を、運命を実感しています!」
「うんうん。もっともっと、運命を実感しようね」
「全身全霊で運命を実感します! 運命に、身を委ねよ!!」
とんでもない従いっぷりだ。
というより、なんだか従う方向性がおかしくないか?
だが、他のスタッフはこのやり取りに頷き、完全に受け入れている。
アウェーは俺だけか。
アニラが壁にかかった地図を、ぽんぽんと指さす。
「他には、領内の商人と冒険者ギルドも掌握しつつあります。資金にも余裕が出てきたので、交易も推進していこうかなと……」
「ほう……そうか」
ちょっとちょっと。
どこまで手を広げてるの??
「ちなみに、今は全部で何人くらいが関わっているんだ?」
「ええと、間接雇用も含めると87人です。まだ少ないですよね……」
思ったよりも全然多いけど。
しかし俺のポーカーフェイスはまだ崩れていないはずだ。
とりあえず、さも当然のように頷いておく。
「ヴァル様にあまり報告をせずに、ごめんなさい。見栄えのいい報告が出来るまで、こそこそと進めてました……」
「ま、まぁ……アニラの凄さは知っていた。どこまで出来るか、見てみたかったしな」
「嬉しいっ……! ヴァル様、ありがとうー!」
アニラが俺に抱きついてくる。
よしよしと俺はアニラの頭を撫でた。
(ふぅ、俺のために努力して組織を作ったんだしな……。しかしなんだか、危ない新興宗教のような雰囲気だが……)
俺はそこで、色々な書類に目を通した。
冒険者ギルドの状況、商人の情報、近隣貴族の弱み……。
最近では公爵家の兵も増強しているという。
(元の未来では、魔王軍はアニラの率いる軍に勝てなかった。他の将軍は魔王軍に負け続けていたのにな。これが組織作りの天才というやつか……)
「やろうと思えば、ちょっとした戦争も出来そうだな」
「はい、そちらの準備も進めています。本格的な戦争が出来るまでには、あと数年は時間が必要ですけれど……」
俺に撫でられながら、とんでもないことを口走るんじゃない。
怖いだろうが。
「……戦争する相手がいるのか? 魔王とか?」
「ああっ……やっぱりヴァル様は全てご存じなのですね。そうです……魔王は意識体から、触手を伸ばしてきています。すでに王国の北部は、危険な状況です」
ぶつぶつぶつ――。
アニラの解説が始まる。正直、内容は頭に入って来ないが。
「状況はおおよそ、わかった」
実はわかってない。わかるわけがなかった。
だが拠点のスタッフたちは、アニラの言葉に打ち震えている。
「うぅ……いつもながら、アニラ様の深遠なる考えに感動します……っ!」
「アニラ様の尊き知恵で、哀れな我々がお救いください!」
どんな人心掌握術を使えば、こうなっちゃうんだ。
アニラが軽く指を振る。
「皆、勘違いしないでね。わたしは小賢しい細工で、運命に少し干渉するだけ。世界を救うのは、ヴァル様なんだから」
「もちろんですっ! どうか我らの命をお使いください!」
「どうか混沌に突き進む世界に、希望の灯を……!!」
「…………」
ま、いっか……。
極悪貴族の俺に、こんな組織運営は多分無理だ。
性格的に向いてない。
その手間を省いてくれるんだから、良しとしよう。
俺は結果主義だからな。過程は問わないぞ。
♢
建物の最奥には執務室があった。
豪華なソファーに、威圧感のある黒の家具と装飾品。
正直、かなり好みの部屋だ。
「ここをヴァル様の執務室にと……お気に召しましたか?」
「悪くない部屋だ。褒めてやる」
「えへへ、良かったです」
俺に褒められると、アニラは本当に嬉しそうだ。
こういう時は12歳の子どもらしく見える。
「あっ、そうでした……! この組織の名前を、まだ決めていなかったんです」
「ほう、そうなのか?」
「ぜひヴァル様に決めてもらおうと思って……。候補だけは、わたしとフィリア先生で考えてみたんですけれど」
アニラがごそごそと1枚の紙を取り出す。
そこにはびっしりと組織名の候補が並んでいた。
『英雄教団』『聖英雄教会』『光の救済者』
なんか宗教っぽいのが多いような。
アニラは教祖様の適性もあるのかな……。
だが、その中でひとつ――とても面白い名前を見つけた。
『ナイツ・オブ・ラウンド』
それは元の未来で、勇者一行が使っていた名前だ。
どういうわけか、その名前がここにあった。
「フハハハッ……!! このナイツ・オブ・ラウンドはいいな」
「ヴァル様、その名前はとても運命力が高い名前になります。まさか、瞬時にそれを把握されるだなんて……!」
「わかるさ、わかるとも……ククククッ」
ヤバい。笑いが止まらねぇ。
今、この時点で勇者は世に出てきていないはず。
銀の勇者が活動を始めるのは、まだ数年先だからな。
(俺らがここでナイツ・オブ・ラウンドを名乗ったら、歴史はどう変わるんだろうな?)
魔王の手先だった俺が、よりにもよって勇者一行の名前を使う。
考えるだけでも愉快だ。
鍛錬と努力で、未来が変わってきている気はしていた。だが、今ほど――運命の克服を実感したのは初めてだ。
アニラを助けたのは、本当に正解だった。
俺は愉快な気持ちのまま、高らかに宣言する。
「よし、組織の名前は『ナイツ・オブ・ラウンド』に決定だ。アニラ、存分にやってみろ」
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