第6話 アニラの回想(あるいは暴走)

 元のあるべき未来。

 ヴァルに救われた紫髪の魔術師の名前は、アニラという。


 本来であれば、アニラは悪徳商人の手下にさせられていた。それを救ったのが銀の勇者だった。


 しかし新しい歴史では、そうはならなかった。

 懸命に努力するヴァル・リオンによって、彼女の運命は変わってしまった。


 勇者一行のため、最強の組織を作り上げた頭脳。それが、ヴァル・リオンのモノになったのだ。



××年××月××日


 両親は、わたしを怪物だという。

 普通ではないらしい。この日のふたりの顔を、わたしは忘れることができない。

 

 頭の中の『図書館』が、わたしに忘却を許さない。

 それが忌々しい。

 

 星の動きと地震から、魔王因子の高まりを感じる。

 魔王復活は、それほど遠くない。


××年××月××日

 

 とある商人に、わたしは売り飛ばされるらしい。そのお金で、親戚全員がお金持ちになれるのだとか。

 両親が白々しく言う。


「アニラの才能も活用できるし、いいことだらけだ」


「そうよ、王都できっと大商人になれるわ」


 死ね。


 勇者因子は極めて希薄。魔王復活は15年以内だと思う。

 売り飛ばされた先で、わたしに何が出来るだろうか。神に祈ろう。


××年××月××日


 ずいぶんと柄の悪い仲介人が来る。

 盗賊じゃないか。リーダーの頭頂部が薄めなのが凄い気になる。


 わたしの中の羅針盤が、それは聞くなと警告する。

 警告には黙って従っておく。


 北の魔王因子はかなり収束している。魔王復活は10年ぐらいかも。


××年××月××日


 ヴァル様とフィリア様に助けてもらう。

 ふたりは、わたしが見た中で一番才能あふれる人だ。

 

 それに、わたしの話をちゃんと聞いてくれる。

 本当に嬉しくて、つい運命律の計算結果を長々と語ってしまった。


 公爵様のお屋敷に連れていかれる。執事やメイドはヴァル様に心から従っているようだ。ヴァル様はわたしと年齢はそう違わないのに、人の上に立つ器量と風格がある。勉強させてもらわなくちゃ。


 ヴァル様が温かい食事と甘いお菓子をメイドに用意させる。 


「好きなだけ食べろ」


 好きなだけ。そんなことは、両親も言ってくれなかった。

 心からヴァル様に感謝する。この恩は絶対に忘れない。


 計算結果が出た。不可解なほど、ヴァル様の運命力は強い。

 勇者因子はヴァル様に収束すると思う。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて1日。


 ヴァル様とフィリア様がわたしの才能を確認する。

 怖かったけれど、正直に色々とやってみる。


 時空魔術は結局、ヴァル様の50%くらいしか使えないらしい。

 これは努力じゃなくて、才能の限界なんだとか。


 一番嬉しいのは、わたしを怪物扱いしないこと。

 こんなに優しくしてもらって、わたしは何かお返しができるかな?


××年××月××日


 ヴァル様に救われて3日。


 リオン公爵様とヴァル様の見ている前で、会計作業を手伝う。

 公爵様はとても喜んでくれた。


「アニラちゃんがいてくれれば、ヴァルも安泰だなぁ! こんな凄い子を見つけてくるなんて、我が息子は人を見抜く才能も持ち合わせていたぁ!!」


「……やはり、こうなるか」


 誰でもびっくりするわたしの計算能力を、ヴァル様は驚かなかった!

 まるで知っていたかのように――ヴァル様ぐらいの才覚があると、見なくても人の能力がわかるのかな?


 ヴァル様と公爵様は似ている。人を出自や年齢で判断しない。結果さえ示せば、喜んでくれる。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて27日。


 公爵家の仕事を手伝っている。すごく順調だ。

 ヴァル様が見つけてきたということで、わたしを軽んじる人は誰もいない。

 

 ヴァル様は未来がわかっているんじゃないかと思うほど、聡明で思慮深い。これはもう――ヴァル様が運命の勇者様で間違いない!


××年××月××日


 ヴァル様に救われて35日。


 ヴァル様をじっと見つめる。とても幸せ。


 片手間の武術と魔術の訓練も楽しい。公爵家の中だと、もうヴァル様とフィリア先生以外、わたしに勝てないんだって。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて42日。


 ヴァル様に頭を撫でてもらう。わたしは何も忘れないけれど、この時間はとても特別だ。


 公爵家に出入りする、A級冒険者パーティーと模擬戦。弱いのに負けを認めてくれないから、ちょっと熱くなっちゃった。骨折を治す魔術を、フィリア先生から教わっておいて良かった。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて180日。

 

 ヴァル様と楽しいお茶会。お手製アップルパイでおもてなしをする。


「ヴァル様、このアップルパイはどうですか? わたしが作りました」


「うん、美味しい……。プロ顔負けだ。隠し味のシナモンも素晴らしい」


「えへへ……嬉しいです。最近ではシナモンも地脈の乱れによって、味が微妙に変わってしまって……。魔獣は星の動きに煽られ、運命への道を自覚せずに舗装しています。ひとつひとつは小さな災いでも、裏には魔王の動きが――」


「もぐもぐ……。わかるわかる。要は、魔王の動きを探ったほうがいいということだな」


 わたしの長い話を、的確に要約してくれた!

 聞いていないようで、ヴァル様ほど理解の早い人はいない。


「うぅ……わかって頂けるのは、ヴァル様だけです。最近ではフィリア先生も星と魔獣の動きに関連があると、やっと気付いてくれましたけれど……。でも事態はもっと深刻で、魔王の触手は王国の至るところに――」


「もぐもぐ……。じゃあ、ちょっと調べる組織を作ってみるか?」


「ほ、本当ですか!?」


「フィリアと相談して、好きにやってみるといい」


「ありがとうございます……。やっぱりヴァル様こそ、運命の勇者様なのですね」


「ははっ。それはないな。それだけは、本当にない」


 ヴァル様はなんて謙虚なんだろう。

 と、そこまで思考して、私はヴァル様の真意に気付く。

 

 勇者因子を操作するなら、もちろん秘密裏のほうがいい。

 ふたりきりのお茶会とはいえ、勇者の名前を出したのは迂闊だった。


(ヴァル様が勇者なのは疑いようもない事実。だとしたら、情報を隠しておくが重要だよね……。反省しなくちゃ)


 あとは遠回しに、ヴァル様は今後の方針を全て示してくださった。

 

 魔王に対抗する組織作り。フィリア先生の活用。勇者に関する情報の秘匿。

 難しいけれど、やりがいがある。


 頑張ろう。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて181日。


 フィリア先生はあえて冷たい目をして、雑に扱われるのが嬉しいみたい。そんなことをするのは、ヴァル様とわたしぐらいだろうけど。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて190日。


 フィリア先生の指導で盗賊を捕まえる。人の身体に穴を開けるのって難しいな。縛り首の前に死んじゃった。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて205日。


 今日も盗賊を捕まえる。今回はうまく情報を引き出せた。もっと医学書が欲しい。


 ヴァル様に今度はパンプキンパイを献上しよう。ヴァル様は甘い物が好きだ。わたしも好き。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて243日。


 ヴァル様ぬいぐるみがいい感じに完成した。部屋に飾る。組織作りも順調だ。


 ヴァル様は魔術の鍛錬に忙しいみたい。でも結局のところ、ヴァル様の魔術だけが魔王因子に対抗する切り札なので、これが最善の道のりだ。

 

 わたしは全力を尽くして、運命に干渉する土台作りを頑張らないと。


××年××月××日


 ヴァル様に救われて364日。


 ヴァル様にわたしの組織を報告する。


 全てを知っているヴァル様は驚くをしてくれた。そうすることで、わたしが喜ぶと知っているんだ。やっぱり、ヴァル様の器は大きいなぁ。

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