第5話 勇者の軍師(危ない)

「お見事です、ヴァル様の完勝ですね」


「よく言うな。俺だけなら、もっと苦戦しただろう」


「でも、盗賊とはいえ相当な連中でしたよ。ふふっ、うふふっ……やはりヴァル様は躊躇されませんでした」


「はぁ……俺を見くびるな」


 おいおい、俺が容赦しないと踏んでいたのか。

 ま、ぶっ殺したけど。


 やっぱり、とんでもない教師だな……。

 でも、この戦いで数段階レベルアップしたのは確かだ。

 楽勝とはいえ、命の取り合いだったんだからな。


「あとは盗賊に捕まっていた女性か……。保護せねばなるまい」


「お任せください。ちょっと説明して参ります」


 フィリアがテントの隅でガタガタ震えている女性たちに近寄り、あれこれと説明を始める。その辺は彼女に任せておくか。

 こういうシチュエーションに慣れてるみたいだしな。


 暇なので歩いてみると、盗賊はかなりの規模だった。

 馬車数台分の荷物、それにテントが10個ほど。

 どれだけ北で悪さをしたのやら。


 少しすると、フィリアが戻ってきた。

 女性たちはほっとしており、落ち着いている。どうやら上手く説明したらしい。


「……もうひとり、一番大きなテントに女の子が捕まっているそうです」


「ほう、あの一番デカいテントか。盗賊のボスも、あそこから飛び出てきたよな?」


 あのちょっと頭頂部の薄いボス……。

 もう死んでるけど。


「そうですね。希少な亜人か貴族の子女かと」


「他に売り飛ばすため、ボスが手元に置いていたか。ここまで来たら、その女の子も当然助けよう」


 俺たちは一番デカい、ボスのテントに入っていった。

 ふかふかの毛皮ベッド、それと奥に大きな檻が置かれている。


 檻の中から鎖の動く音がする。

 間違いない。動くが檻の中にいる。


 俺は出来る限り、優しく声をかける。


「助けに来たぞ」


「……助け、ですか?」


 弱々しく、抑揚のない少女の声だ。


「ええ、もう心配ありませんよ」


 フィリアとともに、俺は檻へと近づく。

 そこには紫色の髪をした、死んだ魚の目のような少女が入れられていた。


「かなり弱っていますね……」


「ああ、そのようだ――」


 ……紫色の髪。世界を諦めているかのような瞳。

 年齢は俺と変わらない。だが、より小さくて細い。

 

 俺の胸が突然、痛む。


(なんだ、この胸の痛みは……!)


 激しい既視感が俺に襲いかかる。


 知っている。

 俺は、この少女を知っている。


(思い出したぞ。こいつは――8年後、俺を殺す勇者一行にいた魔術師じゃないか!)


 ナイツ・オブ・ラウンド。それが勇者一行の名前だ。


 全部で何人いるか知らないが、俺が死んだ場面にいたのは4人。

 目の前の檻に入れられている少女は、その4人のうちのひとりだ。


 紫髪の魔術師。

 歩く図書館。ナイツ・オブ・ラウンドの名軍師。


(まだ幼いが、間違いない。マジか……。まさか、ここで出会うことになるとは)


 まさか、今日ここで出会うことになるとはな。

 どうするどうする。


(逃げるか。とりあえず、すごく遠くに逃げたい)

 

 テントに足が動きかける。


 ……いや、待てよ。

 更生した俺の、優しさと打算がささやく。


(今、この少女に恩を売ったらどうなる……? もしかして、この少女は俺の敵にならないのでは?)


 それはまさに閃きだった。


(殺すのも手ではある。だが無抵抗の少女を殺すのは、極悪貴族の未来に近付くような……)


 こいつを殺しても、勇者が俺を殺しに来たら意味がない。


 恩を売って、懐柔すべきだ。

 そのほうが遥かに安全だろう。


 決まれば、善は急げ。

 俺は檻に向けて時空魔術を展開する。


『世界よ、断ち切れ』


 俺は造作もなく檻を破壊した。

 少女が壊れた檻を見て、力なく頭を下げる。


「あっ……わたしを、助けてくれるのですか?」


「そうだ。俺たちはそのために来たのだから」


 にやり。

 多分、格好良く見えるだろう笑いを作る。


 フィリアも俺の善良さに、目をうるうるさせていた。


「ああっ、ヴァル様がこんなにも慈悲深く……」


「……ありがとう、ございます」


 少女の口数は少ない。

 素直に喜べというのが酷だろうが。


 しかし、布石は打った。俺の頭の中がさらに回転する。

 この機会、運命を逃してはいけない。


「女性たちには、最大限の助けを。しばらく屋敷に置いて、治療せよ」


「はい、ヴァル様の望み通りに」


 フィリアが恭しくお辞儀する。

 どうやら彼女の支持を得る行動だったようだな。


「……怪我は、していません」


 少女が首を振る。傷ひとつない、つややかな身体……。

 未来では、結構えっちな身体だったんだよな。


 おっと、待て待て。そういう思考はよくない。


「あ、まだ鎖があるのか」


 俺は檻の中の少女に、手を伸ばして気付く。

 少女の足首には鎖がはめられ、まだ檻に繋がれたままだ。


「大丈夫です。自分でなんとか、できます」


「その鎖は、相当な魔術でないと切れないと思いますが」


 フィリアの言葉に少女は首を振る。

 そして、少女はゆっくりと魔術を展開し始めていた。


(魔術を使えるのか。まぁ、俺が使えるくらいだしな。未来の勇者の仲間なら、不思議はない……)

 

 少女はゆっくり、ゆっくりと魔術を展開していく。

 だが、何かがおかしい。

 少女がぶつぶつと鎖に向かって言葉を繰り返す。

 

「世界の根源、空間対象の選定、座標固定……術式の展開範囲を絞って――」


 少女から、黒と白の魔力が発せられる。

 俺よりも断然弱くて、時間はかかっているが……しかし間違えるわけがない。

 これは時空魔術だ。


「まさか、そんな……ヴァル様の他にも? でも、これは……」


「信じられん……」


 俺たちは息を呑んで、見つめる。

 そして、ついに少女が魔術を発動させた。


『世界よ、断ち切れ』


 切断の空間魔術が生まれ、うまく鎖を切った。

 ……やりやがった。


「時空魔術の才能を持っていたのか……」


「……違います」


「だが、それは紛れもなく、俺の使った時空魔術だぞ」


「わたし、できるんです」


 少女が蚊の鳴くような声を発して、うつむく。


「見たら、忘れないし。魔術も――見たら、少しならマネができます」


「本当なら凄い才能ですね……」


 フィリアが少女を興味深そうに眺める。

 実験動物を見るように。


「しかし、そうであれば納得できます。もしも本当に時空魔術の才能があるなら、もっとスムーズに発動できたはず。今の時空魔術は、妙にぎこちなく未熟でした」


「はい……。貴族様が使っているのを見て、マネしただけなので」


 ふむ……。

 なるほどな。さすがは勇者一行というわけだ。


 一度見ただけで魔術を再現できるとは、驚異的だ。

 ちなみにフィリアでさえ、時空魔術は少しも使うことが出来ない。


「……貴族様は、驚かないのですね。皆、気味悪がるのに」


「凡夫は想像できぬ才能を恐れる。しかし、確かに驚くべき才能は世界に存在する。ところで、そんな才覚がありながら、どうしてこんな場所に?」


 少女がうつむきながら早口で答える。


「これは全部、魔王のせいなんです。運命の羅針盤を弄って、望むような未来を創ろうとしているんです……。勇者因子を排除せずに操作して、魔王因子を束ねようとしています。収束する未来は10年後――このままだと世界は終わってしまう」


「……………」


俺とフィリアは顔を見合わせた。

異様な雰囲気で少女が喋り続ける。ちょっと口を挟めない雰囲気だ。


「星辰の揺らぎも、天地の鳴動も全部……世界の終焉を告げているのに。誰もわたしの話を聞いてくれない。勇者因子を見つけて保護して、魔王因子に対抗しなきゃいけないに」


ぶつぶつぶつ。

少女はずっと床に向かって、喋り続けている。


怖い。

とっっっても怖い。


「ヴァル様、ちょっと……」


「お、おう……」


 少女からちょっと離れる。フィリアは少し困った顔をしていた。


「きっと大変ショックなことがあったのでしょうね。想像の世界に、彼女は逃げ込んでいます」


あ、そういう理解なのね。


「しかし持っている才能は本物です。ヴァル様、どういたしますか?」


「ふむ……」


今がどうであれ、彼女の未来を俺は知っている。

勇者一行の参謀役として、彼女は大活躍した。


連戦連勝だった魔王軍を粉砕し、その侵攻を食い止めた名軍師――それが紫髪の魔術師だ。組織の采配役として、彼女より優れた人間はいなかった。


はずだ……。

俺の記憶が正しければ……。


「はぁ……しばらくは、彼女の好きにしてやれ。必要なら諸々を手配しろ」


「承知しました。ヴァル様が望まれるのであれば……」


「……あとは様子を見る。どうするかは、少し経ってからだ」


 そして1年後には、大変なことになっていた。


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*少女の言葉は全部、正しいです。

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