第4話 イかれた課題

 空の旅が終わり、俺とフィリアはリオン公爵領の北にいた。

 もうちょっと行けば領地の外に出るくらい、北の端だ。


「ここは来たことがないな」


「あら、そうでしたか……。この辺りは、少々危険ですからね」


 暗い森の中を俺とフィリアは進む。

 森の中ということで、俺はなんとなく『課題』が見えてきた。


「もしかして魔獣と戦うのか?」


「やっぱり、そう思いますか? でも、違います。惜しいですけれど……ふふっ、うふふっ……」


 そうして10分ほど、森を進む。

 

 ふむ……。

 森の先に、人の気配がするな。


 というより、なんだ?

 森の中でずいぶん盛り上がっているような。


 そこで初めてフィリアが足を止める。

 彼女に促され、俺は茂みの中から森の奥を覗き込んだ。


「いやぁっ! もうやめてぇ!!」


「ギャハハハ! ダメに決まってんだろぉ!」


「家に帰して……お願いします……」


「ガハハハ! 帰すわけがないよなぁ!?」


 そこには裸体の女性数人と、明らかに品のない男の集団。

 明るい色のバンダナに粗末な服……。

 

 どう見ても男の集団は一般人じゃない。犯罪者だ。


「彼らは昨日、北からやってきた盗賊です」


「いや、それでどうするんだ……?」


 盗賊が、嫌がる女の子とお楽しみの真っ最中。

 とんでもない宴会現場だ。


「じゃ、一緒に来てくださいね」


「は?」


 意味がわからないまま、フィリアは茂みから無造作に姿を現した。


 当然、盗賊は侵入者のフィリアに注目する。

 盗賊のひとりが剣を抜いて、フィリアに近寄った。


「なんだぁ、てめぇは?」


「私の名前はフィリア・レヴィオルス。あなたたちは盗賊の光兜団で間違いありませんね?」


「へっ、ボスはそう言われると怒るけどな。で、だったら?」


「それで北を追われて、今日からリオン公爵領を荒らすつもりだと……合っていますか?」


「おう、よく知ってんじゃねぇ――」


 盗賊の言葉が終わる前に、フィリアが杖で地面をトンと叩いた。


 魔術だ。

 それも超高度で、攻撃用の水球。


「ごばっ!!」


 気付いた時には、盗賊Aの胸元に大きな穴が空いていた。

 目視できないほどの攻撃魔術。


 フィリアの放った水球が、盗賊Aの胸をえぐり取ったのだ。

 殺意を込めた魔術で。


 おいおいおい。

 躊躇なく殺したな……。


 そこでフィリアが俺のほうを振り向く。

 にこっと笑いながら。


「というわけで、次の講義は――人殺しです」


「なんだ、てめぇ!!」


「ハンスが殺されたーーー!!」


 どんちゃん騒ぎをしていた盗賊が武器を手に取り、わらわらと集まってくる。


「20人ちょっとですか。まぁまぁの人数です」


 だが、今のフィリアなら盗賊全員、造作もなく殺せる。

 盗賊連中は、それがわかってないようだが。


 茂みの中から、俺も姿を現した。


「さて、どうしますか? 見学希望なら、それでも構いません。自分で殺すなら、もちろん手助けします。ヴァル様の、お好きなように」


 イかれてるな。完全に頭のネジが飛んでいる。


 しかし、貴族はいずれ人を殺す。

 領内の犯罪者を処刑する責務を負っている。


(人のいい俺の両親でさえ、悪人は許さないしな。こいつらは明らかにアウトだ)


 そして極悪貴族としての記憶のせいか。

 怖くない。人殺しのこの場面が、全然怖くない。


 正義か悪かというなら、はっきりしている。

 俺たちが正義。こいつらは領内に救う寄生虫だ。


「領内の掃除は、しなければな」


「ふふっ、うふふっ……!! ヴァル様なら、そう仰ると思ってました!」


 フィリアは、元々こうだったのか?

 いや……きっと変わってしまったのだ。


 俺が変わったのと同じように、彼女もまた変わった。

 だからフィリアは俺に『課題』を与えた。


 フィリアが下がり、俺が前に出る。

 覚悟は決まった。


「何をごちゃごちゃと……! このガキ、死にやがれ!」


 盗賊のひとりが槍を持って、俺に向かってくる。


 だが、遅すぎる。

 さっき戦った騎士に比べたら、眠くなりそうな速度だ。


 クソガキ貴族モードで、さっさと蹴散らそう。


「盗賊風情が。誰に口を効いている?」


『世界よ、断ち切れ』


 切断の魔術は、完璧に発動した。

 盗賊Bの上半身と下半身がちぎれる。


「ぶっ、ぶべらっ……!!」


「ハハハハハッ!! 口ほどにもないなぁっ!!」


 こうして、一方的な処刑が始まった。



「動くな、動いたらこの女を――あ、あぶぇっ!」


「はい、駄目です。人質を取ったりしたら、即殺します」


「逃げろぉぉーーーー!! ぐぎゃ!」


「逃げるのも許しません。逃げても殺します」


 フィリアは言葉通り、サポートに徹していた。妙な動きをした盗賊は、フィリアが即座に殺していく。


 とはいえ、大多数の盗賊は俺に向かってきたが。

 まぁ、10歳の魔術師だもんな。


 そりゃ俺を狙う。

 しかし、それもほとんど殲滅できた。


『世界よ、断ち切れ』

 

 のろまな盗賊を輪切りにするなど、簡単だ。

 切断の時空魔術が発動するたび、盗賊の命は刈り取られていった。


(にしても、全然心が痛まないな。これも極悪貴族だったせいか)


 そして、実感としてわかる。

 盗賊を仕留めるたび、俺の魔術が洗練されていく。

 騎士との訓練とは比較にならない経験値だ。


(俺の成長速度を見越して、この課題を与えたのか。フィリア、なんて恐ろしい……)


 傲慢貴族のクソガキには、マジでぴったりの課題だな。


 そして、残った盗賊はあとひとりだけ。

 身なりもマシだし、持っている槍はそれなりに豪華だ。


 こいつが盗賊団のボスだな。


「舐めやがって! 俺は簡単に殺されねぇぞ!」


 さすがに盗賊Zはそれなりに強そうだ。槍を持つ構えが違う。

 まともに戦うのは、賢くないな。

 

 ちょっと挑発するか。

 俺は盗賊Zの薄い頭頂部をじっと見る。


「てめぇ……! どこ見てやがる!!」


 お、安い挑発に乗ってくれたな。馬鹿め。

 さらにもうひとつまみ、挑発しておくか。


「お前の頭部がまぶしくてな、くくく……」


「クソガキが! ぶっ殺す!」


 はぁ、小悪党の思考は単純だな。

 盗賊Zは怒りのまま、突進してくる。


 小細工なし、馬鹿丸出しの攻撃だ。

 俺は切断の魔術を発動させる。

 狙いは首だ。


『世界よ、断ち切れ』


「おらぁ! 見えるぜ!」


 しかし発動した瞬間、盗賊Zは身を屈めて俺の切断の魔術を回避した。

 俺の魔術の軌跡を読んだのだ。


「――ほう、身のこなしはピエロ並みだな」


「こんだけ見ればなぁ! 死ねぇ!」


 盗賊Zは槍で俺を刺しに来た。

 まだ遅い。それに読み通りの単調さだ。


『世界よ、断ち切れ』


 切断の魔術が盗賊Zの下半身を切り裂く。


「あががっ、なぜ俺の動きを……」


「誘導されたことに、気付かなかったのか。おめでたい頭だな」


「頭のことは……ぐふっ……」


どうやら、ハゲをかなり気にしてたようだ。

その点を突いたのは悪かった。


心の中で謝っておく。

後でお墓も作ってあげよう。


『リオン公爵家に歯向かった盗賊団、ここに全滅する』


うむ、悪くない。

未来永劫、この地域での警告になるだろう。

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