第3話 魔術を鍛える
たった数時間だが、フィリアの講義は素晴らしい。
もう基本的な水の魔術については、掴みかけているのだそうだ。
やったぜ。
チョロいな、魔術。
(おっと、調子に乗るな。破滅の未来に行ってしまう……!)
そうだ、ちょうどいい。
時空魔術についても相談するか。
元の未来でも、高熱から回復したら使えるようになってたし、隠したりもしていない。このタイミングで明かしても問題はないはずだ。
「ところで……俺はこんな魔術が使えるんだが」
「は、はい?」
「ちょっと待て」
水球を消し、俺は時空魔術『切断』のイメージを構築する。
魔術とは、フィリアいわく『神の創造』をなぞり、イメージすること。
魔力で術式の魔法陣を展開して、奇跡を発動させる。
これが魔術だそうだ。
だから集中とイメージによって、同じ魔術でもとんでもない差が出る。
俺はフィリアから、魔力の動かし方、集中について学んだ。
もし今の俺が『切断』を全力で発動したら、どうなる?
「もう水の魔術のアレンジを……!? い、いや何があっても驚きませんよ!」
「早とちりするな。そういうんじゃない」
俺は長い間、時空魔術の術式を構築していた。
これほど時空魔術に集中したのは、もちろん初めてだ。
黒と白の魔力が俺の全身から立ち昇る。
このにじみでる魔力が、時空魔術の術式に変わっていく。
「これは、水の系統ではない……? もっと純粋で、世界の根源に迫る魔術のような……。まさか、まさか、まさかまさか……」
「ほう、発動前にわかるのか。褒めてやろう」
俺はすでに、元の未来から逸脱している。
なにぜ努力嫌いで、時空魔術も鍛えなかったからな。
だが、その未来にはもう進まない。
この魔術は、怠惰で悪に生きた未来との決別だ。
「そんな……。水の魔術だけでも、この国の歴史に残るのに……。こ、こんな伝説の魔術の才能があるだなんて……!」
説明は省けそうだな。
いやぁ、でもやっぱりフィリアは凄い。
発動前から魔術系統を割り出すなんて、今の俺には不可能だ。
本当の未来では、ハサミの代りにしか使えなかった切断の魔術。
その全力だ。
俺はワクワクしていた。
「ああ、でもこの魔力は……! 時と空間の――」
『世界よ、断ち切れ』
魔術が発動する。
同時に、中庭にあった巨大な樹木が両断された。
音もなく、スパッと切れている。
( ゚д゚)
なんてこった。
魔術のコツを掴むと、こんな威力になるのか。
やべぇな、時空魔術……。
これなら鍛えれば、勇者にも負けないかも……。
そんな風に思っていると、フィリアがいきなり叫んだ。
「ああああーーーーっ!!」
「うぉぉぉっ!? いきなり絶叫して、どうしたんだ!?」
「やっぱり時空魔術だーーー!! あはははーーっ!!」
「お、おい……?」
「凄い! これは本当に凄いことですよっ!!」
ちなみに、両断された大樹はフィリアが治してくれた。
めでたしめでたし。
♢
そしてフィリアから魔術を習い始めて、半年が経過した。
(すんげぇ、おもしろいっ……!!)
魔術はほんのちょっとの差が結果に表れる。
世界を、自身の思うように塗り替える。
楽しくないわけがなかった。
なんで俺は、こんな楽しいモノをやって来なかったんだ?
わからん。どれだけ努力が嫌いだったんだ。
本来の歴史では、この時期は……そうだな、菓子にハマってた気がする。
色々と取り寄せては、ばくばく食べていた。
(そんな暇はないからな。今はひたすら、自分を鍛える……!)
時空と水の魔術。その両方を俺は訓練していた。
水の魔術は防御に使いやすいし、時空は攻撃に向く。
そんな俺は今、ちょうど実戦訓練に入っていた。
中庭で俺の相手になっているのは、公爵家に仕える茶髪の女騎士だ。
そばにはもちろん、フィリアが控えている。
「ヴァル様、準備はよろしいですか?」
「いつでも来い」
「――行きます!」
女騎士が、木剣を構えて突撃してくる。鋭い突きだ。
しかし俺には無意味だった。
『水よ、盾になれ』
空中に生まれた水球が、幅広の盾のように展開する。
術式によって強度、粘度を高めた水の盾だ。
騎士の突きをその水の盾が阻んだ。
「ぐっ、くうっ……!」
なんとか騎士が盾を突破しようと思うものの、遅い。
『世界よ、断ち切れ』
時空魔術が、騎士の持つ木剣を斜めに切り落とす。
勝負ありだ。
最初は発動まで時間がかかったが、今はすぐに発動できるようになった。
これもフィリアのおかげだな。
もうフィリア様と呼びたいぐらいだが、やめておこう。
あくまで俺はクソガキのヴァル・リオン10歳なのだから。
「それまで! ヴァル様の勝利です!」
フィリアが杖を掲げて宣言する。
「……弱くないか?」
「申し訳ございませんっ! わたくしが不甲斐ないばかりに……!!」
騎士が平身低頭に謝罪する。あっ、しまった。
口に出すつもりはなかったのに。
ふぅ……ごめんなさい。
フォローしておこうっと。
「安心しろ。この程度で罰は与えん」
「は、はいぃぃ……! 感謝いたしますっ!!」
「……無理もありません。まさか実戦訓練に入って1週間で、騎士を超えるとは思いませんでした」
「大したことには思えないがな。魔術の才があれば、簡単に勝てそうだぞ」
「今、戦った彼女は元A級冒険者ですよ?」
えっ、そうなのか?
にしては弱いような……?
茶髪の女騎士が、へにょっと泣き顔になる。ちょっと可愛いじゃねぇか。
そんな強そうには見えないが、冒険者としてかなりのレベルだったらしい。
「そ、そうです……。本職は盾役ですが、ちゃんとしたA級冒険者でした……。うぅ、公爵様に取り立ててもらったのに! うああぁっ……!!」
あ、泣いちゃった。
泣くと余計に可愛いが……。
泣かせるつもりはなかったんだよ!
ええと、こういう場合は……。
「俺が強すぎた。これからも精進しろ」
「ヴァル様、慰めになっていないような……」
難しいな、おい。
どう声をかけたらいいんだよ。
そもそも彼女はウチにいる数十人の騎士のひとりで、名前もよく覚えていないんだぞ。
「あなたの剣術、身のこなしは本物です。さぁ、下がっていいですよ」
「はひ、ごべんなさい……」
しくしくと泣きながら、女騎士が視界から消える。
でも俺だって、自分の強さはよくわからんのだ。
フィリアの講義でしか、魔術を使ってないし。
でも世間的には、かなりのレベルになってきた――ということで、いいんだよな。
「にしても、本当にヴァル様には驚かされるばかりです。基礎訓練から、実戦的な魔術まで……並みの魔術師なら10年以上かかるのを、ヴァル様はたった半年でモノになさいました」
フィリアがうっとりとした目で俺を見つめる。
なんだか最近、フィリアはおかしい。
眼の奥に変な決意と意志が見え隠れするのだ。
「私の予想、私の計画――何度修正しても、ヴァル様はそれを上回ってくれました。ふふっ、うふふっ……」
普段は凛とした彼女が、ときおり見せるこの笑い……。
狂人めいた何かを感じる。
とはいえ、この時の彼女は本当に楽しそうでもある。
俺の成長を心から喜んでくれている笑いなのだから、悪い気はしないが。
あとは可愛いし。
まぁ、フィリアも高名な魔術師だというからな。
普通ではないんだろう……うん。
「なので、今日は数段階ステップを上げようと思います。どうしますか?」
「……ずいぶんとハードルを上げるな」
これまでのフィリアの魔術講義は、実に素晴らしいものだった。
トントン拍子に俺が魔術を鍛えられたのは、彼女のおかげだ。
だからハードルという意味では、さほど感じたことはない。
しっかりと難易度を見極め、教えてくれたからだ。
「次はそれほど、難しいということか?」
「ええ……今までで、最難関ですね。脱落者も多いくらいです。でも、ヴァル様には絶対に必要な過程だと思いますので」
煽るじゃないか。そこまで言われると楽しみになってくる。
「なら、受けよう。つまらん講義なら許さんぞ」
「ああ! やはりヴァル様は素晴らしい……! では、行きましょう!」
そう言うと、フィリアが杖を掲げて魔術を展開する。
俺よりも遥かに高度で緻密な魔術だ。
『風よ、我らを運べ』
緑色の風が吹き上がる。
気が付くと、俺とフィリアは空を飛んでいた。
とんでもない高さまで急上昇し、北へと向かっている。
「お、おおおおーっ!」
「どうですか、ヴァル様! これが飛行魔術です!」
凄い、屋敷がもうあんなに小さくなった。
もう豆粒よりも小さい。
「はははっ! これは愉快だな!!」
あらゆるものが小さく、遅い。
面白いぞ! こんなことも魔術で出来るのか!
10歳の頃に巻き戻って初めて、心から楽しめている。
俺は初めての空の旅を満喫した。
この後に、とんでもない課題が待ち受けてるとは知らずに……。
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