第23話 ミーアの告白

「――、優しく、してね?」


 とりあえず『初めてだから』という単語が出た事にホッと胸を撫で下す。

 間に合った。ミーアの貞操はまだ守られている。


 それにしても、とてもミーアとは思えない細々と、弱くて艶っぽい感じの声音だ。

 今はあくまで娼婦として、俺に接しているという事なのだろうか?


 ――ポテ……


「――っ!!」


 ミーアがもたれ掛かるように俺の方へ頭を預けてきた。


 普段からは想像出来ない艶やかな声音に、この後の行為を示唆する、優しくして欲しいという懇願。

 そして密着するミーアの身体から伝わる温もりと震え。


 この状況に俺の背筋はピン!と伸び、

 そして、不覚にも俺の根っこは反応してしまっていた……。


 まずい!

 焦った俺は、思わず股間を手で隠す。


 こんなのミーアにバレてみろ。

 俺はこれからどんな顔でミーアと顔を合わせばいいというのだ。

 そもそも、ミーアに反応してしまった、この事実がある時点で、死ぬほど恥ずかしい。

 穴があったら入りたい、とはまさに今のこの心境の事を言うのだろう。


 ミーアの頭が離れる感覚がした。


 ――視線を感じる。


「ユウキ、兄ちゃん――?」


 ギギギと、首から擬音が出そうな動きでミーアの方を見ると、とろんとした目でこちらを見つめている。


 そして、目を瞑り、顔を近づけてくるミーア。


「ちょ、ちょっと待て!ミーア!」


「……え?」


 これ以上いくとダメだと思った。

 自制心が働くギリギリのところで何とか踏みとどまった俺は、ミーアへここへ来た真意を伝える。


「俺はミーアを傷つける為に来たんじゃない!助けにきたんだ!」


 そう言うと、ミーアの目つきが変わった。


「……あたしを傷つけるって……あたしが傷つくか傷つかないかなんて、あたしが決める事でユウキ兄ちゃんが決める事じゃない!……こっちの方が、よっぽど傷つくよ……」


 先程までの艶っぽい〝女〟の雰囲気は霧散し、涙をボロボロと零すミーアが、悲しみと怒りの表情で俺を睨む。


「ま、待て……俺は――」


「ユウキ兄ちゃんはあたしの事を何だと思ってるの?ただの子供?妹にしか見えない程の〝女の子〟?……あたしだって〝女〟なんだよ?子供じゃない。〝女〟なんだよ?……だから……あたしだって、好きな人とはキスしたいと思うし、その後だってしたい……。好きな人から求められれば何だってやってあげる。何をされても拒まない!……でも、拒絶されたら傷付く。……それは悲しいなんて生優しいもんじゃないんだ……痛いんだよ。ものすごく痛いんだ……」


 ――『アンタはそうでも、その子も同じように思っているとは限らない。時としてアンタのその優しさはその子を苦しめる事になるかもしれない。気をつけな』


 あの時の生地屋の店主が言っていた事を思い出す。


 初めて知ったミーアの気持ち。

 今まで全く気付かなかった。


 俺は知らずミーアの事をずっと傷付けていたらしい。

 助けるどころでは無かった。傷付けていたんだ。俺が、ミーアを、ずっと。


「……好きなの。ユウキ兄ちゃんの事が好きで好きで堪らないの。でも、ユウキ兄ちゃんはあの人、マリーさんが好きなんだよね?」


「――!?」


 驚きにミーアを見る。


「知ってるよ。ユウキ兄ちゃんの事なら誰よりもよく知ってる。ずっと見てきたから」


 俺はどうすればいい?ミーアのこの気持ちをどう受け止めればいい?


「昨日のアレ……。アレが痛かったの。……本当に痛かった。悔しくかった、苦しかった……そんな時に、お父さんまで死んじゃって……あたし、もう、無理だよ……あたしの心、壊れちゃうよ」


 再びボロボロと涙を零すミーアをそっと抱き寄せ、そして抱き締める。

 

「……悔しいなぁ……今更こんな風に抱き締められても、って言って、離れたいのに離れられない。貴方の胸に収まるこの感じが心地良過ぎて……」


 ミーアの方からもぎゅと抱き締められる。力いっぱいに。それこそミーアの俺へ対する〝好き〟がそれに込められているかのように。


「本当はね。娼館ここへ来たのは半分は仕方無し、もう半分はあたしの望むところでもあったの」


「どういう事だ?」


 俺はその真意を聞いてみた。


「いろんな男の人と交わる事で、ユウキ兄ちゃんの事を忘れられるかも、って思ったから……だから、ユウキ兄ちゃんがあたしの最初のお客さんとして来てくれて良かったと思った。ユウキ兄ちゃんとの最初の思い出を胸に娼館婦として頑張っていけると、そう思えた……」


 一体、俺はどうすればいい?

 誰か教えてくれ……。

 ミーアを苦しめているのは俺だ。


 もしも、娼館婦となったミーアが〝男〟を知り、その快楽から俺の事を忘れられるのだとしたら……それでミーアが楽になるのだとしたら……俺はミーアを娼館婦として送り出すべきなのか……?


 ――分からない。

 でも、俺は嫌だ。

 そして、それはミーアの為を思った兄的視点からの考えでは無く、多分、俺の為だ。

 嫌なんだ。


 かと言って、ミーアの気持ちに応えれる覚悟は無い。


 だから俺は卑怯な手段を使う。

 ミーアの気持ちを逆手に取った、卑劣極まりない手段を。


「馬鹿か!お前は!こんな所で自分の身体を、尊厳を傷付ける気か!俺は、自分を大切にできない奴は嫌いだ! 俺の事が好きなんだろ!だったら奪ってみろ!!マリーさんから俺の心を奪ってみろよ!欲しければ、がむしゃらに向かっていけ!何勝手に諦めてんだ! 何が〝ただの子供〟だ!? そうだよ。思ってたよ。ここに来る直前までお前は俺の大事な大事な妹だった!そう思ってたよ。ただな……俺の心臓の音、聞こえるだろ?」


「うん……」


「これが事実だ。俺は不覚にもお前を〝女〟として見てしまっているんだ」


 ……嘘では無い。

 ミーアの気持ちは〝男〟として素直に嬉しい。

 ただ、ミーアと恋仲になるわけにはいかない。

 それは俺にその覚悟が無いのと、マリーさんの存在がミーアへ溺れる事を許さないからだ。


「……だったら、あたしを抱いてよ……ここはそういう事をする為の場所だよ?あたしの事、〝女〟として見てくれるんでしょ……? ねぇ、お願い……」

 

 俺の胸の中でミーアが泣きながらそう言った。


「……無理だ。」


「……そんなにあたしの歳が気になるの?」


「…………何でそう思う?」


「だって、ユウキ兄ちゃんの事だもん……分かるよ」


 そうだ。ミーアの見立て通りだ。結局それが一番の足枷となっている。


 14際と23際。

 確かに、この異世界この世界においては、全く気にするような歳では無い。

 だが、元いた世界の基準で言えば俺のこの姿勢は紛れもなく正しい判断だとも言える。


 結局俺はこの異世界へ来て尚、日本での価値観を捨てきれずにいるのだ。

 そんなくだらない道徳観念から、この期に及んで尚、ミーアを傷付け続けているのだ。


 ミーアは俺に今まで隠してきた気持ち、欲望を全てをさらけ出しているというのに。

 勇気が要った事だろう。恥ずかしい思いもしているはずだ。


 でも、無理だ。何より、ミーアだからこそ、大事に思っているからこそ、それは絶対に無理なんだ。


「……18歳……もしも、ミーアがその歳になった時に、その時もまだ俺に想いを寄せてくれていれば……」


「分かった」


 何とかミーアを説得させようと、つい口走ってしまった言葉だった。

 そこへすかさず、ミーアが同意の言葉をねじ込んできたのだ。


「……え、えぇ?!」

(ちょ、ちょっと待て)


「……約束だよ?」


 ミーアは俺の胸から顔を離し、涙で潤んだ目でそう念を押すように言ってきた。


(……か、かわいい……)


「……分かった……約束だ」


 不可抗力。

 自動的に俺の口からはそんな同意の言葉が出てしまっていた……。


 


 まぁ、何はともあれ……だ。

 何とか、ミーアの説得には成功した。


 ――コンコン


「10分前でごさいまーす」


 14歳少女との卑猥な約束が交わされたちょうどそのタイミングに、黒服からの合図が入った。


「店員さん!ちょっといいですか!?」


 扉の側からすぐに立ち去ろうとしたであろう黒服を、俺は声を張って呼び止める。


「――はい。如何なされましたか?お客様?」


「この子、俺に身請けさせて下さい!」


 さぁ、ここからが本番だ。


――――――――――――――――――――


次回更新は明後日の12月12日(火)です。

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