第24話 交渉

 ミーアを身請けしたいと告げた後、俺は事務所らしき所へと通された。


「オーナーのワグナーだ。 で、ウチの遊女を身請けしたいというのが君か?」


 そこには如何にも偉そうな感じの貫禄ある太った男が、大きな黒い椅子に鎮座していた。


「はい」


「そうか。とりあえず、座りたまえ」


「「はい」」


 俺とミーアは隣り同士、ワグナーに向かうように座る。

 それと同時にワグナーが話を切り出した。


「しかし、困ったね。ミーア君はウチの有望株だというのに」


 ルックスの良いミーアだ。

 人気が出るだろう事は、素人目からしても容易に想像できる。

 

 ゆえに、このワグナー。

 そう簡単にミーアを手放す気は無さそうだ。


「では、いくらなら、ミーアを身請けさせてくれるんですか?」


「……まぁ、そうだな。確かに金の問題だ。だが、もうひとつ大きな問題。そもそもミーア君、君はこの男についていきたいのかい?」


 横を見るとミーアは神妙な面持ちだ。


 まさか、俺と帰る事を躊躇ためらっているのか?

 

 ――そうか。

 おそらくミーアは俺の本音を見抜いているのだろう。


 さっきは勢い余って『俺の事を諦めるな!』的な事を言ってしまったが、

 やはり俺はミーアの事は妹的な位置付けでしか見れそうにないのが正直なところ。


 そんな俺の本音をミーアは読み取っており、ならばその辛さを紛らす手段として、やはり娼婦の道を選ぼうかと思案しているのかもしれない。


 そんなミーアの様子を見たワグナーは口を開いた。


「ミーア君にその気が無いのなら、この話は無しだな。悪いが、ミーア君と交わりたいなら客として来てくれ。じゃ、私はこれで……」


 そう話を切り上げ、ワグナーが立ち上がったその時、


「――はい。ついて行きたいです」


 ワグナーを見ながら力強い口調でミーアがそう答えた。

 そんなミーアの顔をじっと見つめるワグナー。


「……なるほど。 そういう事なら、あとは金の問題だな……」


 そう言ってワグナーは再び席に着き、話を続ける。


「しかし、君にその身請け金が払えるのかね? 言っておくが、ミーア君は高いぞ?」


 それなりの財は築き上げているつもりだが、実際その金額がどれほどのものなのかは見当もつかない。


 息を飲み、緊張しながらその金額について聞いてみる。

 

「いくらですか……?」


「聖金貨にして100枚だ。」


「え? でも、オーナー! あたしの借金額は聖金貨40枚だったはずです!!それが何で聖金貨100枚にまでなるんですか?!」


 ワグナーの提示額にミーアが噛み付いた。


「考えてみたまえ、ミーア君。ウチが肩代わりした借金額をそのまま返されただけで君に自由になられては困るのだよ。何も、ウチはボランティア精神でこの商売をしているわけではない。〝身代金〟という概念を含ませた金額が聖金貨100枚という事だ。つまり、ミーア君の価値として聖金貨60枚という値を付けさせて貰ったわけだ」


 なるほど、確かにワグナーの言う通りだ。

 借りた額をそのまま返しただけでミーアを身請けできるわけがない。

 娼館側からしたら何のメリットも無い。

 むしろそれだと、ミーアが背負った借金の返済手段を提供して。とまで言える。まさにボランティア精神だ。


「分かりました」


 ワグナーの言い分に納得した俺は一切渋る事なくその提示額を受け入れた。


「……ほう」

「――ユウキ兄ちゃん!?」


 すると、ワグナーは意外とばかりに目を見張り、ミーアは俺の方を向き声を上げた。


「じゃあ、交渉成立って事でいいですね?」


「あぁ。そうだな。ウチとすれば金さえ入れば言う事はない」


 そう言いながらもワグナーはどこか悔しそうだ。

 おそらく、俺には到底払えない金額だと思ったのだろう。

 

「それにしても、君がここへ来るまでのミーア君の表情は絶望感に満ち、自暴自棄からくる快楽を欲したような〝男〟を求めた〝女〟の目をしていた。それが今や、ミーア君の目には君しか映っていないようだ。一体この短時間の間にどんな調教を施せばミーア君がこんな事になるんだ!?」


 調教って……何言ってんだ、このおっさんは。――って、ミーアさん?


 隣りを見れば何故かミーアが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。


 ――それ、やめてくれるかなミーアさん。ただでさえ俺は変態だと思われてるんだから……。


「しかし驚いたな。見たところただの平民にしか見えないが、何故そんな大金が払える?君は一体何者だ?」


「……それ、言わないとダメですか?」


 『鍛冶職人のユウキって言います!最近は〝ニホントウ〟っていう刀剣で割と知名度を上げてまして……えぇ、そうです!売れっ子鍛冶職人ってやつですよ!』


 なんて自己紹介をしてしまったら、


 『〝ニホントウ〟の作者ってめっちくちゃ変態らしいよ!』


 なんて触れが出回って、それがいずれはカノン村まで……そしてマリーさんにまで……。


 そんな危険は犯せられない!

 なのでこの街で、俺の身元を証明する情報は何ひとつ落とすつもりはない!


「いや、別に詮索するつもりは無い。我々は金さえ入ればそれでいいからな」


「では、この遊女(ミーア)は俺が貰っていきます」


「あぁ。好きにしろ」


 ワグナーはそうぶっきらぼうに言って席を立った。

 その時、


「――ミーア君」


「はい」


「この男に飽きたらまたいつでも帰ってきなさい」


 そう言い残してワグナーはその場から立ち去った。


 その後、俺は聖金貨100枚を支払い、無事にミーアを保護する事ができたのだった。

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