第15話 エルのトラウマ

「さて、行くか」


 ミーアが帰った後、俺は孤児院へ出掛けようと外へ出る。

 空は夕陽に赤く染まり、黄金色の太陽の光が村落を照らしている。

 そんな、ちょっぴりと幻想的に見えなくもないこの景色を眺めていると、やはりここは異世界なんだなと、改めて実感するような、何だか不思議な感覚に陥る。


 異世界ここへ来てもう3年が経つというのに、俺はまだ日本人としての価値観で、ここを〝異世界〟だと認識している。

 この、何とも言えない侘しさはいつになれば消えてくれるのだろうか。


 ふと、両親の顔が頭に浮かぶ。


「父さん、母さん。 俺、こっちの世界で何とかやってるよ……生きてるよ……」


 空を見上げ、そう小さく呟くと俺は孤児院の方角へと歩き出した。

 

 

 ◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎



 孤児院に辿り着いた俺は今、アンテナショップにて夕飯を買おうとしているところなのだが、


「ひぃ……い、いらっしゃい、ませ……ひぃ……」


 そんな俺を、ガタガタと尋常じゃないほどに怯えた様子で接客する少女――


 服装は質素だが、背中まで伸びた銀髪をハーフアップにし、青く澄んだ瞳と、可愛いとも綺麗ともとれるその美貌は、平民とは一線を画すような風格さえ感じさせる。

 まるでお嬢様のような彼女――エル・カストレアは、『まるで』ではなく、かつてまでは確かにお嬢様であった。


 そんなエルの人生が音を立てて崩れたのは〝魔力持ち〟が発覚した時。

 これまでの比較的裕福な暮らしから一転、両親から見放され、貴族家から追放された挙げ句、奴隷商へ売られ、さらには買われた男の性奴隷にまでなりかけた。その境遇はまさに悲劇のヒロインと言える程だろう。


 性奴隷にされる直前。

 男に犯されるすんでのところでエル自身を救ったのは皮肉にも、エルをここまで追いやった元凶である〝魔力〟だった。


 しかし、そのおかげで絶対絶命の難を逃れられ、孤児院に保護される事ができた。


 エルは〝魔力待ち〟であるせいで人々から忌み嫌われる存在としてここまで不幸な目に遭ってきた。

 そして、これからもその不幸は続くであろう。


 それを何とかしてやりたい。

 せめて、人間らしく暮らせる環境と、出来れば、人々の中でも堂々と胸を張って生きていけれるようにしてやりたい。

 そんなマリーさんの考えから俺へ協力を仰いできたのが昨日の話。


 俺がマリーさんへ提案した事。それはエルを俺が雇うという事だ。

 

 正直言うと、俺は実は、エルに興味津々――


 いや、だから違うって! 俺が興味を向けるのはエルの持つの方だから!


 とにかく俺はエルのその〝魔力ちから〟に可能性を感じている。

 

 異世界この世界では絶対に不可能だと思っていた近代的ものづくりが、エルの〝魔力〟次第では、もしかしたら可能になるかもしれないのだ。


 つまり、工作機械の役割を魔力で代用できるのでは?と俺は考えているわけだ。


 ただ、その具体的な代用方法などは何も考えていない。そもそも〝魔力〟がどういったものなのか、何が出来て何が出来ないのか、全然知らない。

 ただ漠然と〝錬金魔法〟的な感じで、金属を切ったり、削ったり、付け足したり、はたまた、欲しい形状の金属ごとバーンと呼び出せたりとかしないかなー?的な割と幼稚な考えでいる。


 実際、出来るか出来ないかはまったく分からない。なにせ〝魔力〟について未知なのだから。


 だから知るのだ。

 魔力について知った上で、それが俺の思い描くものなのか、〝金型〟が作れるのか、作れないのか、その可能性の有無を確認したい。


 なにも、マリーさんから頼まれたからとか、ボランティア精神で雇いたいわけではない。

 むしろエルは、こちら側から欲しい人材だ。絶対に欲しい!何としてでも雇いたい!

 俺はそう意気込んでいる。

 

 ただし、それには大きな問題があるらしく、エルは以前の性奴隷にされかけた時の恐怖から、極度の男性恐怖症を患っているらしく〝男〟を見ただけで声と体が震え、発作のような症状が出るのだとか。


 幸い、エルには弟がいた事から同じ孤児院の小さい男の子であれば普通にコミニュケーションが出来るらしいが、大人の俺が近寄る事はかなり難しいだろうとの事。


 まずはエルに俺に対して心を開かさせなければならない。


 そこで、マリーさんは俺にこう提案した。


『ユウキ君とエルを接触させる機会を作る為に、これからしばらくの間、夕暮れ時の短い時間だけ、エルを露店(アンテナショップ)に立たせるようにするから、そこで徐々にエルにユウキ君の事を慣れていってもらいましょう!』


 というわけで今に至るわけだ。




 俺へ対する恐怖心からか、顔を歪め、震える声で何とか言葉を紡ぎ出すエル。


「……お、お客、様……きょ、今日は何を、お、お買い求めで……?」


 この状況、〝魔力持ち〟のエルにとっては過酷である。


 カノン村の住人の中でエルの事を〝魔力持ち〟だと知る者は限りなくゼロに近しい。いや、本当にゼロかもしれない。


 だが、村外から来る客も少なからずいる。

 その中にエルの事を知り、エルを見て〝魔力持ち〟だと騒ぎだす客が現れるかもしれない。


 そんな状況の中、エルは一人で店番をしている。


 だがこれは、マリーさんの愛のムチだ。


 そもそも、マリーさんはエルが〝魔力持ち〟である事を世間に隠すつもりは無いらしい。

 人々の中で堂々と暮らすにはむしろ、〝魔力持ち〟である事をオープンにし、『騒ぎたければ勝手に騒げ』、『言いたい奴は勝手に言ってろ』的な強い心持ちでいる事が大事だと、マリーさんは思っているそうだ。


 つまり、エルの事を考え、将来を見据えた上でのスパルタ教育という事だ。


「そうだな……じゃあ、パンとジャムを下さい」


「か、かしこまりました……」


 マリーさんのエルへの強い思いはさて置き、

 俺は俺で、何か他愛の無い話でもして距離を縮めていくつもりだったのだが、エルの〝男〟へ対するトラウマは想像以上に深く、話を広げられるような雰囲気では無い。

 とにかく、これが実質エルとの初対面。

 

 焦りは禁物だ。

 今日はとりあえず言葉を交わした。それだけで良しとしよう。


「ど、銅貨……7枚です……」


 商品を受け取り、銅貨7枚(1枚約100円相当)を手渡そうとした、その時、


「――っ!? い、いやぁああ!」


 エルの悲鳴が響いた。

 俺の手がエルの手に触れてしまったのだ。


「あ、いや、ごめん――」


 謝罪の言葉を言う間も無く、エルは一目散にその場から逃げるように建物の中へと入って行ってしまった。


「……こりゃ、相当大変だな……」


 ひとりそう呟くと、俺は家路についたのだった。




 その日の夜。

 寝ようと思い、蝋燭の火を消したその時


 ――コンコン


 こんな夜遅くに誰だ?そう思いながら扉を開くと、そこにはマリーさんの姿があった。


「ま、マリーさん!?」


 こんな夜にマリーさんが俺を訪ねてきた事など、今までに無い。

 胸の高鳴りを感じる中、マリーさんが言う。


「中、入ってもいいかしら?」


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