第14話 〝究極の切れ味〟
「その話、もっと詳しく教えて!? どういう事なの?」
〝切れ味〟に特化させて造った日本刀、それこそが『最強の剣』なのかもしれない。
俺が言ったその話にミーアが食い付いてきた。
しかし、これを言語化して説明するのは中々に難しい。そう思いながらも、ミーアの熱視線に負けて何とか説明していこうと試みる。
「う〜ん、そうだな……。 まず〝刃こぼれ〟とは刃の先端がボロボロに欠ける事を指す」
まず刃こぼれについてミーアに説明すると、ミーアは理解したというように頷いた。
それを受け俺も頷き、続きを話していく。
「そもそも刀身が折れたり刃こぼれしたりするのは〝切れ味〟が足りなかった時に生じる衝撃が原因なんだ。 いくら日本刀の切れ味が凄まじいとはいえ、万物を切り裂くのは不可能だからな。 そこで、刃にもある程度の衝撃に耐え得る強度が必要という事で、粘性の鋼が使われている。それが本来の日本刀のあり方だ」
例えば、岩を斬ろうとしてそれが叶わず、
――キンッと、刃が弾かれた時の事をイメージして欲しい。
そういった時に〝刃こぼれ〟は発生する。
「うん。分かるよ。 要するに、
理解が早いな。……もしかして天才か?
「その通りだ。
「それって一体……?」
案の定ミーアが食い付いてきたが、これを話し出せば横道に逸れた上に非常に長くなる。
とりあえず、今は簡単に答えて話を元に戻そう。
「無論、それは〝研磨〟だな。 しかし、研磨の話はまた今度な? 長くなるから。今は話を元に戻そう」
少し残念そうにミーアが頷く。
「硬性の鋼を使っていないという点、つまりは、日本刀は〝切れ味〟についてまだ余力を残しているという事だ。 それは理解できるな?」
「うん。でも硬性の鋼を使ったら刃こぼれしやすい」
「でも、もし、〝切れ味〟に振り切って造ったその日本刀が岩でも鉄でも切れる、そんな万物をも切り裂ける〝究極の切れ味〟を備えていれば?」
「……そもそも、刃こぼれさせる原因の〝衝撃〟が、起こらない?」
「あぁ。刃に衝撃が伝わる事は無く、刃こぼれする事は無い。但しそれは文字通り〝何でも切る〟事が絶対条件だ。もしも切ろうとしたその対象物が切れなかった場合、その時は刃こぼれなんて生優しいものではなく、研ぎ直しも効かない程に刃を大きく破損させ、今後武器として使い物にならなくなるだろうな。そして、そもそも武器という物は命のやり取りを行う道具。それが破損するという事はそのまま死へ直結する場合もあるだろうな。」
「そうだよね。戦士にとって武器は命そのものだもんね。命を守る為にも刃の破損は絶対に許されない。その為にも全てを切り裂ける〝切れ味〟が絶対条件なんだね。」
「あぁ。『攻撃は最大の防御』なんてよく言ったりするが、その言葉通りの刃だな。 そして、その攻撃が通じなかった瞬間に身を滅ぼす、まさに諸刃の剣だ。 だが、『万物を切り裂ける』という時点でソレはまさしく天下無敵。その可能性を秘めているのがミーアの言う、皮鉄に硬性の鋼を使った日本刀だ」
ここまでを要約すると、
従来の日本刀の場合は、ある程度の衝撃に耐え得る一方、
例の〝天下無敵の諸刃の剣〟は、全てを切り裂けるという前提で、衝撃に対する耐性はゼロという事。
ここまで聞いたミーアの目はキラキラと輝き、まるでソレを目指していこうかという目。
「……おい。 間違ってもソレを作ろうとか考えるなよ? 俺が言った、『万物を切り裂ける刃になり得るかも――』なんてのは、従来の日本刀があの切れ味だからと、俺個人の肌感覚だけで言った本当に僅かな可能性に過ぎないんだからな? 普通に考えればそもそも万物を切り裂く刃などあり得えないんだ」
前世の世界において、誰か日本刀の専門分野の偉い人が言ったわけでもなければ、最新の科学研究や何かで示唆されたわけでもない。
あくまで、俺の感覚だけで思う可能性。それも、ほんの僅かだと思っている。
それをミーアへ伝えようとするが、
「『俺個人』って言うけど、ユウキ兄ちゃんが他ならぬニホントウの創始者じゃない! そんなユウキ兄ちゃんが言うのだから充分可能性はあるって事じゃないの?」
がーん。
そうだった。
そんな俺が言うのだからと、ミーアのキラキラとした目の輝きは治らない。
しまった。失敗した。 変な物に興味を持たせてしまった。
俺はミーアの中で芽生えさせてしまったその情熱を何とかして鎮火させようと試みる。
「あのな……さっきも言ったが、そもそもソレは作れないんだ。硬性の鋼は硬過ぎて、例の心鉄と皮鉄の二重構造に造り込む事ができない。それに、研磨の時にも相当難義するだろう。これもさっき少し話したが、研磨は日本刀の切れ味を左右させる大事な工程だ。硬性の鋼にした事で満足に研磨する事が出来ずに、結局は従来の日本刀と変わらない切れ味で留まり、ただ単に刃が脆いだけの日本刀になるってのがオチだ。 目指すんなら従来の日本刀を目指すんだな」
「ユウキ兄ちゃんでも無理なの?」
「あぁ、無理だな。理由は今語った通りだ。 そうだな、仮に百歩譲って従来の日本刀より優れた切れ味の物が作れたとしても、ソレが〝万物を切り裂けるだけの切れ味〟を持っている可能性は低い。さらに千歩譲って、いや万歩譲ってソレが万物を切り裂ける程の究極の切れ味を持っていたとして、ソレを満足に扱うには相当な剣士としての腕が必要になるだろうな」
おそらくだが、刀を振るにも技術が有ると思う。
身体全体で〝斬る〟イメージで振るのと、ただ手の力だけで叩き込むように振るのとでは、結果が異なるだろう。
結果というのは切れたか、切れなかったか、という事。つまり、刀の扱い方次第では切れる物も切れなかったりするという事。
前述した通り、切れない時点で刃に衝撃が加わる。そしてそれが、〝切れ味〟に全振りしたソレだった場合、無論、刃は大破するだろう。
「つまり、並の剣士じゃ扱えない代物だという事。そして、ソレを扱えるにはどれほどまでのレベルが必要になるかは、実際にソレが実現した時にしか分からないだろう。 とにかく、実用的ではない。それだけは唯一確実に言える事だろうな」
「そうなんだ」
ここまで言って、ようやくミーアの目からキラキラが消えてくれた。
この先俺の弟子になるかもしれないミーアにそんな無謀な物に挑戦心を燃やされても困るからな。
「さて、今日の作業はここまでにするかな」
休憩のつもりで座っていたが、窓の外が暗くなり始めたのを見て今日の作業はここで切り上げようと思う。
「そっか、もうそんな時間になっちゃたんだ。 また明日も来ていいかな?」
窓の外を残念そうに見ながらミーアが聞いてきた。
「あぁ。でも、明日も明後日もその次も、当分の間は鍛錬が続くぞ?」
「うん、それでもいいの。同じ作業を見てるのも楽しいから。 じゃあまた明日もお弁当作ってくるね」
「おっ!それは助かるな」
「そうだ! 明日はユウキ兄ちゃんの夕飯の分もついでに用意してくるね」
「あ、悪い。それは大丈夫だ……」
「え……?」
ミーアの表情が途端に曇る。
これまでに一度もミーアの手料理を拒んだ事など無かった事から、その意外過ぎる俺の返しに驚いたのだろう。
ミーアのポカンとしたその表情には微かに動揺も混じっている。
「ちょっと事情があってな。 当分の間は夕食は自分で用意するつもりなんだ」
「そ、そうなんだ……で、でも、あんまり偏った物ばかり食べてたらダメだからね? あたしの手料理で良ければいつでも作って持ってきてあげるから気が向いたら言ってね?」
「あ、あぁ……ありがとう」
最近のミーアは俺に対してやけに優しい。
以前までは多く作り過ぎたと言って、その残り物をついでの便で持って来てくれるだけだったのが、今じゃ俺の為にわざわざ作ってくれると言うではないか。
おそらく、日本刀の技術開示がそうさせているのだろう。
まったく、現金な奴だ。
まぁ、俺としても妹的存在のミーアに慕われて、正直嬉しく思ったりもする。
しかし、ミーアからのせっかくの厚意(夕食の件)を無下にしてしまった事には罪悪感を覚える。
「じゃあ、あたし帰るね!また明日!」
「おう、また明日」
どこか無理に作ったような笑顔を残し、ミーアは帰って行った。
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