第13話 皮鉄の鍛錬

「じゃあ、次は〝皮鉄かわがね〟の鍛錬だ」


「硬い鋼の方だよね?」


「そうだ。 この鋼が刃の部分となり、そして、日本刀としての切れ味を担保する非常に重要な鋼になる。 まぁ、もう一つの心鉄しんがね(柔らかい鋼)の方も強度を担保しているわけだから、それはそれで非常に重要だ。 だから、どっちが、というよりはどっちも同じくらい重要って事だな」


 俺は解説を挟みながら作業を開始する。


 火床の中へ鋼(皮鉄)を突っ込む。


「皮鉄は硬いからな。しっかりと熱して柔らかくしてやらないと、叩いた時に割れたり、折り返しの時に折れたりする」


「硬いという事はその分、割れやすかったり、折れやすかったりするんだったよね」


「そうだ。 さっきは、皮鉄と心鉄、どちらも同じくらい重要とは言ったが、鍛錬の難易度だけで言えば、数段皮鉄こっちの方が難しい」


「そっか。柔らかい鋼のデメリット、『切れ味が出せない』は作る時には関係ないもんね。対して硬い鋼の『割れやすい、折れやすい』は作る時にも影響する。そういう事?」


「あぁ。そういう事だ」


 それにしても、ミーアは理解力がいいな。才能をひしひしと感じる。


 俺はそんな感想を思いつつ、火床から真っ赤になった鋼を取り出し、それを金槌で叩いて引き伸ばしに掛かる。


「叩く時も、鋼と対話するように力の抜き差しを計りながら、慎重に鋼を引き伸ばしていく」


 カンッ――カンッ――カンッ――


「しかし、慎重になればそれだけ時間が掛かる。時間が経てば当然、鋼は冷え、硬化し、割れやすくなってしまう――」


 そう言いながら再び鋼を火床へと突っ込む。


「だから、こうしてまた熱して柔らかくするんだ。これを繰り返しながら割れないように徐々に引き伸ばしていく」


「鋼と対話するようにって? どういう事?」


 俺の言った比喩的表現があまりよくイメージ出来なかったのか、ミーアがそれについて聞いてきた。


「対話するように、っていうのはあくまで比喩表現だ。そういう感覚的な事は教えようにも教えられないからな。こればっかりは実践にてミーア自身で掴んでいくしかない。しかし、口で伝えられない事が出来るようになって初めて、〝職人〟と呼ぶに相応しい存在になれる」


「そっか。そうだよね。 立派な〝職人〟目指してこれから精進していきますね! 師匠」


 冗談の効いた口調。見るとミーアがニコリと揶揄うような笑みを作っていた。


 ミーアから俺へ向けた『師匠』という言葉に対して、嬉しいような、気持ち悪いような……何とも複雑な気持ちになる。

 俺は再び作業の方を向きながら苦笑する。


「はは。師匠はまだ気が早いな。 よし、じゃあ折り返していくぞ」


 充分に引き伸ばした鋼を再度火床へ投入。しっかりと鋼を沸かす。


 取り出し、真ん中にたがねで切り込みを入れ、そこを支点に折り返す。


 カン、カン、カン、カン


「ここでも力の抜き差しをしながら鋼と対話するよう慎重に、折れないように……」


 カン、カン、カン、カン


 作業に集中。

 俺は自然と解説を止めて無言になっていた。


 カン、カン、カン、カン!


「よし!」


 無事、折り返せた。


 山場を越えて、ホッとする。

 なにせ、最初の折り返しが一番折れやすい。

 安堵感からか、ふっと力が抜け、同時に解説を再開させる。


「皮鉄の場合だと、この折り返し鍛錬を15回から20回行うんだ」


「え?そんなにするの?確かシンガネの方は7回で終わったよね?」


 話しながらも作業はそのまま2回目の折り返し鍛錬へ。

 再び火床へ投入。鋼を沸かす。


「あぁ、そうだ。 だから、皮鉄かわがねの鍛錬は難しい上に労力も使う大変な工程なんだ。ちなみに、折り返し鍛錬の目的、覚えてるか?」


 赤く沸いた鋼を取り出し、再び叩いて引き伸ばしに掛かる。


 カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!


「うん。 確か、鋼を硬くする物質のタンソリョウ?それを鋼全体に均一に行き渡せる為と、あと不純物を取り除く為だったよね?」


「おう。正解だ! あと、折り返す度にできる層の数が強靭な鋼を作り出すとも言われていてだな。 例えば15回折り返したとすれば、その層の数は約33000にもなる」


「15折り返しただけで、33000? どういう事?」


 2乗に増えていくからこそ、感覚的数値と実数値とに乖離出る。

 自乗の概念を異世界人であるミーアに理解させるのはさすがにちょっと難しい。


「まぁ、そういうものだ、という風に理解してくれたらいい」


「う、うん……」


 理解が及ばない為か、納得のいかない様子のミーアを横目に俺は作業に集中する。

 再び折り返しの作業に入るからだ。


(折れないように)


 カン、カン、カン、カン


(折れないように)


 カン、カン、カン、カン!


「よし!これで2回目完了だ」


 背筋を伸ばし、「ふぅ」と、一息ついたところでミーアが口を開いた。


「ねぇ、ユウキ兄ちゃん。ひとつ聞いていいかな?」


「ん?何だ?」


 少し休憩。

 椅子に腰掛ける。


「硬い鋼が〝切れ味〟を出すのに、何でカワガネに使う鋼も極上粘性鋼なの? 極上硬性鋼を使ったらもっと切れ味鋭いニホントウになるんじゃないの?」


 ミーアの主張はつまり、強度は心鉄しんがねで担保されているのだから、刃となる皮鉄かわがねは〝切れ味〟に全振りして、より硬質な鋼を使えばいいのでは?という事だ。


「うん。いい質問だな。 それにはちゃんとした理由があってだな。 まず、〝刃〟に求められるのは〝切れ味〟だけではないという事」


「……それは? 一体、何なの!?」


 ミーアは興味津々といった様子だ。前のめりに食い気味に聞いてくる。

 ここまで興味を持って聞いてくれると教える側からしても嬉しい。


「それは〝強度〟だな」


「え?どういう事? 強度はシンガネによって担保されてるから、だからニホントウが折れる事は無いよね?」


「あぁ。確かに皮鉄に硬性の鋼を使ったからと折れはしないし、切れ味の方は抜群に良くなるだろう。でも、〝刃こぼれ〟しやすくなる」


 ミーアの顔に疑問符が張り付く。

 さすがに刃こぼれについてはイメージ出来なかったか。

 だがここで、いちいち説明を挟んでいては一向に話は進まない。

 刃こぼれについては後で説明するとして、ここは敢えて話を前へ進めていく。


「それに何より、日本刀の最大の特徴である心鉄しんがね皮鉄かわがねの二重構造の形に造り込む事が出来ない」


 二重構造の概要は心鉄しんがね皮鉄かわがねで包むようにして巻いて造り込む。

 しかし、硬質な鋼ではその形に造り込む事が難しい。

 

「ただ、それを仮に造れたとして、その時にソレがどのような日本刀になるのかは正直興味がある。 斬る度に刃こぼれして使い物にならない、というのはあくまで仮説だ。 実際にそれが実現した時、それこそ天下無敵の〝最強の剣〟になり得る可能性がある」


 ミーアの瞳がキラキラと輝き出した。


「それってどういう事!? もっと詳しく教えて!」


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