第12話 ミーアの弟子入り志願

「それで、今日はどんな事をするの?」


 目をキラキラさせたミーアが聞いてきた。


「もちろん〝折り返し鍛錬〟の続きだ。やる作業は前回と一緒で、しばらくはこの作業が続く」


「そっか」


 若干だが、ミーアの表情から残念そうな色が窺えた。

 まぁ、見ている方からすれば、同じ作業の繰り返しはつまらないものだからな。


 しかし逆に言えば、この見学をミーアは心から楽しんでいるという事であり、鍛冶職に相当な興味があるようだ。


「この折り返し鍛錬はな、日本刀の性能を決定付ける最も重要な工程と言っていいんだ」


「確か、〝折れない〟〝曲がらない〟粘り強く強靭な鋼を作り出すんだったよね?」


「そうだ」




 作業開始。


 前回は折り返し鍛錬を2回で終了したので、その続きの3回目から始める。


 カンッ!カンッ!カンッ!


 4回目、


 カンッ!カンッ!カンッ!


 5回目、


 カンッ!カンッ!カンッ!


 6回目、この辺りから鋼の最適な状態を見極めていく。


 カンッ!カンっ!カンっ!


 ……う〜ん。もうちょっとかな? もう一回、いっとくか。


 7回目、


 カンッ!カンッ!カンっ!


 ……うん。これでいいだろう。良い感じだ。


「よし! 心鉄(柔らかい鋼)の鍛錬はこれで終了だ」


「終わったの?」


「あぁ。硬さ成分である炭素量も均一になって、不純物も取り除かれた。粘り強い良質な鋼だ」


「なんか、最初と比べて小さくなったような?気がするんだけど」


「お!気付いたか? その通り、最初と比べて大分小さくなっている。不純物が火花で飛んだ結果だ」


「へぇ、なるほど」


「とりあえず一区切りついたし、休憩にするか」


「うん! じゃあ、お弁当食べよう?」


「そうだな。 でも、火床の火をそのままにしてあっち(住居スペース)へ行けないから、こっちで食おう。 暑いけどな」


「うん、分かった! じゃあお弁当取ってくるね!」


「あぁ」


 俺は作業机の上をささっ、と片してスペースを作り、椅子を2つそこへ並べる。

 この椅子も俺の手作り。材料は例の木材店から貰った切れっ端だ。

 

 弁当が入っているであろう手提げ袋を持って、ミーアが戻ってきた。


 俺は2人分の飲み水を用意し、席に着く。

 ミーアは弁当を広げた。


「おぉ! 今日はまた一段と豪華だな!」


「でしょ? 早起きして作ったんだよ!」


 いつもはスクランブルエッグなのが今日は卵焼きだ。それと根菜の煮物に、ハンバーグのような肉料理、さらには唐揚げのような揚げ物まである。


 今朝、ミーアが訪れてきたのは早朝。

 弁当を作ってから来たとなると、日が昇る前から起きて弁当を作ったという事になる。


「張り切り過ぎだ」


 広げた弁当を見ながら呆れたように笑うと、張り切り過ぎちゃた、とばかりに「えへへ」と笑うミーア。


「じゃあ、食べよ?」


「そうだな」


 いただきます、と心の中で呟き、まずは唐揚げらしきやつから食べる。

 うん、やっぱり肉だった。


「うまいな!」


「そう? 良かった」


 と、俺の感想にミーアは微笑みを浮かべてから、ようやく自分も食べ始めた。


 それからはしばらくは2人とも無言で食べていると、ミーアが真面目な顔で口を開いた。


「ねぇ、ユウキ兄ちゃん」


「ん?」


「もし、あたしがユウキ兄ちゃんに弟子入りしたい、って言ったらどうする?」


「……そうしたいのか?」


 そう聞き返すとミーアはコクリと頷いた。


 最近のミーアの様子から特に意外とは思わない。むしろ、そうだろうな、と納得する程だ。


「ミーアのその考えを、ルカさんは知ってるのか?」


「ううん、知らない」


 と、首を振るミーア。

 その表情からはミーアの複雑な思いが見て取れた。

 父であるルカさんへの申し訳なさからだろう。でも、自分の気持ちには嘘はつけない。

 その葛藤に苦しんでいるのだろう。


 だが、俺としてはミーアの弟子入りを拒む理由は無い。むしろ歓迎だ。

 なにせ、今の俺は日本刀造りに手を取られ、本業の包丁や斧の生産が疎かになりつつある。つまり人手不足という事だ。


 今後もおそらく日本刀製作の依頼は訪れるだろう。その時、ミーアが弟子として包丁や斧の生産を担ってくれれば大変助かる。

 もっとも、その域に達するまでそれなりに時間は要するだろうが。

 しかし、俺の助手として手伝ってくれるだけでもありがたい。


 少し考える間を置き、ミーアの真剣な表情に応えるよう、俺もまた真剣な顔でミーアの方を向く。


「……条件がいくつかある。 それでも良ければミーアを弟子としてとろう」


「本当!?……でも、その条件っていうのは……」


 俺の言葉を聞いた瞬間、とりあえず承諾を得られた事が嬉しかったのだろう、ミーアは一瞬表情を明るくしたが、でもやはり『条件』が気になったのだろう。すぐに、心配そうに表情を曇らせた。


「まず1つ目はルカさんに、ミーアのその考えをちゃんと話す事。そして、了承を得る事。 次に2つ目、おそらくだが、ミーアは鍛冶職というよりは、日本刀に興味があるんだろう?」


「え?違うよ? ユウキ兄ちゃんの造るもの全てに興味があるんだよ? 確かにニホントウへの関心が一番なのは認めるけど、ユウキ兄ちゃんの作る包丁にも興味関心はあるよ。本当に凄い包丁だと思う。実際に愛用してるしね。 あたしはユウキ兄ちゃんの職人としての凄さに憧れているの」


 これは意外だった。

 てっきり俺は、


 私が興味を持つのは世間を賑わす〝ニホントウ〟だけです。なので、弟子にして下さい。


 という事なのだろうと思っていた。

 仮にそうだったとしても別に構わないとは思っていたが、ここまで情熱的に弟子入りを志願してくるとは驚きだ。

 ミーアのやる気は充分だ。やる気のあるやつは嫌いじゃない。


「そういう事なら話は早い。 2つ目の条件は、まずは包丁や斧の造り方から順に教えていく、という事だったんだ。というのも、俺は今、日本刀造りに忙しい為そっちまで手が回らないんだ。だからミーアにはまず一番の売れ筋である包丁造りの方を担って貰いたいと思っている。 もちろん、順を追って日本刀の製造技術も伝えていくつもりだ」


 ここまで聞いてミーアが頷く。


 もしもミーアが本当に弟子になったら、俺は鍛冶職人としての全てをミーアへ継ぐつもりだ。

 

 まだ決心しているわけじゃないのだが、俺はもしかしたら近い将来、鍛冶職人を引退するかもしれない。

 

 そうなった時に、俺の積み上げてきた技術を無に帰すよりも、それを後継者に継いで残したいと考えるのは仕事人として、

 いや、もはや人として至極当然の欲求だと思う。


 そして出来れば、全く知らないやつよりもミーアのような妹(違うけど)に継がせたいと思うのが心情である。

 

「そして3つ目だ。 これは弟子入りの条件というよりは労働条件だな。 休みは週休2日で、給金は、週に金貨1枚出す」


 異世界この世界では『月給』ではなく、『週給』の概念で扱われている。

 そしてこよみの数え方も前世の世界と多少異なる。


 1週間を10日として数え、『月』の概念の代わりに四季を用い、ひと季節90日で区切る。年は360日だ。

 例えば、今日だと『正暦3014年、秋季54日』という風に数える。


 それはさて置き、俺の出した労働条件にミーアが目を見開いた。


「え? お給金も貰えるの?しかも金貨だなんて……」

 

 弟子にとっての労働力の見返りはあくまで技術開示だ。

 ゆえに、弟子が金銭的報酬を受ける事は基本的には無い。

 但し、絶対に無い、という訳でも無い。

 職人によっては給料を出す人もいる。が、それでも週給で銀貨数枚レベルが大半であり、金貨は破格の部類に入るらしい。

 

「人の労働力とはそれくらいの価値があって当然だ。それに、実力を備えていく度に昇給も考えるつもりだ」


 ミーアが実力を付ける事即ち、売り上げが伸びるという事。

 その恩恵を社員(弟子)に還元するのは当然の事だ。

 それに、ミーア自身の奮起を促す効果も得られるだろう。


「……凄すぎる。いいのかな、そんな……」


「もちろんだ。 その分、早く技術を身に付けて俺の助けになってくれよ?」


「うん。ありがとう」


「まぁ、それもこれも、まずはルカさんに話を通してからだ」


 ルカさんからしてミーアは弟子候補として計算していたかもしれなない。それを俺が、横から掻っ攫っていくような形で、ルカさんとの間に、亀裂が生じるのだけは避けたい。

 ルカさんほどの腕の立つ職人もなかなかいないからな。


「そうだよね。分かった。 じゃあ、今日にでもお父さんに話すよ」


「あぁ。頑張れよ。 よし!じゃあ、そろそろ作業を再開させるか!」


「うん!」


 弁当を全て平らげ、『ごちそうさま』と心の中で呟く。


 そして日本刀造りへと戻ると、次工程、〝皮鉄かわがね〟の鍛錬に入っていくのだった。


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