第11話 ミーアの作務衣
孤児院から帰宅後。
俺は今、ミーアの作務衣を作っているところだ。
糸の通った針を片手に、ミーアの背丈を思い出しながら順調に布同士を縫い合わせていく。
これも、マリーさんによる指導の賜物だ。
とは、頭では思いつつも、本音の部分では、ものづくり全般における俺の〝応用術〟が働いた影響だと、そうも感じてしまう自分が情け無い。
高校卒業後、企業に就職する際に父から贈られた言葉がある。
『常に謙虚いろ。人を敬え、感謝する心を忘れるな。 自分自身に厳しく、他人には優しくあれ。 人は成功した時ほど自分自身が見えなくなり、愚かになる。だからこそ、自分で自分を厳しい目で見て、律する姿勢が大事になる。 案外、他人の本音は見て取れるものだ。となれば、その逆もまた然り。お前が思っている以上にお前の本音は
と、そんな長い言葉だったが、今でも鮮明に思い出される程、俺の中で大きく、大事にしている言葉だ。
なにせ、歳を重ねるほどに、父のこの言葉が骨身に染みてくるのだから、忘れようにも忘れられない。
鍛冶職人として売れ、日本刀が評判となり、もはや今の俺は成功者と言っていい。
そんな、俺の本音の部分には、薄汚いと思えるような人間性が随所に見えている。
しかし、分かっていながら直せないのが、また厄介なところで。
なにせ、コレが俺だから。
〝本音〟だからこそ、直そうにも直せないのだ。
俺は、そんな自分が大嫌いだ。
――と、一体何からこんな話へ繋がったんだ?……そうか。マリーさんへの感謝の念についてからか。
まぁ、それはそれで大事な事。
肝に銘じておくとして、
「――よし、出来た!」
自己嫌悪に耽っている間にも淡々と作業は進んでおり、気が付けばミーアの作務衣は完成していた。
「心配なのはサイズだな……」
さすがに女の子の身体を採寸するというのも気が引けた為、ミーアを頭に浮かべ、それに合わせるようにして仕立てたのだが、どうだろう……?
完成した作務衣を張るようにして持ち上げ、そこにミーアのイメージを重ねるが、
「う〜ん。結局、実際に着てみなきゃ分からないか……」
まぁ、いい。
合わなかった時はまたその時に考えるとしよう。
◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎
――翌朝
朝の日課であるコーヒーを飲んでいると、
トントン。
「おはよう、ユウキ兄ちゃん起きてる?」
店側ではない住居側の扉が叩かれると同時に、ミーアの声が聞こえた。
俺は扉を開く。
「あぁ。 おはよう、ミーア」
「……えっと、もしかして、早く来すぎちゃったかな?」
作務衣姿ではない俺を見てか、ミーアは気付いたかのようにそう聞いてきた。
「まぁ……そうだな、まだ早いな。 悪いが俺は見ての通りだ。さっき起きたばかりで、まだ何も準備してない」
「……そっか。じゃあ、待ってる。 中、入ってもいい?」
「あぁ。 とりあえず、その辺に適当に座っててくれ」
今更だが、俺の住居スペースは狭い。
六畳ほどの一室に、ベッドと、机、それぞれ壁際にぴたりと付けたような配置だ。
それと、椅子は2つ。それぞれ、机の場所と、壁際にひとつずつだ。
「うん。 あ、それとこれ、ありがとう。 ここに置いとくね?」
「ん? あぁ」
前回俺が貸した作務衣だ。
洗濯済みなのだろう、綺麗に畳まれている。
「あと、これお弁当。あとで一緒に食べよ?」
「おぉ! ありがとう」
ミーアはそれらを机の上に置くと、部屋の隅の方にある椅子の方へと歩み寄り、そこへちょこんと、しゃがみ込むようにして座った。
ちなみに、ミーアが腰掛けたその椅子は、脚が極端に短く、簡易的な造りをしている。
ゆえに、ミーアはしゃがみ込むような格好となっているわけだ。
そしてこの椅子は俺が作ったもので、材料は木材店からタダで譲り受けた切れっ端。
それを有効利用したというわけだ。
俺は机の方の椅子に座り、飲みかけのコーヒーを手に取った。
「ミーアも、コーヒー飲むか?」
「要らない。よくそんな苦いの飲めるね?」
「これを飲まなきゃ俺の一日は始まらないも同然だ。目覚めの一杯ってやつだな」
俺はそう言って、コーヒーを一気に飲み干し、
「よし! 始めるか!」
と、俺は立ち上がり、売り場スペースへ向かう。
作業を始める前に、昨晩仕立てた作務衣をミーアに渡す為だ。
売り場スペースが一番清潔だという理由から、そこにて保管していたのだ。
それを持って元いた住居スペースへと戻り、ミーアへそれを差し出す。
「?」
しかし、ミーアは小首を傾げ、疑問の表情で俺を見上げる。
「これはミーア専用だ。 今日も暑い作業だからな。今の内にこれに着替えろ」
「あたし専用? もしかして、あたしの為にわざわざ用意してくれたの?」
「まぁ、そうだ。 いつも俺のを貸すわけにもいかないからな。 それじゃあ、俺は隣りで作業の準備をしてるから」
俺はそう言って、隣りの作業部屋へと向かおうと、くるりと踵を返し、ミーアに背を向けた。
ちょうどその時、
「ユウキ兄ちゃん」
「ん?」
背後から呼び止められ、振り返ると、
そこには作務衣をぎゅっと抱き締めたミーアがにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
「すっごく、嬉しい。大事にするね」
「……あぁ」
別に、喜ばそうというつもりで作ったわけでは無かった。
ただ、必要だろうと思い立ち、どうせならミーアに似合う可愛いらしい物がいいだろうと、割と淡々とした思考の下に作られた産物だった。
だが受け取ったミーアはまるで〝プレゼント〟を貰ったかのように、込み上げた嬉しさをそのまま笑顔へ変換したかのような……そう、つまり、何が言いたいかというと、
本当に、嬉しそうにしているのだ。 あのミーアが、だ。
仮に、俺からも喜ばそうとしたつもりで〝プレゼント〟したのであれば、ミーアの今のような反応も素直に嬉しいと思えただろう。
だが、実際には違う。
俺はただ単に〝必要物質〟として贈っただけだ。
この温度差が、なんだか申し訳なく思えてきて、胸が痛くなる。
「どう? ユウキ兄ちゃんこれ、似合う?」
作務衣に着替えたミーアが、住居部屋から作業場の方へと小さく、ぴょん、と跳ねるようにして現れた。
その姿を見て、
うん。 とりあえずサイズは良かったようだな。と、ひとまずは安心。
「うん。良いんじゃかいか? 服のサイズも良かったみたいで何よりだ」
「うん。 少しだけ肩幅のところが大きく感じるけど、キツいよりは全然良いし、むしろ少し余裕があるくらいの方がゆったりと着れて良いかもしれない。 それに、色も凄く可愛いし、本当、ユウキ兄ちゃんさすがだね! あ、そうだ。そういえば姿見あったよね?」
「あぁ。 店のカウンターの所だ」
「ちょっと見てくる!」
軽快なステップを踏むような足取りでミーアは売り場の方へと行くと、「わー!凄い!可愛い!」といった歓喜の声が聞こえてくる。
こんなに喜ぶとは想定外。
俺は炉に火付けると、炭を足し、その火力を強めていく。
その作業中、
『――時としてアンタのその優しさはその子を苦しめ事になるかもしれない。気をつけな』
と、生地屋の女店主から言われた言葉が、ふと、一瞬だけ脳裏を掠めたのだった。
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