第10話 〝魔力持ち〟のエル
押し問答の末、マリーさんは俺に押し切られる形で金を受け取った。
「……ありがとう。さっきは強がって拒んだりしたけれど、実際のところは、ユウキ君からのこうした援助は本当に助かっているの」
マリーさんは申し訳無さそうに感謝を口にした。
「その言葉が聞けて正直ホッとしました。 実は俺の事を迷惑に思ってるんじゃなかとも思ったりしていたので。 でも、そうじゃなかった!これからも思う存分貢がせて頂きます!」
「そんな笑顔で『貢がせて下さい』だなんて言う人、ユウキ君くらいよ。変な人ね……ふふ」
ようやくマリーさんらしい笑みが戻った、と思ったのも束の間、
「それにしても、ユウキ君には本当に助けられてばかり……本当にごめんね」
そう続けると、すぐにまた、しゅんと表情を暗くした。
「その逆ですよ。助けられたのは俺の方です。今の俺があるのは間違いなくマリーさんのおかげなんですから。 あとそれと、俺はマリーさんには笑ってて欲しいです。なので、そんな悲しい顔よりも、笑って、ありがとうって、言ってくれた方が俺は嬉しいんです」
俺はそう言ってマリーさんに笑顔を催促する。
「……そう、なの? うん、じゃあ……あ、ありがと、ね? これで良い?」
するとマリーさんは少しぎこちない感じの笑みを作ってみせた。
「う〜ん。ちょっとぎこちないけど。しゅんとした顔よりかは断然そっちが良いです!マリーさんの笑顔は俺の元気の源ですから!」
「もうっ、大袈裟ね」
マリーさんはそう言いつつも、嬉しそうに顔を綻ばせた。
そうだ。今のその顔だ。その天使のような微笑みが俺は好きなんだ。
「そういえば、また新しい子が入ってますね?見た感じ、成人してそうに見えましたが……」
さっき別の部屋で加工食品の梱包作業をしていた女の子の事をふと思い出し、その事をマリーさんへ投げ掛ける。
「あぁ、彼女ね。 そうよ。ユウキ君の見立て通り、彼女は17歳。既に成人しているわ」
孤児院に身を寄せる者は、身寄りのいない、それでいて一人で生きていく術を持たない子供であるケースが大半だ。
成人してから
「17歳から孤児院ですか……? まぁ、20歳で拾われた俺が言うのも変ですけど……」
聞き返した直後、自分の事を思い出して俺は苦笑した。
「彼女はちょっと訳ありでね……。もしかしたら、彼女はずっと自立できないかもしれないの」
何か訳があって社会に出るのが難しいという事だろうか?
「という事は、ずっと孤児院で?」
「どうしても自立の
マリーさんは一度受け入れた孤児を途中で追い出したりはしない人だ。
必ず、その子の人生の道標を敷いてから社会へ送り出すのがマリーさんの流儀。
だがその反面、待機孤児が一向に減らないという問題が付き纏う。
「その訳って……聞いても良いですか? もし俺に何か力になれる事があれば、と思いまして……」
聞いていいものなのだろうか?
そんな葛藤を持ちつつ、俺は聞いてみた。
「……そうね。 ユウキ君には言っておいた方がいいかもね。 彼女の名前はエル・カストレア――」
「それって……」
家名があるという事はつまり、貴族という事だ。
そして、ここカノン村からそう離れていない所に位置する商業都市カストレアを取り仕切る貴族と同じ家名だ。
「そう。実は彼女は商業都市カストレアの統治者、カストレア男爵家のお嬢様だったの」
『お嬢様
過去形という事は今は違うという事だろうか?
「……何でまた、そんな人が
俺が言うのも変だけど、と思いながらも聞いてみた。すると、マリーさんは言いにくそうに答えた。
「実は彼女、〝魔力〟を持っているらしいの――」
異世界ファンタジーには欠かせない要素――〝魔力〟。
漫画やアニメでお馴染みのそれはこの世界にもある。
〝魔法〟や〝魔術〟その呼び方はそれぞれだが、それら魔の力を制する者は異世界を制する。
したがって、〝魔力〟を持つという時点で誉れであるのが、俺の知る漫画やアニメの世界での常識である。
しかし、
この世界での常識――
魔力を持ち、魔術が使える者は〝男〟だけ。
仮に〝女〟で魔力を持つ者が現れたならば、それは〝魔女〟の再来かもしれない――。
〝魔女〟――それは大昔に実在したという、そのたった一人の存在だけで全世界を恐怖に陥れたという、最強にして最悪の女魔術師の事を指している。
以降、女であって魔力を持つ者が現れた際には都度、処刑し、その憂いを絶っていたという歴史がある。
しかし、そんな魔女狩り的制度もここ数百年の間に廃止となり、今では女性でありながらも魔力を持った者は存在しているとの事。
〝魔女〟による混沌の時代は千年も昔の事らしいが、今を生きる人々の心にも〝魔女〟は恐怖対象として根強く存在し、恐怖の記憶は千年経った今も色褪せる事無く伝承され続けている。
それほどに当時の〝魔女〟による破壊活動は凄惨を極めたものだったのだろう。
ゆえに、今の世であっても女で魔力を持つ者は、その力をひた隠しにしなければこの世界で生きていく事は難しい。
もしも、その力が世間に露呈しようものならば、その者は身を潜め、ひっそりと生きていく事しか出来ない。
これが一般的見解であり、常識だ。
マリーさんは彼女――エルについて話してくれた。
男爵家の貴族令嬢として貧乏貴族ではあったものの、お嬢様として大事に育てられていたエル。
エルには弟が一人いて、エルは弟を大変可愛がり、弟もまた、優しく接してくれるエルの事を慕っていた。
ある日、弟と庭で遊んでいた時に弟が転び、膝に軽い擦り傷を負った。
まだ幼かった弟は泣きじゃくりながらエルのもとへ駆け寄った。
――単なるおまじないのつもりだった。
エルは泣く弟を優しく宥めるように、『痛いの飛んでいけー』的な軽い気持ちで掌を傷口にかざした。
その瞬間、エルのかざした掌から青白い光が出現し、みるみる内に弟の傷は治っていった。
その場に居合わせた母やメイドはその現場を目撃し、絶句。エル本人も絶句。
幼い弟すらも、驚きに目を見開いていた。
そして次の瞬間、『――魔女!!』という悲鳴のような声がその場に響いたのだった。
その後、カストレア家の中でエルの処遇について審議がなされた。
その際、母はエルの魔力の事については世間にひた隠しにしながら何とか今まで通り家族として共に暮らせないだろうかと、事なきを得ようと夫であるカストレア男爵に進言したが、下された結論は悲情なものだった。
下級貴族に分類されるカストレア男爵家は金に困っていた。
見目麗しいと社交界で定評のあるエルならば、いくら〝魔力持ち〟であってもそれなりの値で売れるのではないかと、あろう事かカストレア男爵は娘であるエルを奴隷商へ売り飛ばすという判断を下したのだ。
エルの事を庇おうとしていた母も、当主であるカストレア男爵の下した決断には従うほかなかった。
こうして〝魔力持ち〟のレッテルを貼られた上で、エルは奴隷商にて商品として売り出される事となった。
当初はその容姿の良さから高値で売り出されていたエルだったが、〝魔力持ち〟のレッテルは予想以上に客を寄せ付けなかった。
徐々に売値は下がっていき、当初の売値の半値となったところで、エルの買手が決まった。
エルを買ったのは平民の男で、その男は平民だが貴族の社交界に顔を出せるほどの有力者だった。
その為、男は以前からエルを知り、そしてその麗しい容姿に魅了されていた。
しかし、平民の彼からすればエルは絶対に手に入らない高嶺の花。
そんな時、エルの身に起きたここまでの顛末を聞き及び、さらに大きく値崩れしている事を知った。
当初の半値にまで落ちたその金額は、平民とはいえ富裕層にあたる男であれば何とか手の届く範囲のものだった。
まさに、憧れのエルを自分のものにできる絶好のチャンス。
とはいえ、大きく値崩れしたその額でも、男にとっては決して安い金額では無かった。
しかし男に迷いは無く、ほぼ即決でエル購入を決めたのだった。
男の目的はエルの身体だった。
既に妻子持ちであった男は、家族にバレないよう、目を盗みながら、エルを性奴隷として飼い殺そうと企んでいたのだ。
「あ、ちなみに、男が以前からエルに目を付けてた、ってくだりは男本人がそう口にしてたみたい。『まぁさか、あの、エルちゃぁ〜んが、僕だけのものになる日が来るなんてぇ〜なぁ!! ぐへへへへ』って、こんな感じに言ってたみたい。 うぇ〜。想像しただけで気持ち悪いね」
話の途中、マリーさんは変なモノマネ付きの補足を挟んだ。
たまに、やって来るのだ。
何の前触れも無く突然にやって来る、マリーさんの変なテンション。
そしてそれはすぐに、まるで何事も無かったかのように颯爽と去っていく。いつもそのパターンだ。
俺はその度に、反応に困り果て、苦笑いで返しているのだ。
マリーさんは気を取り直すように軽い咳払いを挟み、話を再開させる。
購入されたエルが連れ来られたのは、人気の無い山奥にある小汚い小屋。
エルは男によって小屋の中へと強引に押し込められ、そして、押し倒された。
エルが抵抗する中、男はエルの上に跨り馬乗りになると、力でエルの身体を押さえつけ、無理矢理服を剥ぎ取ろうとした。
エルは必死に抗うが、男相手に力で敵うわけもなく、
もうダメだ――
エルがそう諦め掛けた次の瞬間、
――ドン!!
気付けば男は壁にもたれ掛かった状態で失神していた。
エルはその場からすぐさま逃走。孤児院へと逃げ込んだ。
だが、その時にはまだ孤児院には入れず、エルはホームレス生活を強いられながらも待機孤児として孤児院から食糧や物資の支援を受けながら孤児院に空きが出るのを待った。
そして、今から数日前にようやくエルは孤児院で暮らせる運びとなった、との事らしい。
そこまで聞き終えると、俺はマリーさんへ疑問を投げ掛けた。
「それで、マリーさんはその、エルって子に対して恐怖心は抱かないんですか?」
「えぇ、まったく。 女で魔力を持っているからって、かつての〝魔女〟と結びつける方がどうかしてるわ。この千年の間、エルのような女性は幾度となく現れているけど、〝魔女〟と呼ばれるような者は現れていない。〝女〟と〝魔力〟が重なったからと〝魔女〟に結びつけ、蔑視するのは絶対に間違ってる。 ユウキ君は魔力持ちと聞いてどう?恐い?」
マリーさんは真剣な表情で自分の考えを言うと、今度は俺へ問い返してきた。
「いいえ、まったく。俺もマリーさんと同意見です。 これは俺個人の推察でしかないですけど、今の人達は魔女が恐ろしいというよりも、魔力持ちの女を嫌う、その世間の風潮に流されているだけなんじゃないでしょうか。」
「確かに、ユウキ君の言う通りかもね。人は皆大衆に流されるものね。『みんなが言うから、そうなんだ』そんな風潮がエルみたいな子を生み出し、苦しめるの。 でも、良かったわ。ユウキ君がそう言ってくれて。 それよりユウキ君、さっき『俺にもし出来る事があれば――』って言ったわよね?」
「えぇ、まぁ、言いましたけど……」
「私ね、エルの事、なんとかしてあげたいの。 協力してくれる?」
要するに、エルにも明るい未来を与えてやりたい。そういう事だろう。
エルを取り巻く環境をなんとかしてやりたい。
その思いから俺に協力を仰いできた。
それも、マリーさんからだ。
嬉しい事だ。
マリーさんの頼みとあらば引き受ける他あり得ないだろう。
「もちろんです!」
それに俺とて、エルには興味がある。
――え?いや、ち、違うよ? エル本人に、じゃないから!
興味があるのはエルの持つその
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