第9話 マリーさんの笑顔

 マリーさんのあの取り引きから2年。


 俺は鍛冶職人として大成し、

 そしてマリーさんは見事、俺という金蔓かねずるを得る事が出来た――はずなのだが、


「もうこれ以上、ユウキ君に迷惑を掛けるわけにはいかないわ……」


 俺から差し出された寄付金(上納金)を見ながらマリーさんは困ったように遠慮を口にした。


「何を言っているんですか?マリーさんは俺から堂々と金を受け取れる権利があるんですよ? あの時の契約を忘れたんですか?」


「いくらなんでも金額が違いすぎるのよ。私があの時ユウキ君に投資した額は聖金貨15枚。対して、これまでにユウキ君から貰い受けた金額は聖金貨にして50枚相当。あの賭けによる恩恵は充分過ぎるほどに貰ったわ。 私はね、ユウキ君の鍛冶職人としての未来を邪魔するような存在にだけはなりたくないの。これからは自分の為にお金を使っていって欲しい。ユウキ君ならもっと上の鍛冶職人を目指せるはずでしょ?その為にもお金はきっと必要なはず。 だからもう、このお金は受け取れないわ」


 俺は呆れたようにため息を吐いた。


 結果良かったものの、もしも俺が鍛冶職人になれていなかった場合、孤児院は閉鎖へ追い込まれ、マリーさん自身も路頭に迷う事になっていただろう。

 そこまでのリスクを負った事を鑑みれば、聖金貨50枚などまだまだ少な過ぎだ。

 俺の感覚だと、聖金貨200枚、いや、300枚でも割に合わない。

 やはり孤児院のATMと化すのが妥当だろう。そもそも、その約束だったし。


 とはいえ、いざそれを実行に移そうとした時に、それが出来ないのがマリーさんという人だ。


 まったく。賭けに勝っても、その恩恵を受けるのに躊躇するなど、ギャンブラーの風上にも置けない人だ。


「やはり、マリーさんはギャンブラー失格ですね」


「え?何?」


 俺の呟きに反応したマリーさんだったが、その事には敢えて触れず、

 いざ、攻撃開始。


「俺が鍛冶職人として売れ始めた頃、『やった!これでもっと沢山の子供達(孤児)を受け入れられるわ!』なんて言いながら建屋の増築に意気揚々と乗り出した人がよく言いますよ」


 マリーさんは痛い所を突かれたとばかりにギクリと表情を歪めた。

 俺はさらに続ける。


「元々、最大10人までしか受け入れられなかったのが、今では15人まで受け入れ可能になり、当然10人だった時よりも支出額は増えているはずです。かといって、収入源であるジャムや漬け物といった加工食品や農作物のその売り上げ高は……?」


 問うような俺の視線にマリーさんは目を伏せ、首を振った。

 よしよし、いい感じだ。


「ですよね。 10人だった頃でさえ火の車だった運営状況。15人となった今のこの状況で、俺からの援助金を絶って、どうやってこれからの孤児院を切り盛りしていく気ですか?」


「……それは……」


 マリーさんは何も言い返せない。


「そもそも俺は、孤児院の為、マリーさんの助けになりたくて鍛冶職人になったんです。俺にとって孤児院ここは故郷なんです。故郷を守りたいと思うのは当然の事です。それはダメな事なんですか?」 


 マリーさんは顔上げ、俺を見た。

 ここで一気に畳み掛けていく。


「守りたいと思っても、守れるだけの力が無かった。……でも、やっと俺はなれたんです!孤児院の力になれる存在になれたんです! もっと俺に頼って下さい、マリーさん。お願いです。それが俺の願いであり、本望なんです」


 ここまで言い終えると、マリーさんの目には薄っすらと涙が溜まってるように見えた。


「……ありがとう。ユウキ君。 正直言うと、運営状況はかなり苦しい。 孤児院を拡張した時は確かに、ユウキ君からの援助金をアテにしてのものだった。でも、ユウキ君からの援助金がかさんでいくにつれて、次第に申し訳無さから苦しくてなってきてね……。こんなにお金を他人ひとから巻き上げて、私は一体何をしてるんだって、自分の事が嫌いになって……でも、孤児達子供達の為にもお金は必要で……」


 弱々しくそう言葉を紡ぎ出すように言ったマリーさんは、本当に申し訳無さそうで、今にも涙が溢れ落ちそうな表情をしていた。


 そんなマリーさんを見て、思わず抱き締めたいという衝動に駆られた自分自身に驚きつつ、その芽生えてしまった男心をぐっと堪える。


「マリーさん。俺はマリーさんの事を他人だと思った事はありません。家族だと思ってます。だから、もっと俺に頼って下さい」


 そう言うと、マリーさんは「……はい」と、小さく頷いたのだった。


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