第8話 マリーさんとの取り引き

『俺はまた金型かながたが作りたいです』


『え?』


 俺の言葉にマリーさんが首を傾げている。


 異世界こちらへ来てからの俺の中にある虚無感の元凶、本音。

 それが無意識の内について出たのが今の言葉だ。


 だが、〝金型〟なんて単語は当然異世界この世界には無い。

 今みたいな異世界こちらの世界に無い言葉を無闇に口走るのは危険だ。


 もしも、異世界こちら側の人間が、俺の事を異世界人として認識した場合、その時にどういった扱いを受けるかは未知数。


 中世ヨーロッパにあったという異端審問みたいに、俺の事を異端だと判断して身柄を拘束、最悪は処刑される、なんて事も考え得る。


 さすがに今の失言ひとつでそこまでの展開には至らないだろうが、コミュニケーションをとる上でも相手を混乱させるような今みたいな発言は良くない。今後は気を付けようと思う。

 

『カナ、ガタ? それは一体何?』


 と、案の定マリーさんは疑問符を浮かべていた。




 ここで〝金型〟について少し説明しておく。


 〝金型〟とは、日本が世界に誇る生産設備であり、生前の頃、俺はこの金型の製造に携わっていた。

 言わば俺は〝金型職人〟と呼ばれる存在であり、そして父もまた金型職人だった。


 生前の世界において、身の回りにある工業製品のほとんどは〝金型〟から作り出されている。

 

 代表的な一例としてプラスチック製品が挙げられる。

 数あるプラスチック製品の中で何が、というわけではない。全てだ。プラスチック製品の全てが〝金型〟から作り出されている。


 ちなみに、金型から作り出される工業製品はプラスチック製品だけではない。

 車のボディやフライパンといった塑性そせい加工から成る金属製品も金型を介して作られているが、そこについての掘り下げは今はしない。


 今はプラスチック製品を作り出す〝成型金型〟に的を絞って話を進める。


 まず〝金型〟を簡単に説明すると、金属から成る型。字面のまんまをイメージして貰えればいい。

 その金型の中に樹脂(プラスチックの素)を流し込み、その中で固まった物がプラスチック製品となる。

 これが〝成型金型〟と分類される、広い金型の分野の中の一種である。


 もう少し踏み込んだ話をしていく。

 例えば、ある企業がアニメの人気キャラをフィギュアにして売り出したい、とした時に、粘土細工や木工細工とかで一つ一つをハンドメイドで作ったりなどはしない。

 製造コストの掛かり過ぎで、フィギュアの単価だけが跳ね上がってしまう。

 それに、ハンドメイドだと一つ一つのクオリティにもバラツキが出る。

 じゃあどうするか?


 対象物の形状(フィギュアの形状)が施された金型に樹脂を流し込み、固める。

 固まった樹脂それを金型から取り出せば、それがフィギュアの形を成している。という寸法だ。


 なので金型さえ出来てしまえば、あとは樹脂を流し込んで固めるだけの簡潔な作業となり、大量生産が可能となるわけだ。


 そして、大量生産が可能という事は安く作れるという事と同義であり、

 さらには個々にバラツキの無い精度の高い生産も可能になる。


 まさに致せり尽せりの夢のような生産設備、それが〝金型〟である。


 だが、デメリットもある。

 それは〝金型〟の製作コストだ。

 生産対象物の形状が精緻であればあるほどその製作難易度は高くなっていく。

 職人の卓越した技術力が必要とされ、時間と労力も掛かる。

 

 そして何より、というか、そもそも、金属を加工する為の工作機械が必要だ。


 金型は精度良く加工された金属パーツから構成される。

 その金属パーツは超精密研磨加工によって削り出される。そしてそれは職人が機械を介して行うものであり、

 つまり、いくら腕の良い職人がいたとしても、機械が無ければ何も始まらないという事だ。


 ゆえに、異世界この世界で金型を作ろうと思ってもそれは叶う事のない夢のまた夢であり、可能性で言えばまだ王様を目指す方が現実的かもしれない。

 

『いや、今のは冗談、というか……嘘です……間違えました……』


『???』


 失言に対し、上手く言い繕うにも出てこず、結局は意味不明な返しをしてしまうと、マリーさんは困ったように更に首を傾げた。


『――か、鍛冶職人です!!俺が一番なりたいのはやっぱり鍛冶職人ですっ……』


 結局は鍛冶職人になりたいと、慌てて訂正するが、その訂正先は先程不可能な道としてマリーさんから告げられたばかりだ。

 その事を思い出し、またしても言葉に詰まらせる。


『……ごめんね。鍛冶職人は無理そうなの……』


 と、マリーさんは再び申し訳無さそうに告げる。


 一体俺はさっきから何を言っているんだ。グダグダじゃないないか。


 一呼吸おいて、心を鎮める。


『……そうでしたね。さっきから意味のわからない事ばかり口走って本当にすみません。せっかく俺の為に色々と調べてくれたのに、無神経にそれを逆撫でするような事を言ったりして……』


『それはいいの。力になれなかった事は事実だし』


 この期に及んでも尚、申し訳無いと、表情を暗くするマリーさん。

 一体この人はどれだけ聖人なのか、よもや〝聖女〟とはマリーさんの事を指す言葉なのだろうか?

 とさえ、思えてしまう。


『ちなみに、何故鍛冶職人になるのが無理なのか、その理由を教えて貰ってもいいですか?』


『それは、ユウキ君の年齢が影響しての事みたいなの』


『それはどういった……』


『ユウキ君の年齢は確か20…』


『21歳です』


 俺のコレを〝転生〟と呼ぶとして、厳密に言えば俺は今、1歳という事になるだろう。

 だが、このなりで1歳は明らかにあり得ない。


 なので、享年20歳をそのまま引き継ぎ、それに異世界こちらで過ごした年数(約1年)を足して、それを今の年齢という事にしている。


『普通、職人に弟子入りする時は成就せいじゅの儀を終えた直後、つまり15歳のタイミングが一般的なの。その後、弟子は師匠の下で働きながら技術を習得していく事になるんだけど、何も師匠は弟子にボランティアのつもりで技術の継承をするわけじゃなくて、労働力がその見返りという形で技術の伝授がなされるらしいの。もっとも、己の技術を後世に遺したいという理由も少なからずあるみたいなんだけどね』


『知ってます。15歳を待たずに14歳、もっと早い子だと10歳で弟子入りする子もいるとか。……あぁ、そうか。なるほど』


 そう自分で言いながらピンと来た。


『つまり、俺の弟子入り先が見つからなかったというわけですね?』


 マリーさんは頷き、口を開いた。


『15歳になる前から弟子入りする例はあっても、15歳を過ぎてから弟子入りする例は本当に少ないみたいでね。少し遅れて16歳から弟子入りってパターンが極稀にあるくらいで、それ以降はほとんど無いみたいなの』


 皆15歳で働き始める中、お前は一体21歳まで何してたんだ?

 という事だろう。


 前世の世界でいうところの、

 最終学歴高卒、就職歴無しで24歳から就活するようなものだ。

 面接で、『あなたは一体、今まで何してたんですか?』と突っ込まれてその答えに困り果てた後、落ち続けるそのパターンだ。


『そうですか。ならば、独学で鍛冶職人を目指すっていうのはどうなんでしょう?』


『……え?――ど、独学!?』


『はい。 やっぱり、弟子入りという既存のルートを辿らないと駄目なんでしょうか?』


 普通は下積みから始めるところを、それをせずに飛び級的に一人前として商売を始めようというわけだが、

 もちろんそれをすれば鍛冶職人だけでなく、他の業種の職人達からも良く思われないだろう。

 しかし、それは覚悟の上だ。

 

『駄目ってわけじゃないんだろうけど……そうねぇ。20歳過ぎてから職人になろうと思うなら、確かにその方法しか無いかもね。それに、技術力の証明さえ出来れば職人ギルドにも登録出来るみたいだし。 ただ、他の職人達からの反発や嫌がらせは覚悟した方がいいかも。 正直、かなりの茨の道になると思うよ? ちなみに、商人を目指すっていうのはまったく考えられない? 職人みたいに弟子入りの概念は無くて、誰でも旅商人から始められるから今のユウキ君の状況的にはこっちの方が現実的かもしれない。 世界を移動しながら商売をするのは確かに大変だけど、お金が貯まった時点で自分の店を持ち、それ以降はのんびりとその地で商売できる。そんな商人の道を選ぶ人も多いよ?」


 ――どう?

 と、いった感じに顔色を窺うような上目遣いでマリーさんが言った。


 そりゃ、そうだろう。マリーさんから見れば俺は何の知識も持たない素人だ。

 独学で鍛冶職人になろうだなんて、普通なら笑われて相手にされない。

 それに、独学って言ったって、何を元にどうやって独するんだ?って話だ。


 だが、俺は〝職人〟だ。誰が何と言おうと〝職人〟だ。ゆえに、商人になるつもりは無い。


 さすがに金型職人は諦めるが、金属加工の道は諦められない。

 異世界この世界にもあるんだ。鍛治職人という道が。


 それに、深くはないが、鍛冶についての基礎知識は持っているつもりだ。


 そんな浅い知識だけで鍛冶の道を志すなんて、それは鍛冶の道に生きる者へ向けた冒涜だ!舐めている!


 そんな鍛冶職人達の声が聞こえてきそうだ。


 だが俺はこう思う。

 〝ものづくり〟の本質は全て同じである、と。


 トライ&エラーを繰り返し、成功へ導く。

 その成功体験を積んでいく事、即ちそれが〝技術力〟となっていく。

 俺は前世でそうやって〝ものづくり〟してきた。


 基礎知識さえあれば、そこから応用を導き出せる。

 ある意味慣れた作業であり、俺の得意分野だ。異世界ここでもそれをやれる自信は……ある!


『マリーさん。俺はそれでもやっぱり鍛冶職人を目指したいです。 それに、実は俺、鍛冶について全くの無知というわけじゃなさそうなんです。断片的な記憶があるんです。ひょっとすると、俺はもしかしたら記憶を失う前、鍛冶職人か、その見習いだったのかもしれません』


 という事にしておこう。

 

 そんな俺の半分捏造、半分本当な主張を聞いたマリーさんは驚きに目を見開いた。


『え?そうなの?』


『はい』


 俺の返事を受けたマリーさんは、今度は伏し目がちに考え込むような仕草を取り、そして再び視線を俺に戻した。


『もしそれが本当なら、ひとつ、私と取り引きをしないかしら?』


 マリーさんの声色が変わった。

 いつもは脱力感漂うふわっとした感じの声が、今はハッキリとした声で表情にも真剣さが窺える。


『取り引きとは、一体……』


 俺に何を求めるって言うんだ?

 

『ユウキ君が鍛冶職人になる為に必要な金銭的サポートを私に請け負わせてくれないかな?』


『――はい?』


 この人は一体何を言い出すんだ?

 

 初期投資費用の件については確かに一番の悩み所だ。

 何せ、弟子入りを経由せずに鍛冶職人を目指すのだから、それはまさしく裸一貫と言うやつだ。

 

 全て一から組み立てていかなければならない。

 せめて金さえあれば何とかなるかもしれないが、俺にはそれも無い。

 そこへ、マリーさんの今の一言だ。


 とはいえ、マリーさんとて、孤児院の運営費のひっ迫で毎日頭を抱えている身のはず。

 俺に経済的支援などしてる余裕は無いはずなのだが……。


 しかし、マリーさんは言った。これは〝取り引き〟だと。

 即ち、この話、マリーさんにとっても利があるはずだ。


『どう? この話、乗る?』


 一体、この話の何処にマリーさんに利得があるというのか……。


 とにかく、金の絡む話だ。

 美味い話の裏には必ず落とし穴があるのが通説。

 俺は慎重に頭の中で話を整理するが、やはり落とし穴らしきものは見当たらない。


『一体、何を企んでるんですか?』


 敬愛するマリーさんへ、俺は初めて警戒の視線と言葉を送った。すると、マリーさんはいつもみたいな笑みを零して、


『ユウキ君の可能性に、孤児院の行く末を賭けようと思ってね』


 と、さっぱり訳の分からない事を言いだす。


『は?』


 何て? 俺の可能性? 

 孤児院のあまりの財政難から悩み過ぎて、とうとう頭が沸いてしまったのか?この人は。


『聖金貨15枚。私が出せる金額はこれが精一杯。これで何とか鍛冶道具を揃えて。そして、ここからが私にとって重要な所――』


 マリーさんは一呼吸置いて再び口を開いた。


『誰よりも凄い鍛冶職人になって!! そして、稼ぎに稼ぎまくって、その恩恵を孤児院にもたらして! 鍛冶について素人じゃないんでしょ?なら、大丈夫!やれる!! 私はユウキ君ならやれると信じてる!』 


 思わず口があんぐりと開いて……言葉が出ない。

 何とか、口を元に戻し、言葉にする。


『俺の持つ薄い記憶に、孤児院の未来を賭けるなんて、どうかしてますよ……。今の段階の俺に、鍛冶職人になれる根拠を見出す人なんてマリーさん以外に誰も居ませんよ?』


『根拠?素人じゃないんでしょ?だったら大丈夫。 それにユウキ君は出来る子だって、私の勘がそう言ってる。私の勘って結構当たるのよ? だから、頑張ってね!ユウキ君!』


 更にマリーさんは、『ちなみに』と続け、


『もしも、万にひとつでもユウキ君が鍛冶職人になれなかった場合、その時に、私が肩代わりしたそのお金は返す必要はないから。そうじゃないと公平じゃないでしょ?』

 

 と、付け加えた。


 つまり、マリーさんはお金が戻ってこない事も覚悟した上で出資するという事だ。

 そんなリスクを背負うからこそ、俺が鍛冶職人として花ひらいた時に心置きなく搾取出来る。という事だろう。


 手持ち金元金から金を増やそうとするその思考回路はまさにギャンブラー。

 そして、その思考回路は金がピンチな時ほど駆け巡るものだ。


 ふと、俺の頭に、

 もしもマリーさんが日本人だった場合の、『今日は何だか勝てそうな気がするの!』と、根拠の無い勝算を口にしながらパチンコ屋に足繁く通うマリーさんの姿が思い浮かんだ。


 ともあれ、この話の中に俺にとってのリスクは存在しない。

 何故なら、俺はそもそもマリーさんへ恩返しする為に鍛冶職人を志しているからだ。

 

 マリーさんの力になりたい。でも、今の俺では何もしてやれない。〝力〟が無さ過ぎる。だから、俺は鍛冶職人を目指す。

 それが、異世界この世界で成功する可能性が最も高い道だから。〝財力〟を得ればそれがマリーさんの助けになるはずだから。


 だからこの話に俺にとってのマイナス要素は存在しない。孤児院の金蔓かねずるになる事がそもそもの本望だから。

 

 渡りに船とはまさにこの事だ。

 但し、プレッシャーは大きくのし掛かる。何せ、孤児院の運営資金を充てられるのだ。


 なにがなんでも鍛冶職人なる!絶対に、失敗出来ない!


『改めて聞くけど、この話乗る?』


『はい。もちろん乗ります』


 こうして俺は鍛冶職人になれたのだった。


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