第7話 鍛冶職人になった理由

 一旦家へ戻り、買った布地を置いて再び外出する。

 行き先はマリーさんの居る孤児院だ。


 孤児院は村の外れにある。

 建物の規模はそこまで大きくない。生前の世界で例えるなら平屋の4LDKといったところか。

 こちらの世界基準でいえば平民じゃとても持てないような一軒家だが、ここに十数人の孤児達が暮らすとなると、広いとは到底言えない。


 正門を潜り、敷地内へと踏み入れる。


「あ、ユウキ兄ちゃん、いらっしゃいませ」


 踏み入れた瞬間、右から幼い男の子の声が聞こえ、振り向くとそこには露店があり、その中に彼は居た。


 言うなれば、この露店は孤児院が経営するアンテナショップだ。

 孤児院で栽培している作物とそれらを使った加工食品、パンが売られている。


 前にも言ったが、ここで買うジャムやパン(たまに漬け物)が俺の主食だ。ミーアの持ってくる有り難いが無い時はコレばかりを食べている。


 この世界じゃ砂糖は貴重だからと、ジャムは甘さ控えめだ。正直美味しいとは言えない。

 しかし、ここで買えばその分だけ孤児院に金が落ちる。ゆえに、いくら飽きようともここでの食料調達を辞めるつもりは無い。


「今日もいつものやつ?」


「おう!いつもので頼む。でも、今日はパンを買いに来ただけじゃないんだ。 マリーさん、居るか?」


「うん!中に居るよ!いつもみたいに帳簿とにらめっこしてる!」


「そっか、ありがとう」


 そう礼を言いながら俺は男の子の頭を手荒い感じでワシャワシャと撫でる。すると男の子は嬉しそうに表情を崩した。

 

 まだまだ両親に甘えたい盛りの幼い男の子。

 こんな小さな愛情であっても、孤児である彼にとっては大きな愛情に感じるものだと、マリーさんは言っていた。

 

「うん! じゃあ、パンとジャムは後からの方がいいね!」


「あぁ、帰りの時に買う」


 男の子とのやり取りを終え、建物の中へ入る。


 するとまず目に飛び込んできたのは、狭い空間に数人の孤児達が立ち並び、各それぞれが各々の仕事に対して手を動かしている様子だった。

 俺の存在に気が付いた孤児達は一斉にこちらを向く。


「ユウキ兄ちゃんこんにちはー!」

「あ、ユウキ兄ちゃん!」

「ユウキ兄ちゃんいらっしゃいませー!」

「いらっしゃーい!」


「あぁ」


 俺は孤児達の挨拶に笑顔で返した。


 野菜の仕分けをする者、ジャムの瓶詰めをする者、パンを袋に入れる者――って……ん?見慣れない女の子が居るな。新人孤児か?しかし、周りの子達と比べるとだいぶお姉ちゃんな気がする。ミーアよりもうちょっと上、16歳か17歳くらいだろうか……。その子は一瞬だけ俺の方を見たがすぐに視線を下へ戻した。

 遅れて、挨拶の声を上げた他の孤児達も視線を手元に戻した。


 今居る部屋の隣りが加工食品の工場となっていて、そこでも数人の孤児達が働いていた。


「あ、ユウキ兄ちゃん、いらっしゃいませ〜」

「いらっしゃいませー!」

「こんにちはー」


「あぁ、こんにちは。マリーさんは?」


「院長は奥の部屋に居るよ!いつものところで、いつもみたいに頭抱えてる(笑)」


「ありがとう」


 食品工場の部屋を奥の方へ突っ切り、扉を開けると、そこは何も無い広々とした一室だ。

 12畳くらいだろうか。ここが孤児達の寝るスペースだ。もちろん一人につき一部屋と言うわけではない。

 全員だ。ここに住む孤児全員がここで寝る。

 その際、床一面が孤児達の身体で埋め尽くされる光景は想像するに容易い。


 俺も以前はここで寝ていた。

 もちろん窮屈で、足も伸ばせず、寝返りなんてもってのほかだったが、それでも、

 空腹にボロボロの姿で、頭の中は絶望に支配され、途方もなく異世界この世界を彷徨っていた俺からすれば、孤児院での生活はまるで天国のように感じられた。(一度死んだ身からすると、ある意味異世界この世界は本当に天国だけど)

 何より、異世界この世界で生きていく希望が見出せた。


 その希望を俺に与えてくれた人。自分の事よりも他人の事を心配し、思いやれる人。

 誰よりも優しく、誰よりも清らかで、誰よりも美しい人――


 その人を視界に捉えるといつも感じる、この胸が締め付けられるような感覚。これは一体……。




 何も無い広々とした部屋の中央には脚の短い簡易的な机が置かれ、地べたにじかに座るマリーさんは難しい表情でその机へ向かっていた。


 マリーさんは俺の存在に気付くと「ん?」と、顔を上げ、


「いらっしゃい、ユウキ君。 今日はどうしたの?」


 そう言って、誰よりも優しい微笑みを俺へ向ける。


 でも、その笑顔の裏には深刻な状況に頭を悩ませている事を俺は知っている。


 机の上には帳簿。

 両肘も机の上。

 いつもは綺麗に整っているはずのマリーさんの栗毛色の髪の毛は乱れていた。

 

 俺がここへ辿り着く直前の光景――下を向き、孤児院の厳しい財政事情が記されているだろう帳簿を睨みながら頭を抱え、そのまま己の髪の毛を揉みくしゃにしているマリーさんの様子が目に浮かぶ。


 孤児時代によく目にした光景でもある。


「こんにちは、マリーさん。 今日はその……寄付金を持ってきました……受け取ってもらえますか?」


 辿々しい口調で言った俺の申し出に対してマリーさんは困ったような笑みを浮かべる。


「えぇ?また!?」

 

「お願いです、マリーさん。恩返しさせて下さい。俺がそうしたいんです。 何せ、その為に俺は鍛冶職人になったんですから」


 異世界この世界へ来て3年、その内の2年間で鍛冶職人として今のところまで来た。

 頭の片隅にあった僅かな鍛冶知識を元に、独自の理論を構築し、試行錯誤を重ね、今の技術を身に付けた。

 死に物狂いで努力したその原動力は、異世界この世界で生きていく為ともう一つ、孤児院経営に頭を悩ませるマリーさんを助ける為だ。


 しかし、マリーさんは言う。


「もう充分、ユウキ君は恩を返してくれたわ。本当、充分過ぎるくらいにね。もうこれ以上、ユウキ君に甘えるわけにはいかない」


 俺は首を振る。


 俺が鍛冶屋を開く際、その開業資金をマリーさんが肩代わりしてくれた。

 確かに、その時借りた金額は既に返済済みだ。


 ただ、その時の金額をそっくりそのまま返して、はい!終わり!とは、到底思えない。……思いたくない。


 そもそも、マリーさんから借りた金額と俺が返した金額とでは、たとえ同じ金額であっても意味合いと重みはまったく違う。

 決して安くはない、むしろ高額だったその金をマリーさんが工面してくれなければ、その後に俺が稼ぐ金も無かった。さらに言えば今の俺も無かった。

 感謝してもしきれないとは、まさにこの事。


 孤児院を背負い、ただでさえ金に困っているはずのマリーさんが、俺の為にそんな高額を……


 と、言いつつも、


 実はマリーさんとて、ただただボランティア精神というだけで金を出してくれたわけではなかった。

 マリーさんにはマリーさんなりに、したたかな思惑があっての事だった。




 ◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎


 


 これは、俺が鍛冶職人を志し、初めてその旨をマリーさんに告げた時の事だ。


『マリーさん。俺、鍛冶職人になろうと思います』


『鍛冶職人!? すごいじゃない!!』


『いい歳した大人がいつまでも孤児院ここに居座るわけにはいきませんからね』


 あくまで孤児院は、身寄りを無くした子供達が自分一人で生きていけるようにサポートをする場所。

 

 つまり年齢を重ね、自立の芽が出てきた者から順に孤児院を去って行かなければ、後に控えている孤児が入ってこれない。

 

 孤児は日々増え続けている。

 一方、孤児院の定員枠は精々10人が限度。


 孤児を世界から無くす事はおそらく不可能。

 だが、一人でも多くの人を助けたいと、マリーさんは言っていた。

 ならば、孤児の出入りの循環を素早いものにするしか無い。そう考えた時に、俺は直ちに孤児院を出て行かなければならない存在だと気付いた。どう見ても孤じゃないし、大人だし……。


 マリーさんは少し困った顔をして口を開いた。


『……確かにユウキ君は既に成人している。でも、ほぼ全ての記憶を無くしてしまったユウキ君の場合、自立までの道のりはむしろ子供より険しいものになると思うの。だってそうでしょ?文字の読み書きはおろか、服は作るものだという一般常識さえも忘れていたじゃない。 覚えていた事は自分の名前のみ。それ以外は何も知らない。そんな状態のまま、この世知辛い世の中へ放り出すような事はしない。むしろ、時間を掛けてしっかりと、また一からこの世の中の常識的な所から教えるつもりよ?』


 ちなみに、俺は記憶喪失。そういうだ。

 

 気が付いたら見知らぬこの世界に一人佇んでいたのだと。

 知ってる事は己の名前のみで、それ以外は何も分からない、知らない、何故今ここにいるのかさえも分からない。


 ある意味事実であり、俺としても『別の世界、異世界から来ました』なんて、にわかには信じてもらえないような事をわざわざ言わなくて済むので、記憶喪失という事にしておくのは〝俺〟という存在を説明する上で非常に都合が良かった。


 確かにマリーさんの主張はもっともで、異世界この世界の事を何も知らないまま放り出されても、また彷徨うだけだった。

 せめて異世界この世界についての一般常識を得てからじゃないと生きていけない。


『鍛冶職人になりたいなら、私も応援するし、なる為の方法も調べておく。だからユウキ君はまず、一般常識から。それも私がしっかりと教えてあげる。鍛冶職人はそれから。それでいい?』


『……はい。わかりました。すみません。迷惑ばっかりかけて……』


『すみません、って言葉、私苦手だなぁ〜。申し訳なさそうにされるより、よろしくね、って笑顔で言われる方が私は好きかなー』


 俺は言われるがままに、顔を引き攣らせながらも何とか笑みを作った。


『よ、よろしくお願いします』


『うん、上出来!!』


 


 そんなやり取りから半年後、俺は異世界この世界についての最低限の知識を得る事が出来た。

 その中でもやはり一番大変だったのは文字の読み書きだった。

 ちなみに、この世界でやり取りする言葉は日本語で通じている。

 それを表す文字だけが違うといった感じだった。


 そして、俺は改めてマリーさんに鍛冶職人を目指す意思を伝えた。


『……うん。その事、なんだけどね……』


 すると、マリーさんは浮かない表情で俺を見た。嫌な予感しかしない。


『何か、良くない事でも分かったんですか?』


『……うん。ユウキ君の鍛冶職人になりたいっていうその夢、実は叶えられそうに無いみたいなの……ごめんね』


 そう言って申し訳なさそうにマリーさんは頭を下げた。


『頭を上げて下さいマリーさん! マリーさんが悪い事なんてひとつもありません! むしろ俺はマリーさんに感謝しているんです!それに、俺が本当にやりたい職業は鍛冶職ではありませんし……』


 と、ここで俺は口をつぐんだ。


 俺の為に鍛冶職人になるまでの道のりを模索してくれたマリーさんに対して、今の発言は失礼だと気付いたのだ。だが、既に時遅し。

 本音はマリーさんの耳に届けられていた。


『え?そうなの? なんだぁ〜、そうだったんだぁ!早く言ってよね、もう!って言う事は、もっと大きな何かかな? え!?もしかして、王様とか? うーん。それはさすがに大変だなぁ〜』


 しかし、マリーさんの表情からは不快感を覚えたような感じは見られない。

 むしろ笑顔で、なんだそれなら良かった!じゃあ一番になりたいのは何?遠慮しないで言ってみて?協力するから!といったようなノリだ。

 だが、それを言ったところでそれが叶う事は異世界この世界ではあり得ない。それが分かっているがゆえに、口にする事はしないつもりだった。


 しかし、


 反射的だった。

 極々自然な流れで、無意識のうちに俺の口から本心それは出てしまっていた。


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