第6話 ユウキ兄ちゃんは底無しのお人好しだ
《ミーア視点》
――色々な職業を見て知った上で将来を決めたい。
最近になって強く思う事だ。
その中で最も興味を惹くのが鍛冶職人。
そう思うようになったきっかけは何だろうか?と、思い見る。
あたしもまた、ユウキ兄ちゃんの作る包丁の切れ味に魅せられた愛用者のひとりだから?
それとも、今話題沸騰中の〝ニホントウ〟? うん。多分それだ。
実は、あたしは完成した〝ニホントウ〟を見た事がある。
ある日、いつものようにご飯を届けようとしてユウキ兄ちゃんの店を訪れた時の事。(いつも美味しいと食べて貰える事が嬉しくて、ついその頻度が多くなりがちなんだよね……)
ちょうどその時にニホントウの納品のタイミングに出くわしたのだ。
剣という割に細く、それでいて何やらゆったりとした反りが特徴的なソレが、ユウキ兄ちゃんから客へ(ジークっていうA級冒険者らしい)手渡された。
受け取った客はその場で鞘から刀身を抜き出した。
その瞬間、ユウキ兄ちゃんの顔が強張る。
いくら現物確認とはいえ、目の前で武装されてはさすがに恐いだろう。
でも、あたしはそんな恐怖心を持つより先に、抜かれた刀身に目が釘付けになった。
刃はまるで鏡、いや、鏡以上の光沢を纏い、遠目から見てもその輝きは眩い程だった。
客はニホントウを様々な角度から眺めては感嘆の言葉を漏らし、
また、持ち変えたり角度を変えたりする客の、その一つ一つの動作に応じて刃の上を光芒がキラリ、キラリと流れていく。
刃は絶妙な弧を描き、放たれる光輝は高密度でその輝きが目に掛かった時には眩しくて目を細めるほど。
一言に〝美しい〟と表現するには足りない。
もはや恐怖すら感じさせるその美しさは〝妖美〟と評した方がしっくりくるだろう。
きっとその時だ。
ニホントウの魔性の輝きを目の当たりにしたその時に、あたしの心は奪われてしまったのだろう。
本来なら、弟子でもないあたしが職人の技を見せて貰えるはずなど無かった。
普通なら、
『仕事を見せて下さい』からの『は?ふざけるな!!』
といった感じで取り合ってくれないのが、職人の世界での当たり前。
それほどに職人にとって〝技〟とは気安く扱われるものでは無い、はずなのだが、
あのお人好し(ユウキ兄ちゃん)ときたら、『ん?俺の仕事が見たい?別に構わないけど?』そう拍子抜けするほどのあっけらかんとした態度で快諾してくれた。
まぁ、確かに、ユウキ兄ちゃんのお人好しなところに期待したのは確かだけれど、でも、いくら穏やかなユウキ兄ちゃんでもさすがに怒るだろうなぁ、と、そんな覚悟を決めた上での申し出だった。
まさかあれほどあっさりと快諾しれくれるとは……。
本来なら見せて貰えるだけでも相当なもの。その時点であたしとしては満足だった。
それなのに、ユウキ兄ちゃんはさらには説明までしてニホントウの作り方について教えてくれた。
ユウキ兄ちゃんは、ただのお人好しではない。もはやその枠に収まらない。
底なし……ユウキ兄ちゃんは〝底なしのお人好し〟だ。
だから、あたしが守ってあげないと⋯⋯
《ユウキ視点》
ミーアが来た次の日の朝。
俺は生地屋に来ていた。
昨日の感じからして多分ミーアは今後、頻繁に見学に訪れる事だろう。
昨日はちょうど洗濯済みの作務衣があったから良かったが、毎度毎度、ミーアの為に洗濯済みを用意するわけにもいかない。だからといって、俺の汗臭い作務衣を貸すわけにもいかない。
そういった考えからミーア専用の作務衣を一着用意しようと思い立ったわけだが、
実は、この世界では衣服は自作するもの、というのが基本的な概念となっている。
金さえ払えば、服の仕立て職人が仕立ててくれる……なんて事も無い。
もちろん服の仕立てを専門とする職人はいる。しかし、平民の普段着レベルを職人がわざわざ仕立てる事は無い。
まぁ、天元突破したような破格の金額を提示すれば動いてくれる事もあるかもしれないが。
とにかく、平民服は買うものではなく、作るもの。
ゆえに、裁縫術は
まったく、生前の世界では考えられない常識だ。
生前は裁縫なんてまったくしなかった俺も、今ではなんとかやれるようになった。
ちなみに俺の裁縫術はマリーさん直伝だ。さらに言えば、文字の読み書きもマリーさんから教わった。
本当に、マリーさんにはいくら感謝してもしきれない。そんな思いだ。
ともあれ、俺は生地屋の中年と思き女性店主へ注文内容を伝える。
「作務衣を一着作りたいのですが、薄くて通気性の良い、それと色は……赤系の、女の子っぽい可愛い感じのが良いんですが、そういうのってありますか?」
「少し値は張るけど、こんなのはどうだい?」
そう言って女性店主が持ってきたのはオレンジ色を基調としながらも、そこに赤やピンクといった近しい色が絶妙な配分で混在した何とも可愛いらしい布地だった。
ミーアの外見をイメージしての注文だった。
うん。きっと似合うだろう。
「じゃあ、これで」
「今切り分けるからちょっと待ってておくれ」
女性店主はロール状の生地を抱えて店の奥へ行った。
しばらくしてから、切り分けられた布地を持った女性店主が戻ってきた。
「作務衣一着分だったね?」
「はい」
「銀貨1枚だよ」
銀貨1枚を手渡す。(銀貨1枚日本円で千円)
「毎度」
「ありがとうございました……って、ん?どうかしましたか?」
布地を受け取り、その場を後にしようとしたちょうどその時、何やら女性店主がニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ユウキ君。アンタも意外と隅に置けない男なんだねぇ。女の子の弟子をとるなてさ」
この世界での職人あるある。
異性の師弟関係から恋愛関係へ発展し、結婚までいくパターンは非常に多い。
だから、異性の弟子をとったとなると、こうして冷やかされるのだ。
「いや、違いますよ。鍛冶職に興味を持つ子がいて、俺の仕事を見学したいと言うので、その子専用の作務衣を用意しようと思っただけですよ」
「おや。正式に弟子入りしてもいない子に技術を見せる上に、作務衣まで作ってあげるのかい?」
ニヤニヤと冷やかしの笑みを続ける女性店主。その顔になんだか腹が立ってきた。
(この人には何言ってもダメだな)
そう思った俺は呆れたように小さくため息をついた。
すると、女性店主が「おや?」と目を見開いた。
「ユウキ君、アンタ本当にその子の事何とも思っていないのかい?」
「えぇ。恋愛感情はまったくありませんよ。ただ、妹みたいな存在ではありますけど」
「アンタはそうでも、その子も同じように思っているとは限らない。時としてアンタのその優しさはその子を苦しめ事になるかもしれない。気をつけな」
――まったく、何を馬鹿な事を言ってんだ、この人は。
あのミーアが俺に対してそんな事思うわけないだろ。
滅多に笑みを作らず(その代わり笑った時の顔はとてつもなく可愛いけど)無愛想で、用事がある時にしか人と関わろうとしない。
世間話を振られる事なんて、まぁ無い!
俺に手料理を持ってきてくれるのも、それは残り物であって俺に対してわざわざ作ったものでは無いらしく、「コレ、作り過ぎたから持ってきた」とだけ、ぶっきらぼうに一言残したらそそくさと帰っていくのがミーアだ。
そんな他人に対してまったくの無関心な、あのミーアが、誰かに恋愛感情を抱くなんて事がそもそもイメージ出来ない。
とはいえ、そんなミーアも成人を間近に控えた年頃の女の子。
いずれは誰かに恋する日が……来ないだろうなぁ〜。やっぱり想像出来ないや。
それくらいミーアと〝恋愛〟とでは対極的に思えてならない。
俺は忠告してきた女性店主へ無の表情で「あぁ……はい。気をつけます」とだけ返してその場を後にした。
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