第5話 ミーアの笑顔は意外と可愛い
「今からやるのが〝折り返し鍛錬〟って工程でな」
「え?……あ、そ、そうなんだ……」
先程までは作り方について一切口にしてこなかった。
そんな俺が急に解説を始めたものだからか、急にどうしたの?といったような動揺がミーアの返しからは窺えた。
だが俺はそれをスルー。気に留める素振り無く解説を続行させる。
「〝折り返し鍛錬〟の目的は鋼の中の不純物の除去と、炭素量の均一化だ。そうする事で強靭な鋼へとなっていく――」
「ちょ、ちょっと待って!!」
ミーアが慌てた様子で俺の解説を中断した。
「ん?どうかしたか?」
「い、いいの? そんな凄い技術を簡単に教えたりして」
「何言ってんだ? 俺の仕事を見せてくれ、って言ってきたのはお前だろ?」
「……いや、そうだけど。まさか、解説を交えてまでしてくれるとは思わなくて……そもそも見せてくれるのさえ、してくれないと思ってたから」
職人にとって技術は財産だ。
無論、その技術を他人に教えるという事は決して安い事では無い。
もちろんそういった概念は生前の世界でもあった事だが、
ミーアが俺に「見せて欲しい」と言ったのもダメ元だったはずだ。
それをあっさりと承諾した上に丁寧に解説まで始めるものだから、さすがのミーアも面食らったのだろう。
ちなみに、ルカさんは工場内が暑いからと、通りに面した開口部を全開している。その為、外から中の様子が丸見えだ。
だが、見えるのは製鉄炉で焼くところのみ。
その光景にルカさんの製鉄技術は存在しない。だから無防備なのだろう。
おそらく、それ以外のところにルカさんの技術的要素はある。
現に俺も製鉄炉で焼いている所しか見た事が無い。
だが、俺の場合はそうもいかない。
鍛冶に精通している者であれば、その者が俺の作業を見て何かを掴む可能性がある。
日本刀の製造方法を知る者は
この知的財産をわざわざ広めようなどとは思っていない。
門外不出だ。
だが、ミーアにはいつも世話になっている。
弁当の事とか、弁当の事とか、弁当の事とか……。
ミーアへ対する感謝は計り知れない。というのはさすがに冗談でも、
ミーアは俺にとって妹みたいな存在だ。
そんな可愛い妹からのお願いを聞いてやりたいと思ったのが正直なところ。
さらに将来の事で悩んでいると知り、応援する意味合いで解説を絡めたもう一歩踏み込んだ技術開示をしたというのが動機だった。
「そうだな。他の奴なら技術を見せるだけでもしないさ。無論、解説付きで教えるなんてもっての外だ。 ミーアだからこそ見せるし、教えるんだ」
俺はそう言って、どうだ!感謝しろよ?といった感じの得意気な笑みをミーアへ向けた。
「……そっか。 ありがとう。うれしい」
そこには、普段あまり笑顔を作らないミーアの柔らかく気持ちの籠ったような微笑みがあった。
ちょうど窓から日差しが入り込み、そのふんわりとした光がミーアの微笑みを照らす。
こめかみに滴る汗がきらりと輝き、その美しい笑顔に不覚にも一瞬見惚れてしまった。
「……そ、そんな事よりもほら、続きを話していくぞ? 鍛冶職に興味があるんだろ?」
しどろもどろになりながらも話を元に戻し、何とか動揺を取り繕う。
それにしても今のミーア渾身の(渾身なのかは知らないけど)ふんわり笑顔は思いのほか破壊力抜群だった。
いやはや14歳のガキだと思ってたら痛い目を見た。
はぁ。 14歳……中2だぞ?我ながら気持ち悪いにも程がある。
自己嫌悪に陥りながらも俺は〝折り返し鍛錬〟を開始する。
「まずは〝
「シン、ガネ?」
ミーアが疑問気に首を傾げている。
まずは日本刀の構造から説明していく必要があるな……。
「まず、日本刀の構造は二重構造で出来ている。 衝撃に強い柔らかな鋼〝
「ん? 何で敢えて柔らかい鋼を使うの?」
……やはり、そこから説明しなきゃならないか。
ミーアはイメージのまま『硬い=丈夫』だと思っているらしい。
「ミーアは〝硬い〟という事を強く丈夫だと思っているようだが、実は違う。むしろ、硬いという事は脆いという事なんだ」
「え? そ、そうなの?」
「確かに、硬ければ硬いほど物体はその形を保持し続ける。つまり、潰れたり曲がったり切り裂かれたりはしないという事だ。だが一方で衝撃には弱い。 現象で言えば割れやすいという事になる。 柔らかい物質はその逆。衝撃には強いが、圧力には弱い。潰れたり、曲がったり、あとは切り裂かれたりもしやすいな」
難しい表情で必死にイメージを膨らますミーア。
「うーん。分かるような……分からないような……」
「ここまでの作業で、心鉄として使う柔らかい鋼と、皮鉄として使う硬い鋼とに分けた。しかし、これら鋼はまだまだ不完全だ。これを鍛錬して良質な鋼にしていく。 まずは心鉄から鍛えていく、ってのが今の段階だ」
「とりあえず、ニホントウの『折れず、曲がらず、よく切れる』を作り出す為に、柔らかい鋼と硬い鋼が必要で、それを今から鍛錬していく、そういう事でいい?」
「あぁ、その理解でいい。 鍛錬の事は分かるのか?」
「叩いて、強くするんでしょ?それは何となくわかる。実際に見た事は無いけど、鍛冶職人ってそんなイメージだから」
「はは。 鍛冶職人ってそんなイメージ、か。 うん、でも間違ってない。 叩いて強くする、それが鍛錬だ」
作業開始。
心鉄用の柔らかい鋼を平箸で掴み、火床へ突っ込む。
「まずは、熱する」
鋼が沸いた所で取り出し、それを金床の上に置いて金槌にて、
「叩いて引き伸ばす」
カンッ!カンッ!カンッ!
薄く引き伸ばされた鋼を再び火床へ突っ込む。
沸いた所を見計らい、取り出し、金床の上へ。
鋼の真ん中に
「折り返す。 そして、また叩く」
カンッ!カンッ!カンッ!
「これが〝折り返し鍛錬〟の一連の流れだ。これを5回から10回繰り返し、どこで止めるかは鋼の状態を見ながら決める」
「質問していい?」
「あぁ。何だ?」
作業の手を休めないまま答える。
「鍛錬して良質な鋼にしていくって言ったけど、その『良質な鋼』ってつまりはどういう鋼なの? 〝硬い〟は脆い、だったよね?逆に柔らかければ曲がっちゃう」
「うん、そうだな。 言語化するのがちょっと難しいな。 まぁ、つまりは丁度良い硬さにするって事だな。折れず、それでいて曲がらない、適正な硬さにするんだ。 もう少し踏み込んだ話をすると、鋼を硬くする物質(炭素)がまだらなんだ。それに不純物も多く含んでいる。 叩く事と折り返す事でその硬くする物質(炭素量)を均一化し、さらに不純物も除去するんだ。それを経て〝良質な鋼〟となる。 今の説明で分かったか?」
「うん。何となく、だけどね。 とにかく、鍛錬を経たソレが衝撃に耐える役割を果たすニホントウの芯になるって事だね」
「そうだ。 しかし、その硬度では〝切れ味〟は出せない。と言うのも、切れ味は硬ければ硬いほど良くなる性質がある。そこで二重構造だ。 〝強度〟担当の〝
ミーアは「へぇ〜」っと感心したような声を出し、俺の作業を食い入るように見つめている。
「よし、今日はここまでだな」
俺がそう言うと、
「え?もう終わり?」
額から吹き出す汗を作務衣の袖で拭いながらミーアが残念そうに言った。
「あぁ。外を見てみろ。もう日が暮れる頃だぞ」
窓の方を向いたミーアが「本当だ……」と呟く。
熱心になるあまり、ミーアの体内時計は崩壊していたのだろう。
呆然と外を見つめるミーアを尻目に俺は後片付けを始める。
「また、来て良いかな?」
ミーアが言った。
「あぁ、いいぞ。ミーアには飯の件で世話になってるからな。でも明日は用事があるから、明後日な?」
「え? ご飯? あんな事で教えてくれたの?」
「あんな事とは何事だ! ミーアの手料理は美味いし、ほぼ毎日同じような物を食べる俺にとってミーアの作る手料理は大変にありがたい。かけがえの無い存在だ」
生前、当たり前に食べていた母の手料理。
その有り難みも分からず、ありがとうと伝えられずに死んでしまった事を後悔している⋯⋯だから今度はちゃんと伝えないとな。
「……かけがえの無い存在って……さすがにそれは大袈裟に言い過ぎなんじゃない?」
まるで胡散臭いものを見るような目つきのミーア。この冷めた表情こそがミーアの通常運転だ。
「……ま、確かにちょっと大袈裟過ぎたかな」
そう返すとミーアは目を細め、こちらを見つめながら口を開いた。
「まったく、あたしだから良かったものを……。そんな殺し文句、あたし以外の女の子に言ったら駄目だからね?」
ミーアは呆れたようにため息を吐き、その後訳の分からない忠告(?)を口にした。
「は?殺し文句?何の事だ?」
「勘違いする!って事! こんな事言わせないでよね!この鈍感!!」
「は?」
さっきのあの可愛らしい笑顔はどこへやら、今はムスっと膨れ顔。
意味が分からない。
「ミーアは笑った方が可愛いと思うぞ?」
「――もうっ!うるさいな!」
顔を真っ赤にして怒るミーア。
そんな真っ赤っかになる程怒るなんて。(俺、何か悪い事言ったか?)
「とにかく、今日はありがとう! また明後日来るからっ!!じゃあね!!」
その言葉を最後に結局強い口調のまま帰って行ったミーア。
「怒りながら帰ってった割にはしっかりと明後日も来るのね」
ひとり残された作業場にはそんな俺の独り言が響いたのだった。
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