第4話 日本刀造り開始
弁当を食べ終え、いよいよ日本刀の製作へと取り掛かる。
額に汗避けのタオルを巻き、「よし!」と、一声気合いを入れる。
まずは〝
赤い火柱が立ち、ゴウゴウとその勢いを増していく。
火床は、
その為、竈よりも火床の方がその周辺は熱くなる。
傍らではミーアが無言の眼差しで俺の作業を見つめ、(まだ全然大した事してないんだけどなぁ)その額には汗が光り、それを服の袖口で拭う仕草を繰り返している。
「暑いだろ?」
「平気。慣れてるから」
ルカさんの仕事でも炉を扱う。
ゆえに、その娘である自分は慣れている、という理屈なのだろうが、火床から出る熱気はルカさんの所の
なので当然、
「嘘つけ。汗が吹き出てるぞ」
「大丈夫」
強がるミーアだが、その服装は暑苦しいとまではいかなくとも、そこそこの厚手。見かねた俺は一旦手を止め、
「ちょっと待ってろ」
そう告げると
「これに着替えろ。その服装じゃいくらなんでも暑過ぎる」
俺やルカさんも、この通気性の良い薄い生地でできた作務衣だからこそ、この暑さが耐えられるのだ。(それでも暑いけど)
「うん……ありがとう」
ミーアは素直に俺から作務衣とタオルを受け取ると、隣りの部屋へと着替えに行った。
その間に火床の火力は充分なまでになっていた。
――準備完了。
今すぐ日本刀造りの作業が始められる状態だが、ミーアが着替えから戻ってくるのを待つ。
しばらくしない間にサイズ感の合っていない作務衣姿のミーアが戻ってきた。
そして俺の傍らにちょこんとしゃがみ込み、燃え盛る火床へ無言の眼差しを向けた。
「じゃ、始めるぞ」
「え? あたしの事待っててくれたの?」
「俺の仕事が見たいって言ったのはお前だろ?」
「そうだけど……相変わらず優しいね。ありがとう」
作業開始。
日本刀造りの最初の工程〝
極上粘性鋼を〝平箸〟と呼ばれる掴み器具で掴み、火床の中へと突っ込む。
勢い良く上がる火柱の中でみるみる赤くなっていく極上粘性鋼。
その赤み具合から頃合いを見計らい、火床から引っ張り出す。
そしてそれを〝
カンッ!カンッ!カンッ!
熱で沸いた鋼は柔らかく、冷えてくると硬くなってくる。
なので再び火床へ入れ、再び沸かす。(鋼を熱し、柔らかくする事を〝沸かす〟と言う)
沸いた鋼を叩いて、叩いて、更に薄く、薄く、引き伸ばしていく。
厚さ5ミリくらいまで薄くした鋼を再び火床へ入れ、しっかりと熱する。
そしてその沸いた状態から水へ、
ジュー……
急速冷却。
すると、鋼の脆い部分だけが剥がれ落ち、良質な部分だけが残るのだ。
これが〝水減し〟の工程。
次に〝
金属は炭素量を多く含む程硬くなるという性質があるのだが、
〝水減し〟後の今の鋼の状態は炭素量が不均一でムラがある。つまりどいう事かというと、柔らかい部分と硬い部分があるという事。
そしてこの一枚の鋼から、柔らかい部分と硬い部分とに分けて取り出したいわけなのだが、それをどうするかというと――
バキッ、バキッ、バキッ……
金槌で叩いて粉砕する。
こうしてバラバラにする事で、この破片の中から〝硬い鋼〟と〝柔らかい鋼〟とで分ける事ができるのだ。
選別方法は金槌で叩いてパキッと割れたならば、その破片は硬い鋼という事になり、逆に割れなかったら破片は柔らかい鋼という事になる。
硬い物質は衝撃に弱く割れやすい。一方、柔らかい物質は衝撃に強く割れにくい。
ダイヤモンドをハンマーで叩けば簡単に粉砕するのと同じ理屈だ。
さて、ここまでが〝小割り〟の工程だ。
次に〝積み沸かし〟の工程に入る。
選別した硬い鋼と柔らかい鋼のバラバラ破片を、各それぞれ一つずつの塊へ戻す工程だ。
まず〝テコ皿〟と呼ばれる器具を用意する。
これは鉄の棒の先端が平らになっており、その平らな先端部に先程のバラバラにした鋼を積み重ねるように並べ、それを濡らした紙で包み込む。
そして、そのまま火床の中へと投入。鋼を沸かす。
すると、沸いた鋼同士が溶けて結合し、バラバラだった鋼が一つの塊へとなっていく。
しかし、その結合度はまだ甘い。なので、
カンッ!カンッ!カンッ!
金槌で叩く事でその結合度を馴染ませるのだ。
途中、冷えて硬くなった鋼を再び火床へと入れ、〝沸かし〟と〝叩き〟を繰り返しながら一つの塊として
この作業を〝硬い鋼〟と〝柔らかい鋼〟それぞれで行う。
ここまでの作業間、俺の仕事の邪魔にならないように、といった計らいなのか一言も発しないミーア。
だが、作業を食い入るように見つめる眼差しは真剣そのもの。
その視線を感じつつ、俺は黙々と作業を続ける。
そして、硬い鋼と、柔らかい鋼、それぞれ一つの塊にする事ができた。
これで〝積み沸かし〟は終了。ここで一区切りつける。
「ふぅ、ちょっと休憩するか」
「え? あ、うん」
「それにしても、一体どういう風の吹き回しだ?」
俺はそう問い掛けながらコップに入った水をミーアへと手渡した。
「ん、何の事? ありがとう。」
「この状況だよ! ミーアが俺の仕事を見たいだなんて、今までに無い事だ」
(無言で見られてると緊張するんだよ……)
ミーアは少しの間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「今から話す事はお父さんには絶対内緒だよ?」
「……あぁ」
(何だ? なにか良からぬ話か?)
「あたしももうすぐ
〝成就の儀〟とは、言わば成人式の事であり、その対象年齢は15歳。
つまり、ミーアは来年の成就の儀を経て成人となり、労働の義務が課せられる。同時に納税の義務も。
働いて国へ税金を納めろ、という事だ。
ミーアは続ける。
「小さい頃のあたしはただ漠然と、将来はお父さんの跡を継いで製鉄職に就くものだと思ってた。でも、いざ成人を目前にしてあたしが本当にやりたい仕事って何なんだろう?って、最近よく考えるんだよね……。 なにも、お父さんの仕事が嫌ってわけじゃないないんだ。結局のところ、あたしはお父さんの跡を継ぐつもりだし、そもそもお父さんのあの店をあたしのわがままで途絶えさせるわけにはいかないからね。 でも……ただ知りたいんだ。色んな仕事を見て、知って、あわよくば『やっぱりお父さんの仕事が一番楽しそう』って思いたい。だから色んな仕事を今の内に見ていたいの。見て知った上で、お父さんに弟子入りしたい。そう思っての事だったの。 ごめんね?いきなり仕事を見せろだなんて言ったりして。図々しいにも程があるよね」
ミーアの言葉からは何とも言えない、複雑な思いが垣間見える。
これまではとにかく、跡を継ぐ、ただそれだけの漠然とした考えだったのが、歳を重ね、成人を目前にし、〝職業〟イコール〝人生〟と言ってもいいほど、職業を決めるその選択がこの先まだまだ長い人生において、とても大事なターニングポイントだという事に気がついたのだろう。
『自分の進む道はこれで本当に良いのだろうか?』と。
父と同じ道を辿るという点において、今のミーアと生前の俺は似ている。
だが、想いは違う。生前の俺は進んで父の跡を継ぐつもりだったからな。
むしろ今の俺の立場の方がミーアの気持ちはよく分かる。
「なるほど。そういう事だったのか。 だったら、自分の納得いくまで見ればいい。そして、その上で自分が本当にやりたい職業を選べばいい。でも、もし仮に、ミーアがルカさんの店を継ぐ以外を選んだとしても、ルカさんはミーアのしたその選択を尊重するんじゃないか? 親に遠慮して自分の人生を生きたいように生きないのはむしろ親不孝というものだ」
「なんか、知ったような物言いだね?」
「あぁ。本当にやりたい事が別にあるのに、それができない環境はとても辛いからな……」
俺はひとつ小さなため息を挟んで続ける。
「実は、俺はこの仕事を好きでやっているわけじゃない」
そう言うと、意外だと言わんばかりにミーアが目を見開いた。
「え?そうなの?じゃあ何で……?」
「まぁ、俺も色々あってな……」
俺の本当にやりたい事は今でも生前の頃と変わらない。
金属の超精密研磨。
大手から請け負った無理難題を職人的知恵と技能を駆使して形にしていく。
知恵を絞る過程を経て形に出来たその時に得られる達成感は俺にとって最高の喜びだ。
もっとも、知恵や技能を駆使して何かを作り上げるという事は金属加工に限らず全てのものづくりで言える事ではあるのだが。
結局、理屈じゃないのだ。
俺はただただ父の背中に憧れ、その仕事に今も尚魅せられている。
だが、この
ゆえに俺の本当にやりたい
設備さえあれば……そう歯痒く思う気持ちは常に持っている。
「色々って……」
果たしてこの先を聞いて良いものなだろうか?そんな遠慮が窺える顔でミーアがさらに掘ってきたが、
まさか、自分は実は別次元の世界から来て――、なんて言えるはずもなく、俺ははぐらかすように笑顔を向ける。
「ごめんな。この先は秘密だ」
ミーアは、首を振った。
「いいの。あたしこそごめんね」
そんな、しょぼんとした顔で謝られるとこっちが申し訳なくなるのだが……。
「よし! じゃあこれはアレだな! ミーアにとっての職場体験学習というわけだ」
辛気臭い空気を一新しようと俺はそう声を張った。
「何それ?」
ミーアの顔に疑問符が張り付く。
「その言葉通りだ。正式に働き始める前にお試しでその仕事を体験してみる。そんでもって、その体験で何を感じたか、それを踏まえて自分の将来の事を考える。いわば社会人としての予行練習だ」
高校の頃にあった職場体験学習。
予め学校の方で決められたいくつかの企業の中から行きたい企業を選択して行くのだが、残念ながらその中に父の会社は含まれていなかった。
せめて金属加工の会社があれば良かったのだが、それも無く、結局は木材加工の会社へ行った。
しかし、今思えばその時に得た経験も貴重だったと思える。
一見まったくの畑違いだと思われる事でも、時としてその経験が活かされる、なんて事もある。
『何事も経験』なんてよく言ったりもするが、まさにその通りで、本人の自覚しないところで成長を促している。
無駄な経験など有り得ないという事だ。
「職場体験か。確かにそうだね。 こんな貴重な体験、滅多に出来ないよ。 ユウキ兄ちゃん、本当、ありがとう」
「あぁ。しっかり見て、しっかり学習していけよ? よし。休憩終了だ!」
「うん」
作業を再開。
同時にミーアも俺の作業へと視線を戻した。
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