第3話 ミーアの手料理はうまい
『技術大国日本』――その礎を築く要因の一つに卓越した金属加工技術が挙げられる。
超精密研磨――1000分の1ミリ、即ちミクロン単位の寸法精度で仕上げられる金属加工技術が日本を世界一の『技術大国』へと押し上げた。
ただでさえレベルの高い日本国内の金属加工業界。その中でも父の持つ技術は一流と呼ばれ、俺はそんな偉大な父の背中を幼い頃から羨望の眼差しで見つめてきた。
父は社員数、十数名から成る小さな町工場を営んでおり、社長とういう立場でありながらも現場最前線でバリバリに働く生粋の〝職人〟だ。
必要最低限の設備しか持たない小さな町工場。しかし父を含む職人達のその卓越した技術力は大手企業から高く評価され、今の時代不況から次々と同業社が倒産していく中、父の会社は今尚受注を勝ち得ていた。
とはいえ、昨今では海外のIT産業の勢いに押され、今や『技術大国日本』という言葉も過去のものになりつつある。
これからの金属加工業界、ひいては日本の産業の見通しはあまり明るく無いのが現状だ。
このまま金属加工業界は衰退の一途を辿るだろうと予見している父は、進んで俺に会社の跡を継いで欲しいとは思っていないようだった。
しかし俺は幼き頃から憧れた父と同じ道に進みたい、何より、既に俺は金属加工の魅力に取り憑かれていた。
そして、いつの日か父の会社を受け継ぎたい。俺はそう考えていた。
『若く未来あるお前が、何故敢えてこの業界に身を投じるのか。俺には理解できないな』
父はそう口では言いながらも、俺が工業系の高校を志望した時に浮かべた父の表情は心無しか嬉しそうにも見えた。
きっと、本音では父も俺がその道に進む事を喜んでいるのだろうと、そう俺なりに理解していた。
高校を卒業後、俺は技術系の大手企業へと就職した。これは父から出された条件だった。
『俺の会社に入る前に外でみっちり揉まれてこい。話はそれからだ』
俺は父に認めて貰える〝職人〟となる為、必死に己の技術を磨いた。
その甲斐あって俺は20歳という若さで2級技能士(国が技術者として認める制度)になった。更にあと5年したら1級の受験資格が得られる。
1級技能士になったあかつきこそ、父に認めて貰える時だと俺は意気込んだ。
――順調だった。
いつか父と一緒に仕事ができるようになった日の事を想いながら日々己の技術を磨いた。
そして父の会社を継いだ時、時代の荒波に飲まれない強い会社にしてこうと、自分の中で誓いを立てていた。
本当に、これからだった。
俺の人生はまだまだこれからだった。暗い世の中ではあるが、明るい未来を信じて突き進んでいた。
でも、俺のそんな未来は唐突に消えて無くなってしまった。
あの日、車の運転中、カーブの所で対向車がセンターラインを大きくはみ出してきた。
割と急なカーブだった事もあり、危ない、と思った時にはもう遅かった。
直後に聞こえた衝撃音と共に、俺は直感的に死んだ事を理解した。
多分、いや、間違い無く俺はその時に命を落とした。なのに、気がつけば俺は見知らぬ土地に立っていた――
◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎●◎
とまぁ、そんなこんなで俺は今
「はぁ〜」
こうして生前の頃を思い出す時はこうやって姿見の前で深いため息を吐くまでがワンセット。
「〝異世界転生〟と言えば、見た目もイケメンに生まれ変わるってのが、定説じゃね?」
ため息の原因は姿見に映る自分。
短髪黒髪に黒い瞳、中肉中背。一目でTHE・日本人。
不細工じゃないが、男前でもない。特徴の無い塩顔だ。
金髪、銀髪、青髪、青瞳、翠瞳、紫瞳などなど。異世界ライフを彩るようなルックスに、どうせなら俺もなりたかった。
そして可愛い女の子達からモテモテで……いや、ハーレムは別にいいかな。趣味じゃない。
あ、ちなみに今の本職である鍛冶スキルも、元は高校の頃の授業の一環で少しかじった程度のものだった。
その基礎的知識を磨き〝鍛冶職人〟となったのは
言ってしまえば、鍛冶も金属加工だ。もっと広い括りで言えば〝ものづくり〟だ。
ものづくりに携わる者から見て、両者のその本質には通づるものが少なからずある。
こうすれば、こうなるだろう。 いや、ならなかった。ならばこうしよう。 上手くいった。 ならばこれはどうだろう?
この考え方は全ての〝ものづくり〟に通ずる。
こんな感じで試行錯誤を繰り返していき、今の鍛冶スキルへと昇華させてきたのだ。
さて、回想はここまで。
鉄材店でのやり取りを経た翌朝。
今俺は極上粘性鋼が届けられるのを待ちながら店番をしているところだ。
「いらっしゃいませ」
実はこの男は既に顔見知りだ。中々の太客である。
近頃、特に商品の売れ行きが良い。その理由は言わずもがな、日本刀の影響だ。
特に包丁の売れ行きは凄まじい。村内に限らず、隣村や領都といった村外からの客層が増えてきている。
太客はハット帽を軽く持ち上げ、
「こんにちは。また来ちゃいました」
そう言って爽やかな笑顔で会釈してくる。
彼は王都を拠点にしている商人だ。
なんでも、日本刀の評判は王都にまで響いているらしく、それに付随して俺の作った包丁や斧への注目度も日に日に高まっているのだとか。そこにビジネスチャンスを見出し、買い付けに来たというわけだ。今回で2度目の来店である。
「もう売り切ってしまったのですか?」
俺がそう聞くと、商人はニコリと笑みを浮かべた。
「えぇ。あっという間に売れて無くなってしまいました。なのでまたこうして買い付けに来た、というわけです。今回は前回よりも多く買い付けたいのですが、在庫的にどうですか?」
「最近売れ行きが良いのでね。品を切らさぬよう努力してはいるのですが……中々に在庫は貯まらず」
俺はそう言って困ったような笑みを浮かべながら在庫状況を確認する。
王都での客層のほとんどは富裕層との事。
なので、カノン村ではあまり売れない最高価格帯の包丁10本(1本金貨6枚)と、同じ最高価格帯の斧5本(1本金貨5枚)を売った。
ここで買い付けた俺の商品は3割り増しの金額で王都で売られるという。
ちなみに、斧を買って行く主な客層はやはり資金力の無い低ランク冒険者との事らしい。
薪割りの用途として作っている身としてはなんとも複雑な心境である。
「こちらでの売れ筋である中間価格帯から低価格帯のものは渡せません。なので、今回はこれで以上です」
「えぇ。結構です。逆に王都での売れ筋は高価格帯のものですからね。 いやぁ、しかし、無事に在庫確保出来て良かったです!ここまでの道中、こちらでも在庫切れを起こしてないかとヒヤヒヤしながら来ましたから」
ここから王都まで、乗り合い馬車を乗り継いで約3日の距離。往復6日間の旅路だ。
こういったバイヤーの存在はこちらとしても有難い。ただ、これから日本刀の製作に入る為、包丁や斧の生産は止めるとまではしないが、落ちるだろう。
その事を伝え、商人を見送る。
「毎度、ありがとうございました」
商人は嬉しそうな笑顔で手を振り、去って行った。それからしばらくして、
「いらっしゃ――あぁ、ミーアか」
扉が開き、また客か!とそう思ったが、違った。見知った赤髪の美少女がムスッとしながら口を開く。
「何? お客さんじゃなかったからって、そんな顔しなくてもよくないかな?」
ミーアが来るのはおそらく夕方くらいだろうと勝手に予想していた俺の顔は自然と落胆した顔をしていたのだろう。
俺は苦い笑みを浮かべる。
「いや……昨日のルカさんの感じからして、極上粘性鋼が出来るのは多分夕方くらいだろうと思ってて……だから、予想より早く来たミーアに少し驚いただけだよ……」
「ふーん」
ミーアは辿々しく言い繕う俺をジト目で睨みながらこちらへ歩み寄って来ると、
「はい、これ。注文の品ね」
そう言って持っていた手提げ袋からソフトボールよりも更に一回り大きい布に包まれた物を2つ、ゴト、ゴト、とカウンター上に置いた。
「あ、あぁ……ありがと」
俺は布の中身を確認する。
すると、ゴツゴツとした鉄塊が姿を現し、それを見て良質な鋼と判断。確かに極上粘性鋼だ。
「うん。確かに。相変わらず、良い腕してるなルカさんは」
〝極上〟の付く鋼を作れる職人は限られている。
昨日ルカさんが言っていたが、確かに〝極上〟はその価格からあまり売れないのかもしれない。しかし、その職人の腕の良さを示す指標にはなる。
「当たり前でしょ?あたしのお父さんなんだから。それとこれ……」
今更何を当たり前の事言ってんの?といった素っ気ない態度の後、
ミーアは手提げ袋から更に3つ、手の平に収まるくらいの大きさの紙に包まれた何かを取り出した。
「良かったら食べて? 朝食の残り物だけど」
「お!? ありがとう!いつも本当に助かるよ」
ミーアが持ってきてくれたのはつまり、弁当だ。
ミーアはこうしたついでの時によく手料理を持って来てくれる。
男の一人暮らしとは、部屋は散らかり放題で食事は簡素なものになりがちだ。ましてや、ここは異世界。
ファストフード、インスタント、レトルト食品等はもちろん無い。
自炊しようにも、炊飯器や、ガスコンロ、電子レンジも無いこの世界で自炊しようと思うとそれはかなりの労力を伴う。
この世界の人々はそれを当たり前としている為に何とも思わないのだろうが、テクノロジーが発達した生前の世界を知る俺からすると、自身の食事の為にそのような労力を使おうとは到底思えない。
もっとも、誰かの為に、という事であればまた違った考えにもなるのだろうが。
というわけで、俺の主食はもっぱら、マリーさんのところの孤児院で売られているパンとジャムを買って、そればかりを食べているわけだが、
もちろん飽きる。
だから、こうして差し入れてくれるミーアの手料理はものすごく有り難いのだ。
「どうせ偏った食事しか摂ってないんでしょ?いい加減、食事にも気を使ったら?そんなんじゃ長生きできないよ?」
「ん? あぁ。そうだな」
俺は生返事を口にしながら店の看板を引っ込め、閉店状態にする。
「あたしの言う事なんて、全く聞く気無しね……」
ミーアの呆れ顔に対して俺は素知らぬ笑顔で指を差す。
「とりあえず、コレ、食っていいか?」
ミーアは俺が指差す先の弁当へ視線を落とすと、ため息をひとつ吐いた。
「どうぞ」
ミーアの手料理は美味い。(
持ってきてくれたのはスクランブルエッグに、火を通した野菜を塩で味付けした和え物のようなやつと、それと主食となるパンだ。
「ミーアは将来、きっと良いお嫁さんになるな」
自然と出た本心だ。
ミーアの母親はミーアが生まれてすぐにルカさん以外の男を好きになり、その男と共に蒸発。
それ以来、ルカさんはミーアを男手ひとつで育て、ミーアもまたルカさんを家事の面で幼い頃からサポートしている。
その為、ミーアは14歳にしてとても家庭的な女の子だ。
もっとも、
「何、急に変な事言ってんのよ!」
「変な事じゃないだろ?思った事を言ったまでだ」
こうやって照れ隠しに怒るところもまた可愛いらしい。俺にとってミーアは歳の離れた妹みたいな存在だ。
「ねぇ、ユウキ兄ちゃん」
食べてるところへミーアが改まった様子で声を掛けてくる。
「ん?」
「もし、この後すぐニホントウ造りに入るなら、少しだけその様子見させてくれないかな?」
「あぁ。別に構わないけど」
自分の父親の作ったものが一体どういう風に姿を変えていくのか興味があるのだろうか?
俺は快く承諾したのだった。
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