第2話 日本刀の構造

 目的の鉄材店に着いた。


 店というよりは二階建ての工場といったような外観で、一階部分が作業場。二階部分が住居となっているらしい。

 そして、作業場の一階部分はガレージのように外に面した開口部が大きく開き、外から中の様子がよく見える。


「おぉ、ユウキ!いらっしゃい!」


 製鉄炉の側で作業をしていた店主のルカさんが俺の姿に気付きこちらへ歩み寄って来た。


「こんにちは。ルカさん」


 頭にタオルを巻いた作務衣姿のルカさんは40代前半の気の良い感じのおじさんだ。


「今日は何をお求めで?」


「極上粘性鋼の大きめの塊を2つ下さい」


 日本刀の優れた特徴――折れず、曲がらず、良く切れる。


 これらを実現させるのが〝玉鋼〟。本来の日本刀作りに使われる鋼である。


 玉鋼の最大の特徴は粘りだ。

 この〝粘り〟が衝撃に強い折れない刀身を作り出し、更に鍛錬する事で強度を付与し、『折れず、曲がらず』を実現させる。

 しかし、『良く切れる』を実現させるには〝硬さ〟が必要で、この性質は〝粘り〟とは相反する。

 この矛盾を解決する為に、粘質な玉鋼(心鉄しんがね)に硬質な玉鋼(皮鉄かわがね)を包み込み、二重構造にする。

 こうする事で『折れず、曲がらず、よく切れる』を実現させるのだ。


 また、硬質な玉鋼とは炭素を多く含んだ玉鋼の事を指し、逆に炭素量の少ない玉鋼は柔らかく粘り強い。

 つまり、玉鋼に含まれる〝炭素量〟でその硬さが異なるのである。


 この性質を利用して『折れず、曲がらず』の粘り強い刀身の芯となる〝心鉄しんがね〟と、それを包み込む『よく切れる』硬く強靭な刃となる部分〝皮鉄かわがね〟の二種類の鋼を作り出すのだ。


 しかし、この世界に玉鋼それは無い。


 そこで今俺が注文した〝極上粘性鋼〟を玉鋼の代わりに使うわけだ。

 


「お前、それってまさか……」


 その注文内容を聞いたルカさんが見開いた。

 当然、前回の日本刀造りの時もルカさんから鋼を買い付けている為、その時と同じ今の注文内容を聞いてピンときたのだろう。


「そうです……日本刀です」


「やっぱりそうか! でもお前、確かもうニホントウは作らないって……」


「そのつもりだったんですが、S級冒険者のルージュさんがどうしてもって……」


 『S級冒険者ルージュ』に、またしてもルカさんが見開いた。


「ルージュと言えば、大物じゃないか! そうか、なるほどな。太客と見込んだルージュへ破格の金額を提示し、それが通った……だからまた作る気になった。そんなところか?」


「やだなぁ、ルカさん。提示したのは破格じゃなく適正価格ですよ。相手が大物だからって法外な金額で売り付けようだなんて思ってませんよ」


 そんな俺の言葉に怪しんだような表情でルカさんが聞いてくる。


「で、いくらで作る気になったんだ?」


「聖金貨60枚です」


「前回の倍じゃないか!?」


「前回は初回割引きが効いていただけですよ。今回から正規値に戻した。ただそれだけの事です。それに、金は稼げる時に稼げるだけ稼ぐ。商売人としての鉄則ですよね?」


「初回割引きってお前……」


 そう言いながらルカさんは半ば呆れたような笑みを浮かべると、すぐに表情を戻し、続けて口を開いた。


「それはそうと、極上粘性鋼はちょうど今在庫を切らせていてだな。てゆうか、〝極上〟の付く鋼なんて高価過ぎて売れないからな。そもそも在庫を持たないようにしてるんだよ。 すぐに欲しいのか?」


「えぇ。まぁ、出来れば」


「なら、焼き上がった時点でミーアに届けさせる。それでいいか?」


「それでお願いします。それじゃあ会計は今ここで……」


 そう言いながらポケットから貨幣が入った巾着袋を取り出す。


「あぁ。聖金貨2枚だ」


 極上粘性鋼――その名の通りとても高価な鋼である。

 聖金貨2枚をルカさんへ手渡す。


 え?ぼったくり?――失礼な!!


 確かにルージュから材料費として支払われた聖金貨は3枚だったが、その内の残り1枚は後からまだ使い道の予定があるのだ!


「毎度」


「どれくらいかかりますか?」


「極上粘性鋼の素は既に手元にあるから、この後すぐに作業に入る。それでも、焼き上がるのは早くても明日の昼くらいだろうな」


「分かりました。では、宜しくお願いします。」


 そう言って頭を下げ、俺がその場を後にしようとしたその時、


「お父さん。お昼ご飯出来たよ! あ、ユウキ兄ちゃん、いらっしゃいませ」


 そんな少女の声が頭上から降ってきた。視線を上げるとそこには赤い髪の少女が二階の窓から顔を覗かせ、こちらを見下ろしていた。


 彼女がルカさんの娘でミーア。結構な美少女だ。

 ミーアからの声掛けに俺は手を上げ、笑顔で返す。


「あぁ、分かった。今上がる。 じゃあなユウキ、ニホントウ作り頑張れよ」


「はい!」


 このやり取りを最後に、ルカさんは昼食をとりに工場外側の階段から住居部分の2階へとのぼって行った。


 


 帰り道。


「あら、ユウキ君。こんにちは」


「こんにちは、マリーさん」


 優しい微笑みで声を掛けて来たのは孤児院の院長マリーさんだ。

 肩に掛かるくらいの栗毛色の髪に、少しあどけなさの残る童顔で可愛らしい大人な女性といった感じのマリーさんは4年前21歳の時に孤児院を立ち上げた。


 この世界では日常的に人が死んでいく。

 特に多いのは冒険者稼業で死んでいく者達だが、治安が悪く犯罪が横行するこの異世界この世界では、それらに巻き込まれて命を落とす者も多い。ちなみに、後者の場合その大半が女、子供だ。

 貴族でも無い限り、皆日々命賭けで生きているその中で、必然的に孤児は多くなる。

 マリーさんが孤児院を立ち上げる前はこのカノン村にも行き場を失った多くの孤児が村内を彷徨っていたそうだ。

 そんな行き場を失った子供達の為にマリーさんは孤児院を立ち上げたのだ。


 国からの援助金というのも無い為、農業をして採れた作物でジャムや漬物を作って売ったり、穫れた作物そのものを青果店へ卸したり、時には労働力として孤児を派遣したりしながら(犯罪に巻き込まれる心配の無い信頼出来る依頼主に限る)何とか孤児院経営をしている。それでも資金繰りには苦労しているらしい。


「お仕事、順調みたいね」


 優しい声音に優しい笑みでマリーさんがそう言う。そんなマリーさんに自然と俺の表情も綻ぶ。


「えぇ、まぁ、おかげさまで。 それよりも聞いて下さいよ、マリーさん!デッカい仕事が入ってきたんたです!」


「普段冷静なユウキ君がそこまで興奮しながら言ってくるところをみると、相当大きな仕事が入ったのね?」


 ニコリと、優しみある笑みをさらに深めるマリーさん。まるで天使のような笑顔だ。


「はい!日本刀の製作依頼です!」


 マリーさんの笑顔が、疑問符を浮かべたような顔へと変わる。


「あれ? でもニホントウはもう作らないって言ってなかった?」


「はい。いくら評判が良くても日本刀の生産は時間と労力が掛かり過ぎる。それよりも他の売れ筋商品を大量生産して商売した方が金になると判断していたんです。でも、今度の日本刀はなんと!聖金貨60枚で交渉が成立したんですよ!さすがにここまでの金額を積まれるとその判断も覆るというものです」


「聖金貨60枚!?そんなに!?」


 目を見開き、驚いた表情をするマリーさん。


「はい!これでまた孤児院経営も少しは楽になるんじゃないでしょうか!それに、子供達の将来の選択肢も広がり……いや、聖金貨60枚程度じゃ子供達全員分はさすがに無理か……」


(まだまだ金はいくらあっても足りない。もっと稼がないと……)


 言いながらそう決意を新たにする俺を見て、マリーさんは表情を曇らせる。


「ユウキ君……あなたって人は……」


 明るい表情から一転、真面目な顔で後半独り言のように呟いた俺を、マリーさんは暗い表情で見つめてくる。

 しかし、そんなマリーさんへ俺は、


「そんな顔しないで下さいマリーさん。心配要りませんよ!金は俺が稼ぎますから! だから安心してマリーさんはもっと笑顔でいて下さい」


 そう言ってニッと笑顔を向けた。




 実は俺も孤児院で孤児として暮らしていた時期がある。この歳で『孤児』っていうのもなんだが……。


 この世界へ来てすぐ、右も左も分からない俺を助けてくれたのがマリーさんだった。

 今でこそ鍛冶稼業が軌道に乗り、安定した暮らしが出来ているのもマリーさんがあの時、空腹でボロボロの状態でいた俺に声を掛けてくれたからこそ。

 あの時のマリーさんの優しい声と微笑みは3年経った今でも俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。決して大袈裟では無く、本当に女神に思えた。

 声を掛けられただけで、あの微笑みを見ただけで、恐怖と不安に苛まれていた俺の心を一瞬にして安堵感が満たしたのだ。


 マリーさんは命の恩人だ。この恩は計り知れない。だからその恩を少しでも返せるように今度は俺がマリーさんの力になってやりたい。


 孤児院経営には金が掛かる。マリーさんの『子供達に明るい未来を』という願いは今や俺の願いでもある。

 その為に俺は金を稼いで、それを孤児院の為に使いたい。


 そんな俺の想いとは裏腹にマリーさんは困ったような表情で口を開いた。

 

「ユウキ君、あのね……私はユウキ君には自分の為に――」


「俺がそうしたいんですよマリーさん! じゃ、俺行きますね」


 そう言ってマリーさんの言葉を遮り、半ば強引に対話を終わらせた形で俺は再び帰路についたのだった。



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